コボルトの牙 4

 コボルトたちの兵舎は、丘の陣地の外れを割り当てられた。

 三十のコボルトたちが使うにはあまりにも狭い。


(これじゃあ、部隊行動に影響が出るな)

 コボルトは集団生活を行う動物だ。

 それも、人に混じったやや特殊な形で。

 狭い場所に詰め込まれれば、互いにストレスが生まれる。そういう点は馬よりも敏感だ。それは部隊行動の支障となる。


 仕方なく、ルジンは自分で仮小屋を増設することにした。

 同じ部隊の兵士が一人も見つからなかったからだ。

 軍議から戻ってきたロースタルが、何を考えたのかルジン以外をみんな兵舎に連れて行ってしまった。


(やるしかないな)

 幸いにも資材は余っている。《転生者》たちの進軍に備え、西側の森を盛んに伐採しているからだ。

 広い範囲にわたって、索敵範囲を確保してある。


 そうしていると、真っ先に駆けつけてきた白馬の一騎がいた。

 ゴルゴーンである。

「陛下! このような作業ならば、ぜひ私にお任せください」

 言うなり、丸太を一つ担ぎ上げた。ワーウルフのルジンよりも力が強いのは間違いない。


「陛下は我々に命令を下していただければ、それでいいのです。この戦いを勝利にお導きください」

「そんなこと言ってる場合じゃない。人手が足りないんだよ」

 ルジンはコボルトたちに片手の平を向け、少しどいているように頼んだ。

 手振りでの合図と、笛の合図はよく教えられているらしい。みんな速やかに従った。小屋の裏手に下がらせる。


(少しぎこちない。俺は新入りだからな)

