第24話 恋の結末
春休みに入ってすぐ、僕はまたも岡村サイクルを訪ねていた。今朝乗ったら、今度は後輪がパンクしていたのだ。
「もう、この自転車買い換えた方が良いのかな」
そう言いながら、僕はこの家の愛犬、モンブランと遊んでいた。
肝心の自転車の修理はと言うと、店主であるおじさんは出かけていて今は無理。そう思っていたら、店番をしていた勝彦があれこれ見てくれていた。
「先輩、これくらいならまだ使えますよ。パンクも大したこと無いみたいだし、俺が治しましょうか?」
「勝彦が? なら割引してくれる?」
さすがは自転車屋の息子だ、こういう時は頼りになる。ついでに値引きしてくれたのならさらに嬉しい。そう思った時だった。
「ギヤャャャァァァァァァァァァァァァスッ!」
この世のものとは思えない、すさまじい叫び声が聞こえてきた。
「モンブラン、少し見ない間に、随分と変わった鳴き声をするようになったね」
「先輩、モンブランは今ここで脅えています」
そうだった。さっきまで僕にワシャワシャとお腹を撫でられ、気持ちよさそうにしていたモンブラン。だけど今は、可哀そうにガタガタと震えている。
「という事はあの声は―――」
「春香です。だいたい分かってたでしょう」
うん、そんな気はしてたよ。でもどうしたんだろう、同窓会はもう終わったのかな?
「おかげ様で、服は本人も満足いってました。同窓会当日は笑顔で家を出ていきましたよ」
「それは良かった。で、あれはいったいどういうわけで?」
すると勝彦は、それはそれは大きなため息をついた。
「相手の男に彼女がいたんですよ。進学先の中学の子だそうです」
「うわぁ……」
それは、ご愁傷様。服とか以前の問題だったんだね。そんな心配一度もしていなかったから、てっきり彼女なんていないものだと思っていたよ。
「それを調べもせずに、あれだけ盛り上がれるのがアイツの凄い所です。俺も、最初聞いた時には驚きましたよ」
それにしても、失恋ってやっぱり辛いんだろうな。勝彦が話している間にも、奥からは春香ちゃんの声が聞こえてくる。
「ウォォォォォォォッ! グギャギャギャギャギャギャッ! ヒデブ―――――――――ッ!」
本当に大丈夫だろうか春香ちゃん。なんだか往年のアニメ『北○の拳』の雑魚キャラの断末魔のような声を上げている。
あ、モンブラン。店の外は道路だから、そっちに逃げたら危ないよ。気持ちはわかるけど。
「…………春香に会っていきます?」
「いや、今はそっとしといてあげよう」
春香ちゃんのためにも、自分のためにも。
でもどうしよう、家庭科部のみんなには何かわかったら報告してくれって言われてるんだけど。勝彦にもその事を言うと……
「ああ、もうジャンジャン言って、漫画のネタにでも何でもしてください。あんなに苦労かけたんだから構いませんよ」
勝彦はこう言うけど、一応落ち着いてから、春香ちゃんにも許可をもらった方が良いかな?
