第18話 悩める女の子
「なあ勝彦、何か聞こえなかった?」
「あれですか。気にしないで下さい」
勝彦が面倒そうな顔で答える。気にするなって言われても気になるけど、そんな僕をよそに、勝彦は全く別の話題をふってきた。
「それより、錦商業には野球部ありませんよね。先輩は何部に入ってるんですか?」
「どこにも入ってないよ。一応入学した時にいくつか見て回ったけど、特にやりたいこともなかったからね」
最近は家庭科部にたまに顔を出しているけど、まだ正式入ったわけじゃなく、相変わらず僕は帰宅部のままだ。
「俺もやりたいことなんてないし、帰宅部になるかな」
「入ってすぐ部活動紹介があると思うから、参考にするといいよ」
「でも、先輩はどこを見ても結局入らなかったんですよね」
「まあね」
そう答えた時だった。
「ア―――――ッ! グアァァァァァァァァァァァッ! ウワワワワァ―――――――ッ!」
今度はさっきよりずっと大きな音。いや、叫び声が聞こえた。勝彦には悪いけど、これは気にするなって言われても無理だ。
いったい何なんだあの声は。そういえば、この家では犬を飼っていたっけ。柴犬で、名前はモンブランだったかな。なんだか犬の鳴き声っぽくは無かった気もするけど、怪獣を飼い始めたって話も聞かないし、きっとそれに違いない。
「勝彦、モンブランは元気そうだね」
「いえ、あれはモンブランじゃないです。あいつは今、庭でお昼寝中です」
「モンブランじゃないならいったい何なの?」
改めて尋ねると、勝彦も諦めたようにため息をつきながら言った。
「あれは
「ああ、春香ちゃんか」
勝彦には一つ年下の妹、春香ちゃんがいて、僕とも顔馴染みだ。彼女は昔から元気すぎる気はあるけど、それにしたってあんな風に奇声を発するような子じゃなかったと思う。
「春奈ちゃん、今度は確か、中学二年生になるんだっけ。思春期って色々あるよね」
フォローのつもりでそう言ったけど、勝彦は疲れたような顔で首をふった。
「先輩、思春期のやつが全員あんな風に叫んでいたら騒音問題になりますよ。アイツが特別なんです」
「……だよね」
そう話している間にも、「グエーッ」だの、「フオーッ」だのといった鳴き声だか叫び声だか分からないものが聞こえてくる。
「とりあえず黙らせてくるんで、ちょっと待ってて下さい」
そう言って勝彦は部屋を出ていく。当然僕からその姿は見えなくなるけど、向かった春香ちゃんの部屋はここのすぐ隣だ。耳を澄まさなくても、自然と兄妹の会話が聞こえてくる。
「おい春香、少しは静かに……」
「五月蠅い!」
「今は透先輩が……」
「黙れ! 役立たずのバカ兄貴ッ!」
いや、会話にもなっていないかも。何やら暴れるような物音も聞こえてくるし、このままでは勝彦が心配だ。春香ちゃん、一度暴れだすと手がつけられないからなあ。
恐る恐る、僕は様子を見に行くことにした。
「勝彦、大丈夫――っ⁉」
開けっ放しになっていた春香ちゃんの部屋のドアから顔を出すと、飛んできたクッションが顔を直撃した。
「あっ、すみません!」
勝彦が謝ってくるけど、どうやらそれを投げたのは春香ちゃんのようだ。そんな春香ちゃんは、僕がいるとは思っていなかったのか、驚いて目を丸くしていた。
「ちょっとアニキ、透先輩が来てるならそう言ってよ!」
「言っただろ! 春香が聞いてないだけだ!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
今にも喧嘩を始めそうな二人を見て、何とか宥めようとする。幸い、さすがに二人とも僕の目の前で暴れる気はないらしく、少しは落ち着きを取り戻したようだ。
「春香ちゃん、久しぶり」
「透先輩、来てたんですね。お久しぶりです」
改めて挨拶をすると、クッションをぶつけたのを気にしてか、春香ちゃんがバツの悪そうな顔をするも、それでも挨拶を返してくる。
「お邪魔してるよ。それにしても何の騒ぎ?」
よく見ると、部屋の中にはいくつもの服が無秩序に散乱している。まるで腕の悪い泥棒に荒らされた後のようだ。それを見て、再び春香ちゃんの顔色が変わった。
「ギャーっ! ちょっと待って、片付けるんで少し出て行って下さい!」
女の子としては、散らかっている自分の部屋を見られるのが恥ずかしいのだろう。言われた通り、僕は勝彦と一緒にいったん部屋の外に出る。そして戸を閉めた所で勝彦が言った。
「アイツ、この前から服選びに悩んでるんですよ」
「服選び?」
意味が分からず首をかしげると、勝彦はもう少し詳しく説明してくれた。
「春休みにアイツの小学校の頃の同級生で集まるそうなんです。で、その時別の中学に行ったっていう好きだった奴も来るらしくて、どんな服を着ていくかで迷ってるんですよ」
そうか。女の子にとってオシャレは大事って言うけど、春香ちゃんは、服選びで迷うとあんなふうに奇声を発するのか。
「同窓会みたいなものか。でも春休みって、まだ一週間も先だよ」
「早めに動かなきゃいけないって言ってるんですよ。夏休みの宿題は、いつも後半に残してるって言うのに」
勝彦がそこまで言った時、勢いよくドアが開いて出てきた春香ちゃんが勝彦をぶん殴った。
「なに勝手に喋ってんの!」
どうやら怒っているようだ。春香ちゃんとしては、勝手に喋られた事が面白くないようだ。
「ごめん、僕も聞いちゃった」
「はぁ、もう良いです。ただこうなった以上、先輩も協力してくれませんか」
「えっ?」
協力って言っても、いったい何をすれば良いんだろう。
とりあえず、春香ちゃんが入って良いと言ってくれたので、僕達は改めて彼女の部屋の戸をくぐった。
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