#1-5

 オペラ=サフランとシャノワール=シュヴァルツの婚約の噂は、瞬く間に町中に広がった。ノワールの仲間は「ついに年貢の納め時か」と笑ってふたりを揶揄い、またある女性は「私たちのノワールが」と卒倒しているらしい。

 渦中のふたりは町中を仲睦まじく歩いたり、初めて二人で会話した公園にいったり、「庶民的なデート」を楽しんでいる、と書く町内誌まで出るほどだった。

 オペラはそれを疎ましく思うより、ノワールがどれだけ有名で、人望のある、ある意味スターのような存在だったのかを知って、いささか驚いていた。

 もちろん彼女だって、ノワールがどれだけ人気者なのかは知っているつもりだったのだが、彼女が思っている以上に、ノワールのそれは凄まじいものがあったのだ。

「学校の皆に、いつの間にそんなことになっていたのって訊かれるのよ。私もさあねと答えるしかないの。だってブルーノのせいだなんて言っても仕方ないのだし」

「懸命な判断だと思うよ、お嬢さん。俺も同じようなことを訊かれるけど、お嬢さんと同じような答えしか返していないものな」

 「返していない」ではなく、「返せない」ではないのか、とオペラはこっそり思う。

 それでもノワールがそうオペラに言うのはきっと気を遣っているからだ。こうやってよく傍にいるようになって、オペラが気が付いたのは、ノワールは人によく気を配る性質であるということだった。それは彼の生来のものだとは思うのだけれど、あまりに怒りも悲しみもあらわさない、それこそ聖人君子のようなノワールだからこそ、オペラはますます彼が心配だった。

 オペラが「ねえ、ノワール」と呼ぶと、彼は「うん?」といつものように小首を傾げる仕草をする。オペラは微笑んだ。「私が貴方の傍にいる間は、貴方が心から笑っていれば良いと思うの」

 オペラの思いがけない言葉は、オペラの心をなにひとつ飾っていないものだ。ノワールはそのままの意味に受け取ってしまって、何故かとても驚いたようだった。きょとんと目を丸くした彼は、オペラの言葉に対して、「……うん?」とますます首をひねる。

 「どういうこと?」と口角を上げた彼の疑問を、オペラは「いいえ」と敢えてあやふやにした。

「本当に、不思議な子だなあ」

「あら、それは本音みたいね」

 ノワールがつい溢した呟きを、オペラはそう言って朗らかに笑う。ノワールはあっと口元を押さえて、ちょっと目を逸らし、何事もなかったかのように、オペラと同じ明るい声で笑った。

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