第28話 存続の条件
「撫子、どうして今まで黙ってたの?もしかして、私達に心配かけないように、一人で何とかするつもりだったの?」
中島先輩が訪ねるけど、この人に限ってそれは絶対にないだろう。
「私も話を聞いたのは昨日なんだけどね、最初はSNSでみんなに知らせようかと思ったんだよ。だけど、こういう大事なことはやっぱり直接話した方が良いと思って……」
「だったら、どうして昨日のうちにみんなを集めなかったの?」
「だって春休み最終日だったし、みんな予定あるかもしれないって思ったんだよ」
普段は回りの事なんてお構いなしに自由奔放なくせに、どうしてそんなところで余計な気を回すんだこの人は?
「じゃあせめて、今朝でも昼休みでも、教室で言ってくれたってよかったじゃない。そんな大事なことなら早く言ってよ」
「…………その手があったか」
あまりの返答に、とうとう中島先輩がガクリと膝をつく。
「みんなごめん。同じクラスなんだし、私が事前に聞いておくべきだった。家庭科部の話だろうから、どうせ大したこと無いと思ってた。副部長の私が、もっとしっかりするべきだった。」
涙目になる中島先輩を見て、なんだか可哀そうになってきた。みんなはそんな彼女を慰めながら『あー、泣かせたー』と言うような眼で白鳥先輩を見ている。
「あ、あのー。みんな、一つだけ良い?」
「何ですか部長?」
「そろそろ足が痺れてきたから、崩しちゃダメ?」
「…………もう勝手にしてください」
どうでもいい。本当はみんな、正座している部長の足に石でも置きたいと思っているだろうけど、とりあえず崩すことを許可する。
「それで千田先生、そもそも、どうして廃部なんて事になったんですか?」
中島先輩が力なく質問したけど、千田先生は頭に手をやりながら暗い顔をしている。顧問になった早々こんな光景を見せられたら、こうもなるよね。
「聞いていた以上に酷い部ね。そんなんだから廃部の話が出てくるのよ。藤村先生、よく今までやってこられたわね」
それは僕も思う。前任の藤村先生、さぞかし苦労したんだろうな。
「まあいいわ。それでさっきの質問だけど、廃部の話が出たのは、あなた達が遊んでばっかりいたのが原因よ。活動実績がちっともないのが問題になったの」
やっぱり理由はそんな事だったか。実際、何もしないでただ駄弁っているだけなんだから、そりゃ問題にもなるよね。
なのに、みんなの反応はこれだ。
「そんな、私達が遊んでばっかりなんて、いつもの事なのに」
「だから、それがダメだって言ってるの!」
怒鳴った後、再び疲れたように頭に手をやる千田先生。だけどそれから気を取り直したように、みんなに向かって告げた。
「言っとくけど、まだ正式に廃部と決定したわけじゃないからね。あくまで可能性があるという話よ。活動実績が無いのが問題なんだから、逆に言えば、それさえ見せればなんとかなるわ」
つまり、本当に廃部になるかどうかは、これからの行動次第ってことか。だけどそう言われても、みんなはまだ困惑の方が大きかった。
「でも活動実績って、具体的にどうすればいいんですか? 今から料理や裁縫を始めるとかですか?」
「それは当然として、だけどそれだけじゃちょっと弱いわね。もっとちゃんと何かを発表しないと。実はもう、職員会議でどうすればいいかは決めてあるの。これを見て」
そう言って先生は、一枚のプリントを取り出した。そこに書かれていたのは、簡単に言うと次の通りだ。
一・部活動紹介で家庭科部員が作った作品を紹介する。
二・部活動紹介の後、新入部員を獲得する。
この二つだ。
「つまり、部活動紹介で結果を残せば、廃部を免れるってことですか?」
「そう。この二つの条件をクリアすれば、ちゃんと活動しているって体裁は守れるわ。それで、部活動紹介は何をするつもりなの? さすがにそれくらい考えているわよね」
先生が尋ねたけど、家庭科部員は誰一人として口を開こうとはせず、そっと視線を反らしていく。
「まさか…………」
そのまさかです。
千田先生は絶望的な表情を浮かべながら、みんなの代表である部長の白鳥先輩を睨む。
だけど彼女は、いつの間にかあぐらどころか寝坊けのような格好で床の上に寝転がり、千田先生に背中を向けていた。そして、私は何も関係ありませんよと言わんばかりに、白々しく口笛を吹く。
「ピュー、ピュ――ッ」
「……白鳥さん?」
「ピュー、ピュ――ッ」
「白鳥さん。ちょうどいい位置に頭もある事だし、いい加減にしないと顔面をサッカーボールのように蹴り飛ばすわよ」
「ピュ…………えぇっ!」
これにはさすがの白鳥先輩も、慌てて立ち上がり姿勢を正す。
千田先生、気持ちはわかるけど、いくらなんでも過激すぎます。いくら白鳥先輩でも、流石に顔を蹴られるのは可哀そうだ。
だけど、そう思ったのもほんの一瞬だった。
「えっと、部活動紹介のことですよね。そりゃあもう、すっごいのを考えています。だよね、工藤君!」
たまたま近くにいた僕に丸投げしようとする白鳥先輩。先生、蹴っていいですよ。
「何も考えてないでしょ。って言うか、今日まで存在すら忘れてましたよね」
「ああっ、どうして本当のこと言っちゃうの!」
どうせこんなウソすぐにばれるんだ。時間の無駄だし早めに真実を言ってやった方が良い。
これを聞いた千田先生の悲しそうな顔を見ると、ちょっとだけ申し訳ないような気もしたけど。
「あなた達……もう家庭科部は廃部ね、そうしましょう」
「そんなぁ――ッ!」
悲痛な声を上げる白鳥先輩。気持ちは分からなくもないけど、今更どうしようもないよ。
だけど、中島先輩はまだ諦めていないようだ。
「先生、部活動紹介っていつでしたっけ?」
「それも知らなかったの? 明後日の午後!」
「つまり、それまでに何か用意すればいいんですよね」
「そうだけど、わかってるの? あと二日で何かしなきゃいけないのよ。もちろん、買ってきたもので誤魔化すのも、お家の人に頼むのもダメよ」
確かにそれは厳しそうだ。だけど、中島先輩に続いて宮部さんも声をあげた。
「やりましょうよ先輩。私、家庭科部が無くなるなんて嫌です」
中島先輩はなんだかんだ言ってけっこう真面目な人だし、宮部さんは言うまでもない。そんな二人を、僕は家庭科部の良心だと思っている。その二人が揃ってあげた声は、他のメンバーにも力を与えたよつだ。一人、また一人と、それに賛同する声があがっていく。
「そうだよ、今からでもできるよ」
「廃部なんていやだ。こんな良い部、他にないよ」
「たまには真剣にやらなくちゃいけないよね」
そんなみんなの姿を見て、ついに部長も重い腰を上げる。
「みんな……みんながこんなにやる気になってくれて、とても嬉しい。私も、やらないわけにはいかないよね」
当たり前ですよ、部長なんだから。本来真っ先に動かなければいけないというのに、何を最後に美味しい所を持っていこうとしているんだ。
だけどそんな様子を見て、千田先生もやれやれといった調子で首を振った。
「しょうがないわね。本当は今日にでも、どんな発表をするか報告しなきゃいけないんだけど、そっちは誤魔化しておくから、しっかりやりなさいね」
「ありがとうございます!」
みんながお礼を言うと、先生は報告してくると言って職員室に向かった。何だか来た時よりもやつれたような気がするけど、この短時間で心労が溜まったのだろう。
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