第29話 存続に向けて
廃部の危機を前に、みんなの心が一つになった家庭科部。まずは、部活動紹介で何を発表するのか決めなきゃならない。とはいえ、すぐにいいアイディアが浮かぶわけでもなく、まずは全員で話し合うことになった。
「それにしても、大変なことになったね」
「まったくよ。何よ廃部って。実績のない部活には予算は回せないってこと?」
多分そうなんだろうな。うちは商業高校だから、無駄金使ってたら生徒に示しがつかないだろうし。
それにしても……僕は、疑問に思っていたことを聞いてみる。
「どうも気になるんだけど、そもそも家庭科部が無くなって、みんな困ることなんてあるの? どうせ遊んでるだけでしょ」
「それは……」
宮部さんが言葉に詰まる。いざ聞かれると返事が難しいのだろう。
「たしかにあまり困らないかもしれないけど、一年間みんなといた場所がなくなるのは寂しいよ。」
すると、他の人達うんうんと頷いた。それは、普段のみんなを見てるとなんとなく理解できる。きっと、みんなで集まってワイワイ騒ぐのが楽しいんだろう。
「それに、藤村先生がいなくなってすぐに廃部って言うのもね」
「そうだね。そんな事になったら、藤村先生が草葉の陰で泣いちゃうよ」
いや、藤村先生生きてるから。産休しているだけだから。つい先日、元気な男の子を産んだって報告があったから。
それでも、みんなが家庭科部を大事に思っていることは分かった。
「みんな頑張ってね。僕も応援してるから」
「なに他人事みたいに言ってるの?」
他人事。そう、実は僕は、みんなとは違ってこの一連の出来事を一歩引いた所から眺めていた。
大変だ、頑張れ。そうは思っているけど、僕自身には特別な危機感なんてものは無い。
「工藤君も一緒に頑張ろうよ」
「うーん。そうは言ってもね」
「何か問題あるの?」
問題って、もしかしてみんな気づいていないのかな? ならしょうがない、ハッキリ言っておこう。
「だって、僕は家庭科部じゃないから」
そう。僕はこうしてちょくちょく顔を出しているけど、実は家庭科部には入っていなかったのだ。
そう告げた次の瞬間だった。
「「「「「「ええぇ―――――っ!」」」」」」
僕以外の全員が声を上げる。もしかして、みんな僕がとっくに家庭科部に入ったものと思ってたのかな?
まあ、みんなが勘違いするのも無理もないけどね。最近自分でもちょっと来すぎかなって思っているし。今日だって、本当は家庭科部の集まりだから来る必要はなかったんだけど、ラインもあったからつい来ちゃったよ。
僕にしてみればその程度の認識だったんだけど、みんなは納得いかなかったようだ。
「酷い、私達を騙してたの!」
「騙してないから、入ってないのに、みんなが勝手に勘違いしてただけだから」
「何でまだ入ってないの!」
「何でって、入部届け出してないから」
「じゃあ出そう!今すぐ出そう!」
全員が一丸となり、一斉に僕に言葉を投げ掛ける。
中島先輩が、入部届けはどこにあったっけとあちこち探しはじめ、その間にも僕に対する言葉が止むことはなかった。
「一緒にクッション作ったり、買い物行ったりしたじゃない」
「工藤君は家庭科部が嫌いなの?」
「入ろうよ。おやつに持ってきたよっちゃんイカあげるから」
だからイカは嫌いです。白鳥先輩に差し出されたイカを丁重にお断りする。それでもみんな、僕を入部させようと必死だ。
だけどそこで、宮部さんが一際大きく声を張り上げた。
「みんな落ち着いて!」
やっぱり家庭科部における宮部さんの存在は大きい。みんなが一瞬にして押し黙り、やっと静かになった。それから宮部さんは、真剣な顔で僕を見る。
「私も、工藤くんはてっきりもう入部したものだと思っていたよ。家庭科部に入るのが嫌なの?」
「嫌っていうわけじゃないんだけど」
嫌だって言うなら、そもそもこんな風に頻繁に顔を出したりはしない。みんなと話すのだって結構楽しい。