 ルジンは彼らの動きを見ながら思う。

 コボルトたち個人の癖、部隊としての癖、そういうものを知っておく必要がある。時間はあまりない――慣れるには、とにかく生活を共にすることだ。

 しばらくコボルトたちの小屋で寝起きすることになるだろう。


「ゴルゴーン。日が暮れる前に覆いを作っておきたい。……だから手伝うなら頼む。丸太じゃなくて、そっちのやつを運んできてくれ」

「陛下が、私の名を呼んで命令を……! はい! 直ちに!」

 ゴルゴーンは嬉々として木材の束を抱えた。

「しかし、陛下の部隊の者に命じられぬのですか? あの態度の大きな男は、陛下の手を雑事に煩わせておきながら……いまどこに?」


「あれは俺の部下じゃない。むしろ部隊長だ。俺はここの部隊じゃ一番下っ端だよ」

「そんな! まさか。では、先ほどの軍議にご出席なさらなかったのも?」

「まあな」

 信じられない、といった様子で青い目を見開いたゴルゴーンに、ルジンは軽くうなずいた。


「軍議に出たのか。どうだった?」

 ルジンは詳しい話を聞いていない。

 ロースタルは作戦検討にルジンを交えるつもりがないようだった。そのこと自体は仕方がない。いまのところ、よそ者で新入りだ。


「少なくとも、《転生者》どもの動きは掴んでるんだろう」

「はい! 陛下!」

 ゴルゴーンは背筋を伸ばした。どういうわけか、ひどく嬉しそうだった。


「《転生者》の軍勢は、ブレイヴ個体『クリシュナ』によって率いられ、当陣地西方を進軍中。現在は補給している模様ですが、数日中にも接敵する見込みです」

 一般に誤解されがちだが、《転生者》も食事にあたるものを必要とする。


 正確に言えば、それは補給と活動休止――ということになるのだろう。

 彼らは地面に尻尾、あるいは触手のような器官を突き刺して、なんらかの力を吸い上げている。それが補給と呼ばれる行動だった。


 ベクトはそれを『エーテル』だと言っていた。

 この世界の大地と大気を循環する、力の精髄。《転生者》の活動力の根源だという。

 その性質を利用し、『エーテル』を阻害するための技術が「呪詛」であり、あるいは「結界」とも呼ばれるものだった。


「『クリシュナ』率いる一群は、カズィア森林都市の『世界樹』型ダンジョンを攻略。戦力の損耗はあるものの、いまだ強い勢力を保っているとのことです」

 カズィア森林都市には、樹木を利用したダンジョンがあった。

 サヴラール市の地下型と違い、空に向かって伸びる構造体だったはずだ。


「『クリシュナ』の戦力はどうだ。《祝福》の見当はついてるのか?」

「はい。おそらく素体はパラディン種。《祝福》は『圧壊』と命名されています」

 ブレイヴ個体には、それぞれ固有の力が存在する。

 それらは《祝福》と呼称されることになっていた。


 たとえば、ルジンの故郷を襲った個体は、あらゆるものを――距離や物理強度を無視して、切り裂くことができた。

 他に『ヌアザ』と呼ばれる個体は、いまだ強力な疫病を撒き散らし続けている。


「『クリシュナ』はおそらく、物体の『重さ』を操作しているものと思われます」

 意表をつくような言葉だった。

(『重さ』か)

 ルジンはその意味を推測する。どう低く見積もっても、脅威としか思えない。


「接近しようとした歩兵も騎兵も潰され、弓矢は届かずに落下したそうです。またカズィア森林都市の破壊状況からも、そのように推測されています」

「……なるほど」


 生身で接近することができない《転生者》。

 かといって遠距離攻撃も分が悪そうだ――考えながらも、ルジンはその対処法をいくつか思い描く。

(だが、考えるだけだ)

 その工夫が、実際に試せるわけでもない。それだけの他人を動かせる立場にいない。

 そういうことはベクトがやるだろうと思ってもいる。


 それに、ブレイヴ個体は相手にしないに越したことはない。

 彼らはその強い力の副作用とでもいうのだろうか、活動時間が極点に短い。一度、《祝福》を用いて戦闘行動をとったあとは、それなりに長期の非活性状態に入る。

 この非活性時に護衛の《転生者》たちを打ち払い、ブレイヴ個体を討つのが基本的な戦術の一つだった。


(この陣地を潰すために『クリシュナ』が活動してくれれば、都市にとっても悪くない戦果ってわけだ)

 作戦目標は、あくまでも時間稼ぎにある。

(俺たちは死ぬかもしれないが)

 ルジンは白いため息をついた。


「陛下」

 考えている間、ゴルゴーンは真剣な顔でルジンを見ていた。

「私は――私たちは、陛下の忠実な臣下です。何か行動を起こされる際には、我々をお使いください」

 木材を抱え、杭を地面に打ち込む。

 青い目はどこまでも真面目だった。いっそ思い詰めてさえいるかもしれない。


「我々は、必ずお役に立って御覧に入れます。恐れながら、陛下には一人で抱え込む癖があります。この世に決して裏切らぬものがあることを、証明する機会をください」


「お前と、メリュジーヌは」

 ルジンは言葉を選びながら、言うことにした。

「俺の何を知ってるっていうんだ。俺はお前たちに会ったこともないよ」

「……そうですね」

 ゴルゴーンは、ひどく寂しそうな顔をした。

「それでも、私たちは……少なくとも私は、陛下のお傍にいることができて、夢のようです」


(何を言ってやがる)

 ルジンは顔をしかめ、何か悪態をつこうとしてやめた。

 コボルトたちが、怯えたようにルジンを見ていたからだ。

「ああ。そうだ。こっちに来い」

 ルジンは片手をあげて、その群れを呼ぶ。ちょうど、布地を張って風よけを作ったところだった。


「今日は俺もここで寝る」

 コボルトたちのうち、濃い赤毛を持った一頭の首を撫でる。ルジンは彼女がこの集団のリーダーだと見ていた。

 具足の首輪に名前がある――ルベラ。雌だろう。

 ルジンが首を撫でると、少し四肢をこわばらせたが、拒否はしなかった。

「よろしく頼む」


「はい。それでは陛下、私も――」

「お前は兵舎に帰れ」

 これ以上、軍の上層から警戒されたくはなかった。


(なんなんだろうな、こいつらは。ベクト、何を考えてる?)

 ルジンは空を見上げる。

 フェルガーたちワイバーンと、それに加えて明らかに異なる速度で飛ぶメリュジーヌの影が見えていた。

「俺は傭兵だよ。小隊長でさえない。余計な期待をかけるな」

 少しずつ、風が強くなってきている。やはり夜から天候が荒れるかもしれない。

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