最終章 家庭科部消滅⁉
第26話 新学期スタート
女子力が高い。僕、工藤透は周りからそんな評価を受けている。
本当は違うのだけど、何だか最近その誤解が加速している気がする。あれは春休み前の大掃除の時だった。
どこの学校でもそうかもしれないけど、終業式の日は授業の無い代わりに、一時間くらいかけて大掃除をする。この日僕が割り当てられたのは体育教官室だった。
体育教官室、要は体育の先生がいる部屋だ。体育の先生と言うのはなんだか怖いイメージがあるけど、それはウチの学校も例外じゃない。中でも鬼島先生は、そのいかにもな名前の通り、怒るとめちゃめちゃ怖いことで有名だ。体育教官室の掃除は、そんな鬼島先生監視の下行われている。
とはいえ、恐れを知らないというのが若者の特権だ。みんなこっそり手を抜いたり、先生が見ていない隙を狙ってお喋りをしたりしている。
僕はどうかって? 小心者なんで、そんな危ないことはできないよ。ほら、今だって、早速鬼島先生の雷が落ちている。
どうせ一時間は自由になれないんだ。それならまだ掃除していた方が暇つぶしにもなるさ。
そんな訳で、僕は普通に掃除をしていたのだけど、あくまで『普通に』であって『特別綺麗に』というわけではない。それでも、周りとの落差だろうか。
「工藤はいつも丁寧に掃除しているな」
怒ると怖い鬼島先生も、何も常に怒り狂っているわけではなく、僕には笑ってそう言ってくれた。とても、さっきまで騒いでいた生徒達を鬼のような形相で怒っていたとはちょっと思えない。この二面性が逆に怖いと言う人だっているくらいだ。
「いえ、そんなこと無いですよ」
単に小心者なだけです。だけど鬼島先生はそうは思わなかったようだ。
「いつも熱心に掃除していて。きっと工藤の部屋はさぞかし綺麗なんだろうな」
「いえいえ、散らかってますよ」
僕の家事力や女子力は、どうやら先生にまで誤解されているようだ。評価されるのは良い事だけど、そこに実がないのだから少々心苦しい。これで体育の成績が良くなるわけじゃないしな。
そんな事を思い出したのは、春休み最後の日、自室のベッドに寝転がっていた時だった。
明日からまた学校か。そう思っていると、不意に部屋の扉が開いて、母親が顔を覗かせる。
「透、少しは部屋の掃除くらいしなさい」
「あとでやるよ」
「そんなこと言って、春休みも今日で終わりでしょ。今すぐやりなさい」
言いたいことを言って、母さんは部屋を出て行った。まあ確かに、散らかってるからなこの部屋。僕が綺麗好きなんて、いったい誰が言い出したんだろう。
「仕方ない、やるか」
ベッドから起き上がり、掃除を始める。学校で掃除するのは授業の代わりと思えば苦にならないけど、自分の部屋となるとどうしてやる気がでないのだろう。のろのろと片付けをしていると、机に置いてあるスマホが鳴った。
見ると家庭科部御用達のSNSにメッセージがあった。差出人は白鳥先輩になっている。
(何の用だろう?)
春休みにあった家庭科部の大きな活動といえば、春香ちゃんの同窓会の結果報告くらい。一応それ以外にも一、二度顔を出したけど、いずれもろくな活動をせずに終わっていた。だけど明日から新学期だし、何かあるのかな?
不思議に思ってSNSを見ると、そこには短くこう記されていた。
『明日の放課後、全員家庭科室に全員集合』
急にどうしたんだろう。少なくとも僕が知る限りでは、こんな風に招集をかけたことなんて一度もなかった。何があるのか聞こうかとも思ったけど、どうせ明日になれば分かるんだ。今は掃除を続けよう。
僕は掃除を再開し、春休み最後の日はのんびりと過ぎていった。
そして翌日。新学期を迎えたその日、僕は朝のチャイムが鳴る少し前に学校に着いた。
他の学期始めとは違って、四月は様々な変化がある。学年も一つ上がるし、それに伴いクラスも新しくなる。
廊下の掲示板には新しいクラスの振り分け表が貼り出されていて、女子生徒が何人もその周りに集まっては、自分のクラスがどこか確認している。だけど僕はと言うと、それを見ることもなく素通りして、真っ直ぐに二年の教室に向かう。
何故僕がクラス表を見なかったのかというと、それにはこの学校の男女比に原因がある。男子が2割もいない我が校では、男子は少ないのだから一まとめにしてしまえと考えていて、同じ課に所属している男子生徒は三年間全員同じクラスのまま。一年の頃四組だった僕は、自動的に二年四組に上がると言うわけだ。
そんな、男子が固められたクラスだけど、それでもクラス全体が四十人の中、男子は僅か十人しかいない。ちなみに隣の三組は、四十人全員が女子だ。
「よう工藤、また同じクラスだな」
教室に入るなり、前も同じクラスだった友人からそう声をかけられた。いや、そんなうれしそうに言われても……
「そりゃあそうだろ。男はクラス替えがないんだから」
「新学期ごっこだよ。新鮮味がなくてつまんねーもん」
暇なことするね。でも確かに、新鮮味がないというのは同感だ。
「女子相手にだったらできるんじゃない?女子はちゃんとクラス変えあるから」
「いや、女子相手には声をかけにくい」
女子が多いからと言って、誰彼構わず仲良くできる訳じゃない。そう思っている間にも、彼は次の男子に同じように声をかけ始めた。
「お前、同じクラスになれたんだな!」
「男子はクラス替えなんてねえだろ」
「いや、お前は絶対留年してると思ってた」
「するか! 補習で何とかなったわッ!」
おや、どうやら今度は理由が違ったみたいだ。
叫んでいる男子の成績を思い出すと、確かに進級ギリギリだったかも。失礼ながら、彼がいるという事は四組の男子は全員無事二年に上がることができたのだろう。ただでさえ男子が少ないのだから、一人も欠けることが無くて何よりだ。
その後僕は何人かに挨拶をしながら、自分の席を確認して腰を下ろした。教科書を机の中にしまっていると、誰かに肩を叩かれた。
「おはよう、工藤君。また同じクラスだね」
振り返ると、そこにいたのは宮部さん。彼女とはまた同じクラスになったようだ。
「おはよう、また一年間よろしく」
「うん。ところで工藤君も昨日のSNS見たよね」
「ああ、放課後集合ってやつ?」
「部長があんな風にみんなを集めるなんて今までなかったから何だろうと思って。工藤君は何か聞いてる?」
宮部さんが知らないのに僕が知るわけがない。それにしても、招集をかけることすらなかったなんて、本当に活動していないんだな家庭科部。
「まあ家庭科部の集まりなら大したこと無いんじゃないの?」
「それもそうね」
宮部さんも苦笑しながら肯定した。こんなんじゃ、いつか本当に廃部になっちゃうんじゃないだろうか?
そんな話をしているうちに始業のチャイムが鳴り、宮部さんは自分の席に戻っていく。
僕の新しい一年は、こうしてスタートしたのだった。
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