ジェフティの手記 フェルガー・ハーレンフット

>《雲裂き》フェルガー・ハーレンフット

>ルジン・サスヴァ空軍・北部方面戦線 第一系打撃群 ハーレンフット隊


 こんなところまで来るとはな。

 いまさら、俺に何を聞きにきたんだ?


 話せることなんて何もないし、歓迎の酒もない。あと五日後には食料も尽きるらしいからな。

 ――いや、あれは違う。俺の酒瓶じゃない。

 ルジンに――ああ、魔王陛下に、奢ることになってる。そういう約束だ。あれは西部の酒で、いまはもう幻の逸品ってやつだな。


 まあ、その通り、俺は西部の出身だ。

『ヌアザ』の疫病には捕まらなかったが、『オーディン』だよ。

 当時はまるで手に負えなかった。

 どこまで逃げても槍が追ってくる。あの一つ目が睨んでるから、近づくことさえできねえ。


『オーディン』との戦いで、俺が参加してた西方都市連合はあっという間に瓦解した。兄貴も母さんもみんな死んだよ。

 俺は数少ない生き残りと、命からがら砂漠を越えて逃げてきた。

 あちこちでよそ者扱いでね。城塞都市に閉じこもってる連中のことが嫌いだったよ。いまでもそうさ、地下に潜ると肺が腐りそうな気がする。


 それで? たしか、炭の丘での戦いのことだな。

 ずいぶん昔のことのみたいに思える。

 あの空飛ぶ個体――『アルジュナ』と一番最初に交戦したのは俺だ。名前がついたのは三日ぐらい後だったが、直感でわかったぜ。

 こいつはブレイヴ個体だってな。


 あのとき、俺たちの部隊の任務は、第一に制空権の確保だった。

 向こうにはウィッチって種類の《転生者》がいる。そいつをまず自由に動かさないことが重要だった。


 当時はそこそこ珍しい種類だったが、最近、よく見るようになっただろ?

 昆虫の羽で飛ぶ、でかいカナブンみたいなやつらさ。ぎょろぎょろした目玉がいくつもついてて、歩いてるやつらの頭の上から爆弾を落としてくる。

 やつらが落とす、あれはなんだろうな。

 破裂して火を撒き散らす、小さい……卵の一種だって言ってたやつがいたけど、本当か? 気味が悪いぜ。


 なんでもいいんだが、あの卵を好き勝手に落とされると、防御陣地があっというまに擂り潰されちまう。

 そうならないように、まず俺たちがあいつらを見つけて仕留める。偵察と同じくらいに重要な仕事だ。


 初日に前線のぶつかり合いが始まると、案の定、七、八体くらいは出て来たかな。

 俺たちは急行してそれを叩き落としまくった。

 眠る間を惜しんで出撃させられたよ。酒を飲んでる暇もなかった。


 ……ああ?

 その様子じゃ、俺たちワイバーンのことを知らないな?

 確かに火も吐けるが、あんなのは一回きりの隠し芸なんだよ。一度吐いたらしばらく飛べなくなる。


 だから、ワイバーンの空中戦のやり方ってのは、昔ながらの騎兵隊と同じだ。

 突撃して、大槍で突き殺す。

 もちろん呪術で鍛えたやつだぜ。

 うちの陣地には、グレット――傭兵の呪術師がいたからな。武器の質に不満はなかったよ。傭兵で呪術師ってのは、結構大変なんだぜ。よほど腕がよくなきゃ雇われねえ。


 だが、ウィッチの方も棘付きの触腕を持ってたんで、空中戦はいつも命がけだ。

 あの棘には毒があって、棘が体内に残るような刺され方をするとすぐ死んじまう。


 ――怖くないかって? 

