第30話 家庭科部、やる気出す
「みんなー、何かいいアイディアないー? 私はなーい」
だんだんと疲れてきたのか、白鳥先輩の声にも覇気がなくなってきている。いや、この人の場合いつもの事か。もう少しちゃんとしましょうよ。
「それじゃあ、お菓子でも作るって言うのは? 家庭科部っぽいと思うけど。というか、私最初はそういうのに憧れて家庭科部に入った気がする」
それだ。宮部さん、前にケーキ作ったよね。僕は横で見ているだけだったけど、宮部さんなら作れるはずだ。
「宮部さん、去年作ったようなケーキ焼こうよ」
そう言うと、他の皆もそれだという顔になる。
「えっ。宮部、そんなの作れるの? それでいこう!」
「うーん、ケーキか。でも……」
だけど盛り上がる僕達とは対照的に、宮部さんはなんだか乗り気じゃない。
「部活動紹介って、午後の授業時間を使ってやるでしょ。いつ作ればいいの? 昼休みだけじゃ時間無いし、生物だから作るなら当日が良いんだけど」
「それもそうね。じゃあ、だったらクッキーはどう?」
確かにそれなら前日に作っておける。だけど、それにもすぐさま反対意見が出て来る。
「待って。部活動紹介って体育館のステージでやるじゃない。小さいクッキーじゃよく見えないじゃん」
「あ、そうだった」
「それじゃあ、ギネスに乗るくらいの巨大なクッキーを作ろう!」
最後の提案をしてきたのは白鳥先輩だ。確かにそんなものが作れたら凄いアピールになるだろうけど、難易度が高そう。と言うより絶対に無理だ。早々に却下して話を進める。
「じゃあ、小さなクッキーでも良いや。とにかく作ろうよ」
「だから部長、それじゃあみんなには見えません」
「いや、新入生に見せるんじゃなくて、校長先生にでも渡して、これで廃部にしないで下さいっておねがいするっていうのは?」
「少しは真面目に考えて下さい!」
ほら、あんまりふざけるもんだから、また宮部さんに怒られた。このままだと、部長としての威厳が無くなっちゃいますよ。
「……本気だったのに」
「なお悪いです!」
いや、これは無くすような威厳なんて元から無いな。
「ねえ、工藤君は何か案無い?」
今度は僕にパスが回ってきたけど、何かと聞かれてもねえ。とりあえず、今まで家庭科部でおこった出来事、そして、僕が女子力が高いと勘違いされたエピソードを思い出してみる。
「ケーキもクッキーもダメ。前に藤村先生へのプレゼントで作ったようなアロマや石鹸じゃ、やっぱり小さくてよく見えないだろうし、他に何かあったかな? 家庭科部でなく、家庭科の授業でならいくつか作ったんだけど……」
まてよ。そこまで考えた時、僕にある考えが浮かんだ。それは反則ギリギリのボーダーライン、その一歩向こう側のような手だった。
「一年の時に、家庭科の授業でエプロン作ったよね。あれを使ったらどうかな?」
「それって、去年の暮れに作ったエプロンのこと? でも、あれは部で作ったものじゃないよ」
「大丈夫。あのエプロンを採点したのは藤村先生。そしてその藤村先生はもういない。採点の記録なんかは残っているかもしれないけど、一人一人のものを写真に撮ったわけじゃないから、堂々としていればバレないんじゃないかな?」
この言葉で、聞いていたみんなに戦慄が走ったようだ。
「ちょっと待って。それって、ズルするってこと?」
「ズルなんかじゃないよ。これをよく見て」
そう言って僕は、先ほど千田先生から貰ったプリントをみんなの前に広げた。
「よく見てよ。ここには『家庭科部員が作った作品』ってあるだけで、部の活動で作ったものでなければならないとはどこにも書いてないじゃないか」
「何その屁理屈?」
「どうしても部で作った物にしたいなら、簡単な刺繍でも縫いつけるってのはどう?」
「それは、そうかもしれないけど……」
みんなが躊躇う気持ちは分かるし、我ながら相当ひどい事を言ってるって自覚もある。だけど同時に、この家庭科部にはもう、こんな方法しか残されていないんだとも思ってしまう。
「アイディアも無い、時間も無い。だったらもう、手段なんて選んでる場合じゃないんじゃないかな?」
我ながら強引な手だとは思うけど、こんなのでもない限り無理なんだ。
「……工藤君、君だけは純粋だと思っていたのに」
「私達家庭科部が、君を汚してしまったんだね」
中島先輩と宮部さんがなにやら悲しそうな顔をしているけど、僕は元々こういうやつだ。みんなが勝手に、真面目だの女子力が高いだの美化しすぎなんだ。
「じゃ、じゃあとりあえずそれでいこうか。当日は全員エプロンをつけて、ステージで紹介するってことで良いかな?」
白鳥先輩が言うと、ようやくみんなも納得してくれたようだ。これでとりあえず条件のうち一つはクリアできた。そう思っていたのだけど……
「あのー、私そのエプロン持ってないよ」
田辺さんがそんな事を言ってきた。
何で? たしか、前に作っているところ見たよ。だけど思い出してみると、彼女の作ったエプロンは、思いっきり糸が解れていたようなきがする。もしかして、あの後すぐにバラバラになってしまったのだろうか。いや、それでも一部を縫い直せば、まだ何とかなるんじゃ……
「去年の大掃除の時、燃えるゴミに出しちゃった。だってどうせ使わないもん」
なんてことをしてくれたんだ田辺さん。もしや他の人も捨てちゃったりしてないよね。
「私はちゃんととってあるよ」
「私も。使ってはいないけど、家にあると思う」
良かった。話を聞いてみると、どうやら田辺さん以外の現二年生は全員とってるらしい。だけど、問題は三年生の方だった。。
「私は無いね。一年の時に作ったやつなんて、普通そんなに長くとっておかないでしょ」
「ごめん、わたしも無いや」
三年生はこんなものか。だけどそんな中、白鳥部長だけは違った。
「私はあるよ」
「本当ですか? 白鳥先輩の事ですから、家にも持って帰ってないだろうなって思ってました」
「工藤君、あなたは私をなんだと思っているの?」
だって、日頃の行いがあまりにもアレなんだもの。だけど、とにかくこれでまた一つエプロンを確保することができた。しかしそう思ったのも束の間、それに待ったをかける声が上がった。
「あのエプロンを使っちゃダメ!」
みんなが声の主、中島先輩に注目する。いったい何がダメだというのだろう?
