ジェフティの手記 ウェルダス・ソーン
>ウェルダス・ソーン
>ベクトピット総合研究所 対英雄解析第二計画部 主任
もちろん!
サヴラール防衛戦のことなら、はっきりと記憶していますよ。
魔王陛下の、史上最初の戦いってことですよね? いやあ、あのときは実感がなかったんですが――そうなんですよね。
ぼくらはまさに歴史の転換点の只中にいたわけですよ!
ぼくは陛下に助けられました。
いや、直接的にではないんですけどね。当時のぼくは「急進派」の研究員として拘束されていたんですよ。
当時はあっという間に派閥間の勢力図が変化していって――外圧による変化は急激で、有無を言わさないものがありますね。
いやあ、大変でした。
まさか普通に仕事をしていた次の日には、「危険思想」で「非倫理的」な研究員として、都市警に捕まってましたからね。
呆然としましたよ。
聞いてみればあの日は三人ばかり、急進派の議員が失脚したんですって?
そこで中立派閥の議員も雪崩を打って保守派に回ったとか。ぼくはそっちの方はよくわからないんですけど。
本当、評議会って謎ですよ。
どこも似たようなものですか? いえ、サヴラール市は特に謎だったと思いますね!
ああ、ぼくのやっていた研究は、そこまで非倫理的ってわけでもありませんよ。たぶん。
となりの研究室でやってた《魔獣化》技術の研究なんかは、もう人体実験が必須ですからね。
ウルマド――ああっと、その――当時のサヴラールでの魔獣研究の責任者なんかは――ええ。はい。すみません、話が逸れました。
ぼくの専門は、《転生者》についての研究です。
そもそも《転生者》という彼らが何者か、それまでわかっていることは少なかったんですよね。
ところが、そうなんですよ、賢者ベクト! あの変な人!
賢者ベクトがいなければ、これほどまでには――ああ、すみません!
いまでは有力な説がいくつか出ています。
狩猟、植民、怨恨――中には「娯楽」なんて説もありますが、ぼくはベクト師とおおむね同じ説を推します。
つまり「開墾」ですね。
ベクト師は、もう少し別の説と組み合わせて考えているようですが。「復讐」っていうのは、いくらベクト師でも……
……あ、そうなんですよ! ぼくらみたいな研究者が、《転生者》との共生を考えているなんて噂を流す人もいますけどね。
それはありえません!
《転生者》との共存は不可能です。
我々の推論から言って、彼らの目的は人類種族の殺戮そのものなんですから。
《転生者》たちから見れば、ぼくらは知的生命体の範疇外なんですよ。
昆虫とか、下手をすると植物と似たようなものなんですね。
ぼくらと彼らでは何もかもが違いすぎる――ああ、いまいちわかりにくいですか? なんていうのかな。
まず、ぼくらは生きるためにモノを食べるでしょう。
そこからして、もう《転生者》たちには理解できない。そうした生態が悍ましいのだと思います。
ぼくらでいえば、なんだろう。人体に寄生する虫とかに対する生理的な嫌悪感といえばいいんですかね――そいつらが理解できない、気持ち悪い鳴き声で会話しているとか。
そんな感じですかね。
ぼくらとは思考の形態が違いすぎて、これも正確とはいえないんですけど。
《転生者》には、生きるために他者を殺害する必要がない。
地中からエーテルを補給すればいいだけなんですよね。
――あ! だったら向こうも人類を殺すなって、そう思いますよね? でも、そこがちょっと違う。
そういう意味で彼らの目的は「開墾」だと思うんですね。
人間という生き物は、死の瞬間にエーテルを発生させることがわかってきました。
これは霊魂……幽体……いろいろと言い方はありますが、とにかく死ぬと世界にエーテルが還元されます。
その辺の詳しい説明は省きますけど、この仕組みを持っているのは、この世界では人間だけなんです。
だから、やつらは人類を殺すんです。
奴隷を作るのは、人間の人口を適度に調整して、死によるエーテル還元を円滑に行うためだと推測されます。
ちょうど人間がやる牧畜と同じですね。
そうして世界が保有するエーテル総量を増やし、彼らがより住みやすい場所として開墾しているというのが、有力な見方となっています。
生かしておく人間は、全体の三割程度でいいと考えているんじゃないかな?
彼らにしても、それは生存のための戦いなのでしょう。
おそらく、《転生者》たちのもといた世界では、エーテル資源が枯渇状態にあるのではないでしょうか?
人口が増えすぎたのか、他に理由があるのかわかりませんが。
少数のブレイヴ個体が、いわば「万物の霊長」として君臨している世界なんでしょうね。
え? ああー……まあ、神の国ですか。
ヒューグ正教のやつらはそんなこと言ってますね。
そういう見方もできなくはないですね。ブレイヴ個体が神々で、ほかの《転生者》たちが天使であると。
でも、ぼくは嫌だなあ。
あの、もしかしてヒューグ正教の方だったりしますか? ご気分を悪くされたらすみません。本当に。ぼくはずっとこうなんです。
つい口が滑りすぎてしまって……サヴラールで捕まって殺されなかったのは幸いでした。
あ、はい? サヴラールの。
じゃあ、そろそろ話を戻しますね。
あの当時、陛下はまだちっとも「魔王」って感じじゃなかった。サヴラールが誇る期待の英雄といえばですね、まず総隊長バイザック・ルンビーク。
家柄も良かったし、生物実験を止めさせた人権派の軍人として人気がありました。
それに第二層の守護神、ゴルゴーン様と、ロースタル・リュノル邀撃部隊長。
この二人は、まさに希望の星でしたね。
ゴルゴーン様については言うまでもないでしょうが、ロースタル部隊長は、あれでなかなか評判が良かったんですよね。
大胆な作戦をいくつも実行してきましたし――まあその成否はともかく、勝てば華々しい戦果をあげました。
何度か失敗して、危ないところもありましたけど、広報公司はルンビーク家がすっかり抑えていたもので。
防衛戦の間、名声は上がる一方でした。
それに対して思うんですが、魔王陛下の戦い方は――いまひとつ華がないというか。
あの、批判しているんじゃないんですよ。
勝つんじゃなくて、目的を達成するためにやっているというか。負けるとしても、よりよい負けを作り出そうとするというか。
ぼくらには理解できないくらい我慢強い人なのかな。
サヴラールでの戦闘もそうでした。
思えば、あの戦いこそが陛下の第一歩だったんですね。
歴史上における、魔王の台頭と呼ばれる時期の出来事でした。
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