#2-5

「お嬢さん、舞台を見に行かない?」

 ノワールがそういって、オペラにチケットを一枚手渡す。オペラは「一枚だけなの?」と訝しんでいる。そんなオペラに、ノワールは「まあね」と白い歯を見せた。「ちゃんとお嬢さんを紹介しないとって、思ってさ」

 「どういうことかしら」と訊ねるオペラに、ノワールは「そういうことだよ」としか答えようとしない。

 舞台上で、華やかなシーンを演じるシアメーセの視線は、今日はオペラではなくノワールに注がれていた。舞台を終えて控室に戻ろうとするより前に、シアメーセはノワールのところに走ってくる。「ノワール! 今日は来たのね、どういう風の吹き回しかしら。もしかして、ついに私の魅力がわかったのね?」

 そう捲し立てて自分に飛びついたシアメーセに、「君の魅力は重々、承知……」とノワールは嫌そうに言う。シアメーセは熱い抱擁をノワールに存分にしたあと、やっとその横に立っているオペラに気が付いて、「あら。あのときのかわいい子」と笑った。オペラは「こんにちは、シアメーセさん」と笑い返す。

 シアメーセなりに、なんとなく嫌な予感がしたのだろう。彼女は「どういうことかしら」と、最初オペラと会ったときとまた違う、緊張した面持ちでノワールに訊ねる。「ちゃんと紹介しよう、シアメーセ。俺の婚約者、オペラ=サフランだよ」

「婚約者? だって、彼女は兄の賭け事で、貴方と」

 こくこくと頷くオペラの腰を引き寄せて、ノワールは「まあね」と頷く。「それはそう。でも、俺はいまこの子だけにしてるんだよね」と彼がオペラに向けた微笑みは、恋人に向けるような、甘ったるい笑顔だ。

 それを腕を組んで見つめていたシアメーセは、「……そう」と形の良い赤い唇で呟いて、にんまり笑った。「貴方がそのつもりなら、良いわよ、ノワール」

 「……うん?」と、思ってもいなかったシアメーセの反応に、ノワールは首をひねる。嫌な予感に彼が冷や汗を浮かべているのを見ながらも、シアメーセは高らかに宣言した――「貴方とその泥棒猫の仲なんて、引き裂いてみせるわ。私にできないことなんて、なにひとつないのよ!」

 「うん!?」と再びすっとんだ声を出して、ノワールは目を白黒させる。その横で腰を寄せられているオペラは、シアメーセとノワールの顔を交互に見ながら、「これはなにか、大変なことに巻き込まれているかもしれない」ということに、薄々勘付き始めていた。

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