ジェフティの手記 オズリュー・ムベルトル

>オズリュー・ムベルトル

>カズィア方面防御戦線 第二軍フーバー隊所属・コボルト強襲部隊(当時)


 魔王陛下の話ですね。

 あのサヴラール防衛線の? 炭の丘での戦いのことですか。

 ――いや、問題ありません。

 もう記録が始まっているのなら、手短にお話しします。


 とはいえ、私から聞き取りを行うより、ルベラにでも聞いた方がよかったでしょう。

 彼女に話ができるなら、それが一番だったはずです。

 あの戦いで、誰よりも陛下の傍にいたのは彼女でしたから。


 私が思うに、ルベラは魔王陛下のことを、自分のつがいだと思っていた節があります。

 コボルトは本来、あんなに人に馴れる動物じゃないんですよ。

 わざわざ陛下の近くに寄って食事をしたり、自分で狩った砂ネズミなんかをくわえて来たり。普通はやらないんです。

 特にルベラは、あの群れの長でしたから。


 ――ええ。

 もちろん、私もあの突撃には参加していました。

 あのときの指揮は、ロースタル部隊長でした。……三日目の側面攻撃は独断によるものだったそうですね。

 あとから聞いて驚きました。


 ですが、もしもロースタル部隊長への糾弾を聞きたいのであれば、ご期待には沿えないかもしれません。

 全体の戦局を考えると、あの行動は、必ずしも悪影響だけをもたらしたわけではなかったと私は思います。

 そうですね、あれには政治的な効果がありました。


 結論から言えば、あの後、ロースタル部隊長が処罰されることはありませんでした。

 むしろ、昇進したんです。

 その理由は――サヴラール市の外で暮らしていた方には難しいかもしれません。


 当時のサヴラール市評議会には、二つの大きな派閥がありました。

 コボルト実験部隊の設立や、《魔獣化》の研究を推進しようという「急進派」。

 それと、従来の武装を充実させて防衛力を強化しようという「保守派」。


 この両派閥が主導権を取り合っていたので、軍の動きも制限されていましたし、軍内にも派閥がありました。

 お互い、息のかかった将校を軍に送り込もうとしていましたから。


 自分たちの存亡がかかった戦線が目の前にあるのに、あまりにも馬鹿げていると思うかもしれません。

 ですが、みんな必死でした。

 命を守るためには、お互いに自分たちの側の方針が正しいと、そう考えていたわけです。もちろん、貴族時代の昔からの対立が尾を引いていた部分もありますが。


 それで――ロースタル部隊長は、当時は急進派の将校でした。

 急進派に属する評議員の子息だと伺っていましたから、当然のことでした。


 ところが、どうも戦の前後から保守派と接近していたようですね。

 ロースタル部隊長のご家族にとっては、裏切られたようなものだったと思います。

 実際、保守派とどんな取引があったのか、それはわかりません。


 ……なぜ、あの人がそうしたか。

 私には推測することしかできませんが、たぶん、あの人は戦いが好きだったのではないでしょうか。

 正確には、戦いを指揮することが。


 奇襲のやり方を考えたり、戦術を試したり。

 そういうことが好きだったんだと思います。それも、できるだけ大きな場所で、戦いをやりたいと考えていた。


 それなのにコボルトの実験部隊を預けられて、いつも予備隊で。本隊の指揮から距離を取らされていました。

 不遇な環境に陥れられたと、そう思っていたとしても不思議はありません。

 自分には、より活躍できる場所があると思っていたのかも。


 ――ともあれ、帰還したロースタル部隊長が処罰されなかったのは本当のことです。会議でそう決まりました。

 バイザック総隊長も、ロースタル部隊長を擁護していました。

 あの人は保守派の家の出でしたから。


 結果として保守派はロースタル部隊長の証言をもとに、コボルト強襲部隊の戦術的価値を攻撃し、急進派の発言力を大きく削ることに成功したんです。

 それで昇進ですから――呆気にとられましたよ。

 手品みたいなものでした。てっきり、ロースタル部隊長はなんらかの処罰を受けると思っていましたから。


 でも、これで保守派が議席の主導権を握り、軍にもある程度の統一性が生まれました。

 戦いやすくなったのは本当ですよ。

 あれがなければ、もう少し防衛準備に手間取ったかもしれません。

 もう少し遅れていたら、陛下の帰還に間に合わず――いえ。仮定の話は意味がありませんね。


 ――ああ、それにゴルゴーン様のことですか。

 ロースタル部隊長には特別厳しかったな。


 理由は簡単ですよ。

 陛下が自分よりもロースタル部隊長のことを評価していると思っていたんです。笑うようなことではありませんけど、笑ってしまいますね。


 陛下ときたら、ゴルゴーン様やメリュジーヌ様を遠ざける代わりに、ロースタル部隊長と作戦行動をとっている。

 これは陛下がロースタル部隊長を重用しているということだ、と。

 あの人の眼にはそう映っていたんですよ、たぶん。賭けてもいいです。


 要するに、ロースタル部隊長はゴルゴーン様の気を引きたくて、色々と有能なところを見せたかった。

 ゴルゴーン様はその逆で、ロースタル部隊長よりも働けることを証明したかった。

 あれはそんな構図だったと思います。


 そして、陛下は――陛下は、変な人でしたね。

 いつもなんとなく鈍いような目つきの人でしたが、あんな状態になっても、まだ鈍かった。

 自分の命に対する危機感がないのではないでしょうか。ゴルゴーン様たちが心配するのもわかります。


 そうですね、あの丘での戦いは、あの後――

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