第35話 いざ、家庭科部へ

「工藤君、いい加減元気だしなよ」


 部活動紹介を終えた後の放課後、僕と宮部さんは教室に残っていた。正確には、いつまでも動けずにいた僕に、宮部さんが付き添ってくれていた。


 あの後、教室に戻った僕は予想通りクラスのみんなから大笑いされた。中には「家庭科部に入ったんだ。似合っているよ」なんて声もあった。

 傷心した僕は、放課後すぐに家庭科室に向かう気にはなれず、宮部さんもそんな僕に付き合うような形で残って、いつの間にか教室の中は二人だけになっていた。


「宮部さんは先に行きなよ。僕はもうしばらくここでこうしていたい」


 机にうつ伏せになりながらそう言ったけど、それでも宮部さんは立ち去ろうとはしなかった。


「あのね、私工藤君に謝らなきゃいけない事があるの」

「何? エプロンのことならもう良いよ。もうどうしようもないし」

「まあ、それもあるんだけどね……」


 他にもまだ何かあるんだろうか?


「PRの時、部長が工藤君のことを男子部員って紹介したでしょ」


 ああ、あれね。ホントは部員じゃないのに、勝手に一員にされたばかりか、エースみたいな扱いをされてたっけ。


「あれは悪乗りして言ったんじゃなくて、実は最初から決めてたことだったの。私もその事知ってて……」

「知ってたの⁉ というか決めて、たってどういうこと」


 思わず机から身を起こす。勝手にそんな事するなんて、僕に恥をかかせようとでもしていたのだろうか。知らないうちに家庭科部から恨みを買っていうの?


「まさか、あんなエプロンをつけてステージに立つ思わなかったけどね。本当は、もっと普通の感じでの紹介になると思ってたの」


 そうなのか。まあ、エプロンさえまともなら、あんな紹介くらい何ともなかったんだけどね。

 それにしたって、あれのせいで余計に注目を浴びてしまった。


「で、何でわざわざ紹介したの? 僕がまだ部員じゃないって、みんな分かってたよね」

「実はね、ああやって紹介したら、工藤君が勢いで入部してくれるんじゃないかってみんなで話し合ったの。だって、このまま男子部員が入らなかったら、工藤君もやめるんじゃないかって思ったから」


 うーん。確かに、他に男子部員がいないなら入り辛いとは言っていた。


「でも、さすがにあのエプロン付けてそんな目立つことさせると思うと、なんだか良心が痛んでね。やっぱり止めようかなとも思ったけど、結局あんなことになっちゃった。ごめんね。そのせいで、学校一の笑われ者になって」

「ちょっと待って、学校一なの!」

「きっとそうだよ」


 僕は再び机の上に倒れ込む。薄々そうなんじゃないかと思っていたけど、他人の口から言われるときついな。


「そこまでして僕を勧誘したかったの?」


 まあ、廃部の危機ともなると、手段は選んでられないか。だけどそれからの宮部さんの言葉は、思っていたのとは少し違っていた。


「廃部を避けたいっていうのもあるけど、私達、ちょっと前まで工藤君のこと本当の部員だと思ってたから。だから、このままいなくなったらって思うと寂しくて、何とかして引きとめようって思ったの」


 申し訳なさそうに言う宮部さん。なるほど、そういう事情があったのか。知らないうちに、家庭科部のみんなにも随分心配をかけていたみたいだ。

 だけどね宮部さん。それはいらない心配だったんだよ。


「そんなことしなくても、どのみち入るつもりだったのに」

「え?」


 確かにちょっと前までは、入るかどうか迷っていた。だけどみんなでどうしようか話し合っていて、協力してエプロンを作って、そうしているうちに、いつの間にかこんな事をするのも面白いと思うようになっていた。


「入るよ、家庭科部」

「ホントに?」


 こんな事になるなら、もっと早く入っておけばよかったけど。だけど僕の言葉を聞いて、宮部さんはとても嬉しそうに笑った。


「よかったー、工藤君が入ってくれて。でも、新入生が入ってくれなかったらどの道廃部か。誰か入ってくれると良いけど」


 はたしてあの紹介で入ってくれる人がいるかはわからない。でも、廃部の危機はとりあえず免れるんじゃないかと思う。


「ちょっと思ったんだけど、出された条件は、部活動紹介の後に新入部員を獲得することだったよね」

「そうだけど……」


 よし。それならやっぱり問題なさそうだ。


「新入部員って、新入生でなきゃいけないとは言われてないよね。だったら、僕が入れば新入部員を獲得したってことで何とかなるんじゃない」

「それは……そうなのかな?」


 またしても屁理屈だというのは分かっているけど、一応これで条件はクリアするはずだ。


「まあ、それでも新入部員はやっぱり欲しいけどね。特に男子部員」


 僕個人としては、依然男子部員を熱望している。だけどあんなファンシーなエプロンを着た男を見て、わざわざ入りたいって思うかな。少なくとも、僕なら思わない。


 だけど、何も部活動紹介がアピールできる全てじゃない。これから見学に来る人もいるかもしれないし、まだまだ家庭科部を宣伝できるチャンスはあるはず。


「でも宣伝しようにも、私達何もやってないよ」

「それじゃあ、何かしようよ。エプロンは作ったじゃない」


 せっかくの家庭科部に入ったんだし、何もしないのはもったいない。


「そうだね。せっかくエプロンがあるんだし、今度はお菓子作りなんてどうかな」

「いいね。ケーキ作ってみたいな」


 前は横で見ていただけだったけど、自分で作るのを想像してみると、それはなかなか楽しそうだ。

 それに、新入生の中には勝彦もいたはずだから、今度勧誘してみるのもいいかもしれない。


 そんなことを考えてていると。いつの間にか、フリルエプロンで受けた傷も少しずつ塞がってきているような気がした。


「みんなにも、工藤君が入部すること伝えなきゃね。それと、これからはもっとちゃんと活動しようって言わなきゃ」


 他のみんなも協力してくれるかな? いや、昨日はみんなやる気になったんだ。これからだってできるはずだ。


「あ、でもあのエプロンはもう着ないよ。二度と」

「えーっ、結構可愛かったよ」

「絶対嘘だ!」


 そんな風にふざけ合いながら、二人して笑う。


 僕の女子力はそんなに高くない。別に無理して高めたいとも思わないけど、こんな風に楽しみながら上がっていくのなら、それも悪くない。


 家庭科室に向かって、僕等は歩いて行った。

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