ジェフティの手記 ジェイン・ヒースラフ
>ジェイン・ヒースラフ
>サヴラール市警備隊 第二層漸減戦線ゴルゴーン隊所属・狙撃兵(当時)
ええ。
当時のことは、よく覚えています。
サヴラール市が戦場になったとき、私はゴルゴーン様の部隊に配属になりました。
サヴラール市は、高度に迷宮化されたダンジョンが五層に連なっています。
六層以降は納税と兵役の義務を持つ、正市民の居住区確なので、それまでに《転生者》を阻止しなければなりません。
といっても、漫然と兵力を分散させても意味がありませんから、明確な防衛方針と拠点を定めておきます。
多くの場合は、深層へ続く階段ですね。
そこを拠点として、設置されたトラップと遊撃戦で戦力を削り、疲弊させて、敵を殲滅するのです。
各階層には、最低でも部隊が二つ駐屯することになっていました。
拠点の防衛と、巡回・遊撃して敵戦力を損耗させる部隊です。
ゴルゴーン様は客将という扱いでしたが、自ら浅層での任務を希望されていました。それも、拠点の外で積極的な迎撃を行う部隊として。
今思えば、あれは張り切っておられたのだと思います。
魔王陛下が不在のサヴラール市を防衛するのは、ご自分の責務だと考えていらっしゃったのでしょう。
あのときは私も、魔王陛下というのが何か、まるでわかっていませんでしたけど。
――ええ、ゴルゴーン様ですか。
あれほど自他ともに厳しい方は見たことがありません。例外は陛下ぐらいですね。
陛下さえ絡まなければ、冷静で規律に厳しい……あれこそ軍人といった方だと思います。
よく知らない方からは「冷徹」とまで言われていましたが、それはサヴラール市評議会への態度のせいでしょう。
ゴルゴーン様は、「深層への籠城」と「浅層の崩落封鎖による防衛」を主張する評議会に対し、厳しい意見をお持ちでした。
「ブレイヴ個体はそこまで甘い相手ではない」
と、ゴルゴーン様はおっしゃっていました。
「陛下が帰還されるまで、サヴラールの防衛力を最大限に保つ必要がある。可能な限り浅層で迎え撃つべきだ」
そうして、ゴルゴーン様は第二層の漸減攻撃部隊を率いることになりました。
私はそこに配属されたんです。
実際に、評議会とゴルゴーン様の間でどのようなやり取りがあったのかわかりません。
ただ評議会ですら無視できない影響力を、ゴルゴーン様は背景にお持ちであることは確実でした。
……旧王家の末裔……それも直系?
そうかもしれませんね。あの当時、旧王家の正当な後継であるという大義名分を得れば、近隣都市の盟主となることができたはずです。
まさに当時のサヴラール市は、「六大都市防衛圏」という構想を持っていました。
サヴラール、カズィア、シュトナド、ヒウニッテ、キゼイ、リューカー。
その六都市を従えて防衛線を築き、《転生者》に対抗する一大戦力を作る――といえば聞こえはいいですが、盟主となるからには当然、もっとも安全な位置から強い権力を持つことができます。
まだ各地の都市は、旧王家に忠誠を誓ったうえで国土の防衛を委任されている、という形式をとっていましたから。
各都市の評議会の、大部分が貴族出身者で占められていた時期です。
旧王家の後継という肩書は、そうした大きな利用価値のあるものでした。
そんな噂のある高貴な方が、自ら最前線の部隊を率いることになった。
もちろん私たちの士気は上がりました。
しかもゴルゴーン様はあの炭の丘の防衛戦で、ブレイヴ個体――『アルジュナ』を撃ち落とした英雄としてすでに有名になっていましたから。
ああ……光の魔女?
そうですね、広報公司はそんな呼び方をしていましたね。
どうにも安っぽいとは思いましたけど。子供には人気だったかもしれません。
本当は、ゴルゴーン様は第一層への着任を希望したらしいです。
ただ、初日の《転生者》たちの攻勢は思いのほか激しく、迅速でした。
第一層は拠点として放棄することが早々に決定してしまったのです。戦力の選択的な集中投入……という考え方ですね。
もちろんゴルゴーン様が第一層の防衛を希望したのは、陛下が帰還なされたとき、その歓迎を真っ先に行うためでしょうね。
いまではそう思います。
……はい、そうです。
あのときは、正直に言いますとゴルゴーン様のことを少し怖い人だと思っていましたね。
戦うために生きているというような雰囲気でした。
あれもいま考えると、陛下が不在であるゆえの緊張や自負……そういう種類のものだったと思います。
ですが、戦闘部隊の長として考えたときのゴルゴーン様は、頼もしい方でした。
先陣を切って攻撃を行い、ソードマンくらいは一対一の白兵戦で撃破してしまう。
ナイトが敵にいても、その『瞳』の一撃で吹き飛ばすことができました。《転生者》たちにとっては、第二層を徘徊する悪魔のような存在だったはずです。
唯一問題だったのは、メイジ種からの遠距離攻撃ですね。
あの、地面を這うクラゲのような連中です。
やつらは体内にたくわえたエーテルを使い、様々な形の『現象』に加工して放出することができるらしいのです。
炎や稲妻はもちろん、氷や酸を生み出したり、麻痺性のあるガスなんかも……あ、はい。
これは賢者ベクト様の研究結果の受け売りですね。すみません。
こう見えても愛読者なんですよ……写本もたくさん作ってますから。
……はい。そうですね。
とにかく私たち狙撃兵の役目は、ゴルゴーン様を後衛から狙うメイジの対処でした。
エーテルの操作にはかなりの集中を必要とするようで、それは弩の一射で簡単に乱すことができます。
ゴルゴーン様が率いる前衛が、ソードマンやナイトたちと乱戦状態を作り、私たち狙撃兵は落ち着いて後衛のメイジやクレリックを狙う。
そういう形で、第二層の防衛はかなり安定していました。
拠点へ《転生者》のパーティーを逃がすこともほぼありませんでしたし、そうなってしまった場合でも、トラップに追い込んで撃滅できていました。
全面的に通信を担っているパーシィさんのおかげで、そうした連携も円滑でした。
「悪くない」
と、ゴルゴーン様が声をかけてくださったこともあります。
「貴君らの奮戦により、我々はよく踏みとどまることができている。陛下が戻られた暁には、その功績をお伝えすることを約束しよう」
――実際、うまくいっていたと思います――我々のような、現場の前線部隊の方は。
つまり、サヴラール市の抱える問題は、それを統括する評議会にありました。
急進派と保守派の対立は、おおむね保守派の勝利で終わりつつあり、軍への命令系統は整理されてきていました。
それ自体は歓迎したいことです。
ただ、保守派の力は少し大きくなりすぎていました。
特に、ルンビーク家の専横化といったら……ええ、そうですね。バイザック・ルンビーク、あの総隊長の出身の家でした。
追い落とした急進派から私財を『不当な占有物』ということにして没収しはじめ、さらにはあの非常時に、あんなことまで。
あれは暴走といっても差し支えないかと思います。
ええ。
魔王陛下のご帰還の際の一件です。ルンビーク家は――
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