だけど未だに入部しなかったのは、本格的にこのメンバーの一員になるかと思うと、とどうしても踏ん切りがつかなかったからだ。何故なら……
「だって男子部員がいないから」
「………今更それ?」
宮部さんは呆れた顔をしているけど、僕にとってはこれが結構重要なのだ。上手く話しに入れた時はいいけど、たまに会話のテンポがズレる事があるし、内容によっては全く付いていくことができず、疎外感を感じることもある。女子が嫌いというわけじゃないけど、やっぱり男子部員がいた方が入りやすいよ。
「なるほど、工藤君が言いたいことはよーく分かった。要は男子部員がいれば良いんだね」
「まあ、そうですけど」
「それじゃあ、部活動紹介で頑張ってアピールしよう。そうしたらきっと、男子部員も入ってくるよ」
中島先輩はそう言ったけど、男子部員なんて入ってくれるかな? 僕が言うのもおかしいけど、男には人気の無い部だし、今年の一年は男子が例年以上に少ないって聞いたからな。我が校の男女比がまた傾いたと、男子の皆で嘆いていたよ。
そもそも、部活動紹介ができるかどうかも分からないんだよな。
「で、その部活動紹介はいったいどうするんです?」
「それは……」
中島先輩、それに他のみんなも、困ったような顔で沈黙する。なにしろほとんどまともに活動していなかったから、誰一人としてアイディアを出せないでいる。それでも、このままではいけないと思ったのか、尚も中島先輩は奮起する。
「よし。それじゃあ一人ずつ意見を出してみよう。まずは一年から、恵!」
「私ですか?」
いきなりの指名に驚く宮部さん。だけど黙っているよりも、何でも良いから言ってみた方が良いだろう。
「時間もあまりないですし、今まで家庭科部で作ったものを並べるとか?」
「家庭科部で何かを作ったのなんて、この前の藤村先生の産休祝いくらいだよ。もちろん全部あげちゃったから、もう残って無いじゃない」
「確かに」
即座にアイディアを却下され、ががっくりと肩を落とす宮部さん。だけどその時、白鳥先輩が手を上げた。
「よし、じゃあ藤村先生に返してもらおう」
「できるかー!」
中島先輩が白鳥先輩の頭を叩く。暴力だなんて言わないでね。部員全員の気持ちを代弁した突っ込みだから。
「それじゃあ次、田辺!」
「ええと、去年の部活動紹介って、何やってましたっけ? それを参考にすれば良いんじゃない?」
「そっか、去年やったやつね。誰か覚えている人いる?」
「…………」
「…………」
「…………」
………………沈黙が続く。どうやら誰も覚えていないようだ。今更だけど、いったいみんな何がきっかけで家庭科部に入ったのだろう。僕だって去年の部活同紹介は見たはずなのに覚えていないから、人のこと言えないけど。
そんな中、隅の先輩が小さく手を上げた。
「それって、去年の活動日誌を見ればわかるんじゃないかな?」
「それだ。日誌ってどこだっけ?」
「棚にしまってあるから、ちょっと待ってて」
中島先輩がそう言って探したけれど、返ってきたのは良い答えでは無かった。
「だめ、見つからない。間違って処分したのかも。白鳥が部長になってからのならあるんだけど」
一同が深い溜息をつく。白鳥先輩が部長になってからの記録。そう聞いただけで、役に立ちそうな気がしない。
「日誌か、私、書いたこと無いなー。白紙のままかも」
ほら、この通りだ。
「日誌って、書かなくて大丈夫なんですか? そう言うのって定期的に提出しないとダメな気がするんですけど」
「うーん。もしかすると、白紙の日誌を見て今回の廃部が検討されたのかも?」
ダメだこりゃ。真偽のほどは分からないけど、とにかくこれで、過去の作品やデータを頼るのが不可能だという事は分かった。
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