第34話 部活動紹介
ステージ上には、サッカー部の男子三人が立っている。そのうち二人がリフティングを披露し、残りの一人が、手にした原稿を見ながら部のPRをしていた。
「我々男子サッカー部は、今は七人しかいません。だからレギュラーになることも簡単です。みなさんも一緒に、大会参加を目指しましょう」
男子が少ないことの悲劇を物語るような内容だった。目標が優勝や勝利でなく大会参加というのは悲しいな。だけど、きっと僕の方が悲しい。
「大丈夫、人の噂も七十五日。ここで恥をかいても、すぐにみんな忘れるさ。二ヵ月半なんてすぐだよ」
そんな事を呪文のようにブツブツと呟く僕に、他のみんなは若干引いている。
「工藤君、なんか怖いよ」
中島先輩が怯えた声で言った。
ここはステージの袖。家庭科部の出番はこの後すぐだ。そして僕は今、あのピンクでフリフリでファンシーなエプロンを着用している。
結局、あの後みんなに押し切られる形で、これを着てステージに上がることになった。なってしまった。
「あーあ。これで明日から笑いものだな。きっと『フリル野郎』とか『エプロンの君』とか言われるんだろうな」
いつまでもグチグチと言っている僕だけど、どうかそれを責めないでほしい。こうやって愚痴をこぼすことで、かろうじて正気を保っているのだから。
そして、ある意味もう諦めはついていた。こうなりゃもうどうにでもなれと、半ばヤケになってはいるけれど、それでも一応ステージに上がる覚悟はできている。
「ねえ工藤君」
宮部さんが、そっと袖を引っ張った。
「何、宮部さん? 僕を笑いに来た?」
「うっ、何だか工藤君の周りに、禍々しいオーラが見える気がするよ。って、そうじゃなくてね……」
大した用じゃないなら、悪いけど話しかけないでほしい。とにかく今は、そっとしておいてほしかった。
「いや、でもね……」
「何?」
仕方がない。話くらい聞いてあげよう。
「こんな事今言うべきじゃないかもしれないけど、考えてみたら、家庭科部全員でステージに上がること無かったんじゃないかな?」
「………えっ?」
その言葉に、僕の、いや家庭科部全員の時が止まった。
「そっか、そう言えばそうだっけ」
「サッカー部だって、七人いるって言ってたけど、ステージにいるのは三人だよね」
そうだった。代表者何人かが出れば、それでよかったんだ。じゃあそもそも、エプロンだって人数分作らなくても良かったじゃないか。
「それに、よく考えたら工藤君はまだ家庭科部じゃないよね。そもそもここにいていいの?」
「あっ……」
そうだよね。家庭科部員じゃないのに、家庭科部の紹介にいたらおかしいよね。
「どうしてもっと早く言ってくれなかったの!」
「だって、今気づいたんだもん」
誰だ、他に手は無いなんて言ったのは。いくらでも手はあったじゃないか。
「ごめんね。もう黙っていようかとも思ったんだけど、これから起きることを考えると、なんだか罪悪感があって……」
いっそ黙っていてくれた方が良かったかもしれない。せっかく覚悟を決めたというのに、今は逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。いや、今からでも遅くは無いか?
だけど、逃げようとしたその瞬間、無情にも進行役の先生の声がかかる。
「家庭科部、ステージに上がって」
「いえ、僕は……」
「はーい。今行きまーす。それじゃあみんな、予定通りいこうか!」
白鳥先輩が元気よく言う。そのみんなには、当然僕も入っているんだよね?
「やっぱり嫌だ。僕はここに残る!」
「往生際が悪いよ。男らしく、腹をくくりなって」
嫌がる僕を白鳥先輩は、いや家庭科部の面々は、無理やりステージへと連行して行った。
中央に立つのは白鳥先輩。だけどなぜだろう。隅っこにいる僕に、やたらと視線が集まっている気がする。どうか、それが自意識過剰であることを心から祈る。
「えー、私達家庭科部は、みんなで楽しく活動しています」
マイクを手に白鳥先輩が話しているけど、僕の耳にはもう届いてはいない。どうせ活動内容なんてでっち上げなんだろうし、少しでも早くこの時間が終わってくれることを願うばかりだ。
そう思っていたけど、白鳥先輩はとんでもないことを言った。
「家庭科部だからといって、部員は女子だけではありません。男子部員だっています」
そう言って僕を指す。何を言っているんだこの人は。たった今、僕は家庭科部員じゃないって確認したばかりじゃないか。
「彼は女子力の塊のような人です。男子だって、家庭科部のエースになれるんです!」
なんてことを! 案の定体育館の至る所から笑いが起きた。恥ずかしいし、また無駄に女子力のハードルは上がるし、何なんだこれは。
全校生徒の視線が僕に集中しているのは、きっと気のせいじゃないだろう。相変わらず笑いが起きてるのも、気のせいじゃないんだよね。悪い夢を見てるわけじゃないんだよね。
「皆さんも私達と一緒に、家庭科部で楽しく過ごしましょー!」
白鳥先輩の言葉が終わり、パラパラとした拍手と一部の笑い声を背に、家庭下部の紹介は終わった。僕の心に大きな傷を残して。
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