第19話 目指すは男受け?


 再び通された春香ちゃんの部屋には、さっきまで散乱していた服はなくなっていたけど、不自然にベッドが膨らんでいるのが見えた。たぶん、あの中に隠しただけなんだろうな。

 だけどそれを言ったら、また春香ちゃんが暴れそうだから黙っておこう。そして今しなきゃいけないのは、その春香ちゃんの話を聞くことだ。


「それで、先輩に相談なんですけど、もちろん聞いてくれますよね?」

「うん、まあ……」


 なんだか面倒な予感がするけれど、ここで嫌だと断ったらもっと面倒な事になるだろう。とはいえ、力になれるかどうかはまた別の話だ。


「えっと、勝彦から聞いた話だと、同窓会に着ていく服が決まらずに悩んでるんだよね。だけどそれって女の子の服でしょ。僕に聞いたってしょうがないんじゃないかな?」

「甘いです!」


 僕の意見をキッパリと否定した春香ちゃんは、なぜか胸を張って言う。


「例えば先輩、お団子ヘアをどう思います?」

「お団子ヘア? 確か頭の上に髪を丸めて、玉葱みたいにするやつだっけ」

「ほら、それです!」


 今度は、ちょっと怒ったような声が飛ぶ。何かまずいことでも言ったかな?


「私達女子は、お団子を可愛いと思ってやっているんです。だけど先輩、それをあろうことか玉葱って何ですか。絶対可愛いなんて思ってないですよね! 実際、男受けはあまり良くないって本にも書いてありました!」


 うーん、別に嫌いと言う訳じゃないけど、確かに特別可愛いとは思わないかな。あっ、なるほど。春香ちゃんの言いたいことが何となくわかってきた気がする。


「わたしが求めるのは、女の子が可愛いと思うコーディじゃなく男受けの良いコーデです。だから恥を忍んでこの前兄貴にも相談したのに。なのに、このバカ兄貴は何て言ったと思います?」

「おれはただ、どれでもいいって言っただけだ。というか、どうでもいいってのが本音だ」

「これですよッ!」


 疲れた顔をする勝彦と、それを怨みのこもった目で見る春香ちゃん。きっと、今日まで似たような喧嘩をしてきたんだろうな。


「何が悲しくて妹の勝負服選びに一時間も付き合わされなきゃいけねーんだよ。しかも俺が何か言うたびに、これは違うとかセンスがないとか言ってきて、全然終わる気配がないだろうが!」


 春香ちゃんには悪いけど、それは勝彦に同情するな。僕だって女の子のコーデを考えろと言われても無理だ。それに……


「その子とは初対面ってわけでもないなら、少しくらい服に差があったって、そこまで大きく印象なんて変わらないんじゃないかな」


 僕はそう言ったけど、春香ちゃんは納得しない。


「だってその子、平気で女子の服をダサいとか言ってからかうような子なんですよ。下手な服着て行けませんよ」

「いや、まず何でそんな子を好きになったの?」

「えっと、それは……小学生の頃、そいつを見返してやろうと思って、気合いの入った服着て行ったんです」


 途端に顔を赤らめながらモジモジしだす春香ちゃん。まあ、内容が内容だから、恥ずかしがるのも無理はない。


「それで、可愛いとか言われて好きになったの?」

「いえ、その時は色々あって大爆笑されました」

「ほんと、なんで好きになったのさ?」


 今までの話では、その相手を好きになる要素が一個も見つからないんだけど。


「だけど、面白いやつだって言われたんです。それがきっかけになって、だんだんと話すようになって、そしらら、口が悪いだけで根はいいやつじゃないかって思えてきたんです」


 顔をますます赤くしながら話す春香ちゃん。なるほど、仲良くなったきっかけが服なら、少しくらいこだわっても仕方がないか。


「良いところも沢山あるんですよ。体育祭の時頑張れって応援してくれたり、先生に頼まれた仕事を手伝ってくれたり、駄菓子屋でお菓子奢ってくれたり、喉が渇いた時はジュースを貰ったり、夏の暑い日はアイスを……」