「だって、あんな不気味な物を発表するだなんて、そんなことしたら新入生ドン引きだよ。即廃部決定だよ」
いや、いくらなんでもそんなオーバーな。だけど中島先輩は真剣だ。
「あの、そんなに酷いんですか? 多少悪いくらいなら、手直しして何とかなりません?」
「そういう次元の問題じゃないの。みんなはあれを見たこと無いからそんなこと言えるんだよ。とにかく、あれだけは使っちゃダメ」
「……あの、中島? アンタの発言で、私は今とっても傷ついているんだけど。わかってる?」
いったいどんなものを作ったのだろうかこの人は? 白鳥先輩が中島先輩に詰め寄っている間、他のメンバーで集まって相談してみる。
「どう思う? いくらなんでも、エプロンでそこまで酷い感想が出てくるの?」
「でも、副部長は冗談でそんなこと言う人じゃないよ」
「何より作ったのは白鳥部長だからねぇ。それだけで説得力があるよ」
「同感。中島先輩もああ言っている事だし、数には入れない方が良いんじゃないかな」
こうして、僕達の意見はまとまった。白鳥先輩達の方へと目を向けると、あちらもどうやら話に決着がついたみたいだ。
「決定! 白鳥のエプロンは、持たず、使わず、持ち込ませず!」
中島先輩が、何やら非核三原則みたいなことを言っていた。白鳥先輩は、どうしてそんなものを今までとっておいたのだろう。実物も見ずに言うのもなんだけど、今度のゴミの日にでも出した方が良いんじゃないかな。
しかし、そうなると困ったことになった。
「これで、確保できたエプロンは全部で三つか。だけど、部員七人でエプロン三つってのも中途半端だよ。どうする?」
一人が言ったその言葉を聞いて、他のみんなが疲れたようにぐったりと項垂れる。エプロン作戦も、このまま失敗に終わってしまうのか。だけど誰もがそんな風に思っていたその時、宮部さんが言った。
「ねえ、こうなったらあと四つ作らない?」
「作るって、今から?」
そもそも時間がないからこんなことを話し合っているんだ。だけど、そう言う宮部さんも真剣だった。
「そんな事言ったって、時間が無いからこそ早めに決めて動かなきゃいけないんじゃないの? それに、出来上がっている三人が他の人を手伝えば、少しは時間短縮になるかもしれない。そもそも――」
そこまで喋ったところで宮部さんは一度言葉を切り、大きく溜息をつく。そうして改めて言った。
「そもそも遊んでばかりいてこうなったんだから、少しは真面目にやろうよ」
「うっ……」
なるほど、正論だ。反則ギリギリの手でこの場を乗り切ろうとした僕とは違うな。他のみんなも、宮部さんの真摯な言葉にみんなも心を動かされたのか、あるいは今までの体たらくを反省したのか、気まずそうな顔をしながらも、それぞれ小さく頷いていた。
「仕方ない。たまには家庭科部っぽいことしようか」
「私達だって、やればできるってとこ見せてやろうよ」
おお、この家庭科部がやる気になっている。こんなの、藤村先生への産休祝い以来だ。裏を返せばそれだけ何もしていなかったって事だけど、今それを言って水を差す事も無いだろう。
「エプロン四つか。まずは材料がいるね」
「今すぐ買いに行こうよ。でないと、本当に時間無いよ」
学校の近くにはそれなりに大きなショッピングモールがあって、そこなら材料はすぐに揃うだろう。とはいえ時計を見ると、時刻はもう夕方だ。たぶん今日は買い物だけで終わって、本格的に作成に入るのは明日からになりそうだ。
「部活動紹介は明後日か。明日だけでできるかな?」
「朝や昼休みも作ろう。ギリギリまで作業して、発表までに完成させればいいのよ」
「せっかくだから、レースやフリルも付けて可愛いの作ろう。部員も入ってこなきゃ意味がないんだから、少しでもアピールしないと」
確かに、あの味気ないエプロンをそのまま使うより、何かしらアレンジを加えた方が良いのかもしれない。
それからみんなで材料を買いに行くことになり、道すがら色々アイディアを練っていく。
考えてみれば、この時点では僕はまだ部員じゃないのだから手伝わなくても良かったのだけど、いつの間にかすっかり協力する気になっていた。
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