番外編

第25話 宮部さんから見た工藤君

 私、宮部恵の女子力は普通だ。自己評価ではあるけれど。

 家庭科部に所属しているにもかかわらず、この普通と言うのはいかがなものかと我ながら思うのだけれど、うちの学校の家庭科部では大した問題じゃない。今だって、春休みにわざわざ顔を出しているというのに、みんな部活そっちのけでお喋りに花を咲かせている。

 私のすぐ横では、同級生の田辺美穂と森永菫が、何やら難しい顔をして話し合っていた。


「どう思う?」

「うーん、たしかにそれは由々しき問題だ」


 一体何を話しているんだろう。二人がこんな真剣に話してしているのは、テスト前だって見た事が無い。そう思っていると、向こうから私に声をかけてきた。


「ねえ、恵は目玉焼きに何をかける?」

「は?」


 美穂は真顔でそんなことを聞いてきた。どんなことを話しているかと思ったら、目玉焼きって。

 いや、でも家庭科部なんだから料理に関する探究をしていると思えばおかしなことじゃない……はず。


「よく、目玉焼きには醤油とソースどっちをかけるかって言うじゃない。でも中には、塩やコショウやマヨネーズをかける人だっているでしょ。なのにこの言い方だと、醬油とソース以外なんてありえないってみたいじゃない?」

「うちでは絶対塩コショウなんだよ。なのにこれじゃ、どっちに陣営にも行けないよ。これは名称を醤油ソース論争じゃなくて、新しい名前を付けるべきだと思うの。でも、それならどんな名前が良いと思う?」


 どうでもいいと思う、二人とも真剣な顔でいったい何を話し合っているのだろう。


「そんなの、目玉焼きに何をかけるか論争で良いんじゃないの?」

「うーん、ちょっとインパクトが弱いな。長年続いていた醤油ソース論争に変わるものなんだから、もっと印象に残るものにしないと。目玉焼き群雄割拠論争なんてのはどう?」


 美穂のセンスは独特で、もはや何を争っているのかもよくわからない。


「ちなみに恵は目玉焼きには何をかけるの?」

「私は、ケチャップかな」

「ケチャップか。また新たな勢力が出てきたか。こりゃ探せば、お酢やチョコレートをかける人だって出てくるよ」


 いや、多分出てこないと思う。


「これは、いよいよ群雄割拠論争って名前が現実味を帯びてきた」


 帯びてきてないから。きっと、その名前が定着することは無いだろうな。

 一応部活動と言う名目で集まっているっていうのに、本当に下らない話しかしていない。でも悲しい事に、これが家庭科部のいつもの風景。私だって入りたての頃は、料理を作ったり裁縫を覚えたりしようとしていた。だけど今では、みんなと同じく大して変わらない話をするだけで終わっている。もはや家庭科部なんてのは名前だけで、お喋り部の方がしっくり来てるよ。


 あ、でもそんな家庭科部にも、軌道修正してくれそうな逸材が入ったんだ。期待の新星、工藤君だ。

 工藤君は男子であるにもかかわらず、女子力の塊のような子だ。前に私がケーを作るのを手伝ってもらったのがきっかけで話すようになり、今ではこうして家庭科部の一員になっている。

 現状の家庭科部に不満があるわけじゃ無いけど、工藤君なら何か新しい事をやってくれるんじゃないかと密かに期待している。


 そんな工藤君に目を向けると、彼は何やら熱心にスマホの画面を見ていた。


「何見てるの?」


 工藤君の事だから、クックパッドでも見ているのかな? そう思いながら声をかけたけど返事がない。


「工藤くーん」


 再び呼びかけると工藤君はようやく私の声に気付いたようだ。


「……あっ、ごめん宮部さん。何て言ったの?」

「熱心に見ていたから何かなって思って」


 そう言うと工藤君は持っていたスマホを私に見せた。そこに映っていたのは……


「甲子園中継?」


 そう言えば今は高校野球全国大会の真っ最中だっけ。野球部のないうちの学校では、夏ならまだしも春大会はあまり話題に上ることは無いから、ちょっと意外だ。


「工藤君、野球好きだったの?」

「これでも中学の頃は野球部だったからね」


 意外だ。工藤君は中学の頃から日夜料理や編み物をしながら女子力を磨いているものだと思っていた。


「それじゃ、中学の頃は野球しながら家の手伝いもしてたんだ」

「いや、手伝いなんてほとんどした事ないから」


 またまた謙遜して。工藤君はその高い女子力を誇るわけでもなく、ひけらかすような事もしない。けどみんな、ちゃんと分ってるよ。

 工藤君はまだ何か言いたげだったけど、スマホから歓声が聞こえた途端、すぐにそっちに意識を移した。


「えっ、このタイミングで二塁に牽制? しかもあんな綺麗に決まった!」

「何、どうしたの?」


 野球に詳しくない私には何の事だかわからないけど、工藤君は興奮気味に画面に食いついていた。


「一点を追う展開でツーアウト一、二塁でバッターは四番。長打が出れば逆転もある場面で、ピッチャーがノーサインで二塁ランナーを刺したんだよ。二塁はピッチャーの真後ろだからさしにくいし、守備もそれに合わせて動かなきゃいけないんだけど、投げる方もとる方もこれ以上ないくらいのピッタリの動きでランナーを刺したんだ」

「えっと、それって凄いの?」

「もしボールが逸れたり取り損なったりしたら、さらにピンチが広がるからね。こんな状況であれだけ見事な連携をするなんて。スキを見逃さずに投げた判断力にも驚くよ!」


 言っていることは半分もわからないけど、とにかく凄いプレーだったんだろうな。それにしても、スポーツでこんなに暑くなる工藤君と言うのも何だか新鮮だ。


「工藤君も男の子だったんだね」


 普段の女子力のイメージのせいですっかり忘れてた。すると工藤君はさっきまでの興奮はどこへやら、一転して静かになり、死んだ魚のような目になった。


「宮部さん、僕を一体何だと思ってたの」

「あ、ごめん」


 流石に失言だったかな。普段男の子って感じがあまりしなかったから、つい本音が出ちゃったよ。

 ともあれ工藤君が野球に夢中になっている以上、今日は家庭科部っぽい活動ができる見込みはないだろう。つまりいつも通りという事だ。

 私も特にやりたいことは無いから、他の人の輪に加わり、お喋りに花を咲かせることにした。


 料理も裁縫も全くやらない家庭科部。だけどこれが平常運転だ。

 そんな毎日に終わりが近づいているなんて、この時私は考えもしていなかった。

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