「シュババババババババァァァァァァァァッ#$%<>+*&‘=@¥!」
自転車が直るまでに落ち着いたら、ね。春香ちゃんの声が響くなか、僕は修理が終わるのを待つのだった。
「えぇーっ、春香ちゃんダメだったの」
家庭科室に、みんなの残念そうな声が響く。春香ちゃんが話しても良いと言ってくれたので、僕は事の顛末を伝えるため家庭科室を訪れていた。
昨日結果を報告したいとラインしたところ、直接話が聞きたいと言われ、今は春休みで部活は自主参加だというのに、家庭科部全員が集まってくれたんだ。
あの後春香ちゃんはびっくりするくらいすっきりした顔で現れた。なんでも沢山叫んだおかげで色々吹っ切れたらしい。ヨカッタ、ヨカッタ。
「でも、まさか彼女がいたなんてね」
「その事については本当にごめんなさい。春香ちゃんも迷惑かけてすみませんって言っていました」
今回の一件で本当に家庭科部にはお世話になった。こんな結末になってしまったことは申し訳ないけど、みんなはそれを気にする様子はなかった。
「良いって良いって。私達も楽しめたし」
「またみんなで服買いに行っても良いかもね」
そう言ってくれると、こっちも気が楽になる。
「私も行けば良かった」
「恋バナ聞きたい」
そう言ったのは当日参加できなかった二人だ。ホント、こういう話好きだな家庭科部は。
「そういえば角野先輩、この話は漫画のネタに使えそうですか?」
春香ちゃんも使っていいよと言ってくれたけど、果たして参考になるかどうか。
「任せて。これを基に恋する女の子と俺様系男子の話を描くから」
「あれって参考になったんですか?」
「恋する女の子を生で見たら、自然とインスピレーションが湧いてくるんだよ」
そういうものだろうか。とにかく、角野先輩の中では話がまとまったらしい。が、そこで白鳥先輩が異議を唱えた。
「えーっ。麻子、俺様系なんてやめて王子系にしなよ」
「まだそんなこと言ってるの。俺様系って言ったら俺様系!」
白鳥先輩と角野先輩が良い争いを始めた。買い物に行った時も同じこと言っていたけど、これってまだ続いてたの?
「お、第二次王子俺様論争の始まりだ。今度も負けないよ」
「今度もって何? 確かに前は人数では俺様の方が多かったけど、王子はまだ負けちゃいないよ」
田辺さんと宮部さんもそれに加わり、事情を知らない二人はポカンとしている。僕が簡単に事情を説明し、止めてくれるよう頼んだけれど………
「え? その二つなら断然王子様でしょ」
「何言ってるんですか。俺様系の方が良いですよ」
止めるどころか二人まで加わってしまった。丁度三対三に分かれて、それぞれの主張にも熱が入ってくる。
「誰にでも優しいって本当の優しさじゃないよ。一人だけをっていうのが良いんだよ」
「だから王子系はみんなに優しいだけじゃないんです。その中でもヒロインは特別っていうのが重要なんです!」
僕はしばらくの間事態を見守っていたけど、案の定矛先はこっちにも向けられた。
「工藤君はどっちが良いの? 今度は、どっちでも良いだなんて言わせないよ!」
「うーん、そうですね」
僕も、少しの間考えてみる。あれから角野先輩から少しは読んで勉強した方が良いと少女漫画をいくつも借りて読んだ結果、以前よりも両者に対する理解が深まっている。そんな僕が出した答えは……
「王子系かな」
「よしっ!」
その答えを聞いた瞬間、白鳥先輩がガッツポーズをし、王子様派の二人がハイタッチをかわした。反対に、俺様派からは不満の声が聞こえる。
「えぇーっ。何で?」
だって僕が読んだ漫画ではこの二人がヒロインを取りあったら、最終的に俺様系と結ばれるってパターンがほとんどだった。あんなにヒロインに優しく尽くしていたのに、これじゃ可哀そうじゃないか。
「これで四対三。王子系勝利―――っ」
白鳥先輩が勝ち誇りながらバンザイをした。だけど、話はそう簡単には終わらない。
「この間聞いたら、春香ちゃんも俺様派だったもん。だからこれで四対四!」
ああ、これはまだまだ終わりそうにないや。今日の家庭科部の活動は王子俺様論争で決まりのようだ。
それにしても、何で僕はこんなに少女漫画について語っているのだろう。僕の女子力はそんなに高くない。そのはずなのに、最近なんだか変な方向にスキルアップしている気がする。家事とかならともかく、こんなスキル本当に要らないのに。
そう思いながらも王子派の一員としてしっかり議論に参加してしまうのだった。
後日、角野先輩の描いた漫画が完成した。
その漫画は春香ちゃんをモデルにしたヒロインが、最後に好きな男の子と結ばれるところで終わる。角野先輩曰く、現実では実らなかった恋だったけど、せめて話の中だけでも幸せになってほしかったそうだ。
漫画賞に贈られたその作品がどんな評価を受けたのか。それはまた別の話だ。
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