「ああ、その辺のくだりは良いから」


 なんだか長くなりそうだし、後半はほとんど飲み食いの話になってるよね。要は、餌付けされたって事でいいのかな。

 とにかく春香ちゃんがこの調子だと、いくら服なんてどれでもいいって言っても聞きそうにない。一度思い込んだらなかなか動かない子だからな。

 とは言え、女の子の服となるとやっぱり僕には難題だ。 


「ねえ、やっぱり僕たちじゃなくて、女友達にでも相談した方が良いんじゃない? その後でだったら、僕も男受けが良いか悪いかの判断くらいはやるから」

 男受けするかどうかはともかく、基本的なファッションの話なら、女の子同士の方が絶対よさそうだ。僕の出番は、その後でもいいだろう。そう思ったけど、それでも春香ちゃんは浮かない顔だ。


「でもうなると、友達に好きな人がいるって相談しなきゃいけないってですよね。恥ずかしくてできませんよ」

「いや、でも僕には話せたじゃないか」

「だって先輩は、彼がどんな人なのかも知らないじゃないですか。それくらい離れているなら遠慮なしに相談できますけど、私の女友達はみんな彼の事を知ってますから。相談するには距離が近すぎるんです」

「そういうものなんだ」


 何となく、女子同士だと好きな人の相談なんかもし易いイメージがあったけど、皆が皆そういうわけじゃなさそうだ。


 だけど、それじゃどうしよう。今までの話を聞くと、相談相手は春香ちゃんとはある程度距離があって、それでいてきちんとアドバイスができるような人って事になる。そんな都合のいい人なんて、そうそういないだろうな。

 そう思っていたら、そこで春香ちゃんが、気が付いたように言った。


「そう言えば、先輩は今錦商業に通ってるんですよね。あそこなら女子が多いですし、誰かこういう時頼りになりそうな人、いませんか?」

「頼りになる人ねえ」


 と言われても、そもそも僕が連絡先を知っている女子となると限られてくる。時々、他校の人から女子が多くて羨ましいって言われるけど、女子が多いからってそこまで話せるわけじゃないんだよ。

 とは言え最近はほんの少しだけ、女子との繫がりも増えてきた。


「連絡が取れるのと言えば、家庭科部のみんなか」


 何度か顔を出しているうちに、家庭科部の人達とはラインを教え合ってはいた。ただ問題は、はたして彼女達にこれを相談していいものかどうかだ。

 だけど僕がそう口に出した瞬間、途端に春香ちゃんが喰いついてきた。


「えっ、家庭科部なんて女子力高そうじゃないですか! 先輩、そんな知り合いいるんですか?」

「まあ、いるにはいるけど」


 だけど、急にこんな事相談しても大丈夫かな? それに、春香ちゃんは女子力が高そうなんて言ってるけど、失礼ながらそれは偏見と言うものだ。家庭科部って言ったって、ほとんどまともに活動なんてしていないのだから。


 とはいえ、今回求めるものはファッション。これなら少なくとも、料理や裁縫よりは力になってくれるかもしれない。何より、こっちを見つめる春香ちゃんからの圧力が凄かった。


「ちょっと待って。連絡してみる」


 試しに家庭科のみんなが使っているSNSを開いて、女の子の服を見たててほしいという内容を載せてみる。皆協力してくれると良いけど。

 一方その様子を、勝彦は不思議そうに眺めていた。


「先輩、家庭科部に知り合い多いんですか?」

「話せば長くなるんだよ」


 彼にしてみれば僕と家庭科部が結びつかないのだろう。別に話してもいいんだけど、詳しく説明すると面倒そうだから今は省略しておこう。

 それから少しの間まっていると、やがて他の人からの書き込みが表示される。


『女の子の服って……工藤君、女装でもするの?』

『しません。男子が喜びそうなファッションについて、知り合いの女の子に頼まれているんです』

『なるほど、そう言うことか。服選びなら手伝うよ』

『どんな服持ってるの? 写真撮って載せてよ』


 そこまで読んだところで、一度春香ちゃんにラインを見せてみる。


「服を写真に撮ってくれってあるけど、どうする?」

「あ、ちょっと待って下さい」


 そう言って春香ちゃんは、ベッドの掛け布団をはいだ。あ、やっぱりさっき散らかっていた服はここに押し込んでいたんだね。

 準備ができるまでは外にいた方が良さそうだ。僕は勝彦と一緒に部屋を出た。何だかさっきから、この部屋に出たり入ったりを繰り返している気がする。


「すみませんね。こんな馬鹿らしいことに付き合わせてしまって」

「いいよ。最近馬鹿らしいことには慣れてきたから」


 主に家庭科部のおかげでね。でも今回はその家庭科部のお世話になりそうだから、何が幸いするか分からないな。

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