 まあ、実はそうだ。怖くはない。俺の部下には言うなよ。

 俺はそういうのを楽しんでる。ウィッチやソーサラーとすれすれでやり合ってから地上に降りたときは、生きてるって感じがするのさ。


『アルジュナ』が出た日もな。

 あの日は一度に十体も突き落として、嫌な予感がしてたんだ。

 うまくいきすぎてた。数が多かったんだよ。あれはたぶん、偵察に出てきてたんだと思うぜ。やつは――『アルジュナ』はいきなり現れた。


 森から、浮き上がるみたいに出てきたんだよ。

 最初はでかい鳥だと思った。

 ウィッチや俺たちの昆虫みたいな羽とは違った。鋼の骨を組み合わせて、翼みたいな形にしていたんだ。

 原理なんて知らねえよ、とにかく『アルジュナ』はそいつで飛んでた。


 見た途端、死ぬほど不吉な気配がしたよ。

 俺は危険とぎりぎりのところですれ違う、そういうのが好きなんだ。だからわかったのかもしれないぜ。

 とっくに俺たちは、命の危険がある場所に踏み込んじまってる――そう思った。

 できるのは、すり抜けるとかかいくぐるとかじゃない。一目散に逃げだすことだけだって直感した。


 俺はすぐに撤退命令を出したね。

 そいつはウィッチとはあまりに違いすぎた。俺が知らない種類の《転生者》だった。

 そんなもん、ブレイヴ個体だと思ってかかった方がいい。


 ――だが、阿呆が二人いた。

 一人は好奇心がでかすぎたやつで、もう一人はただ運が悪かった。近すぎたんだよ。

『アルジュナ』は俺たちを見ると、いきなりあの稲妻を撃ちやがった。避けることなんでできなかった――稲妻だぞ。お前、避けてみろよ。


 そうして一人が一瞬で消し炭になり、もう一人は相手が何者か知ろうとした。

『アルジュナ』の側面に回り込んで、牽制の攻撃をしようとしたんだ。

 もちろん、もう一度稲妻が光って、そいつも灰になったよ。戦いはそこで終わった。いや、最初から戦いになんてなってなかった。

 俺たちは全力で逃げた。他に何ができたと思う?

 あのときは、まだドラゴンがいなかったからな。


 ゴルゴーン? ああ――あのとき、『アルジュナ』を撃ち落とした、あれか?

 一矢報いたってやつだな。

 丘の陣地は『クリシュナ』のやつに文字通り叩き潰されちまったが、おかげで時間を稼げた。


 丘の上に、白い光が見えたときにはみんな仰天したよ。

 そいつがとんでもない音を響かせながら、空を焼くようにして、『アルジュナ』を狙っていた。

 俺たちは巻き添えを食わないように慌てて降下したよ。

 あれが『アルジュナ』の左の翼をかすめたときは、やれるんじゃないかとさえ思ったな。


 いや――ゴルゴーン。

 魔王が可哀そうになるくらい、とんでもない女だよ。笑えるね。

 王府では貴族だったんだろう? しかも旧王家の直系だ。俺にはよくわからんが、聖印を持ってたって聞いたぜ。

 あの頃はまだ、旧王家って肩書にも存在意義……いや、利用価値があったからな。

 サヴラール評議会がお客様扱いするわけだぜ。あるいは、生きてる兵器か。


 ゴルゴーンのおかげで、あのときは魔王陛下が帰還するまでサヴラールが持ちこたえることができた。

 そうだったな。

 あのとき、俺はルジンは死んだと思ってたよ。それが帰ってきたんだから、驚いたぜ。


 そうだよ、お前。

 あいつはいつもどうしようもないってときに帰ってくる。いつも死に損なう。だから、あのクソ野郎……魔王陛下がどこにいるか、まだわからないのか?

 いくらなんでも、もう限界だぜ。


 俺にはわかってる。

 あいつが死んでるはずがない。確かに少し責任を負わせすぎただろうが――結局のところ、あいつは阿呆だからな。

 逃げる勇気なんてない。最後まで付き合うだろう。

 だから、早いところ探し出せよ。手遅れになる前に。

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