第17話 後輩、岡村勝彦


 家庭科部で漫画談義をした翌日の土曜日。僕は近所にある自転車屋、『岡村サイクル』に来ていた。

 原因は、愛用の自転車のパンク。近場に遊びに行こうとしたところで気付いて、急遽修理にやって来たと言うわけだ。


 中学の頃自転車通学だった僕は、パンクする度に何度もここに足を運んでいた。そのため、今ではすっかりご主人であるおじさんとも顔見知りだ。


「ごめん下さーい」


 店の戸を開いたけど、カウンターには誰もいない。とは言えここは家族経営の店なので従業員も少なく、こういう事も珍しくない。こんな時は、大抵店の奥にいるのだ。


「ごめん下さーい」


 もう一度、今度はもう少し大きな声で呼びかけると、思った通り、店の奥からご主人が顔を出す。


「あれ、透君。久しぶりじゃないか。今日はどうした?」

「すみません、前輪がパンクしたので、見てもらえますか」

「今他のを修理してるから、ちょっと時間かかるかもしれないよ」


 おじさんはそう言うけど、特に急ぐ用事もないから別に構わない。自転車を預けて後でまた来ようなと思ったその時、奥からもう一人、見知った顔が現れた。


「あれ、透先輩?」

「おお勝彦、久しぶり」


 この店で顔見知りなのは、おじさんだけじゃない。むしろ親しさで言えば、彼の方がずっと上だろう。彼の名は岡村勝彦おかむらかつひこ。この家の子供で、歳は僕より一つ下。中学校時代、学校及び所属していた野球部の後輩でもあった。


「中学の卒業式、それに合格発表はもう終わったよね」

「はい、ばっちり合格です。春からまたお世話になります」


 この春から、勝彦は僕の通う錦商業に入ってくる。家から一番近いと言う、これまた僕と同じ理由で進路を決めたクチだ。

 動機はどうあれ、仲が良い後輩が入ってくるのは素直に嬉しい。


「透君、よかったら上がって行きなよ。修理するのに時間かかりそうだし」


 おじさんがそう進めてくる。帰っても暇だし、それも良いな。


「勝彦はいい?」

「ええ、どうせ暇でしたし。上がってください」


 そう言われて、僕は店の奥へと入って行く。この家は自転車屋である岡村サイクルと、勝彦たちの居住部分がくっついたような構造をしていて、勝彦の部屋は居住部分の二階にある。思えば、勝彦の部屋に入るのも久しぶりだ。


「ちょっと散らかってますけど」


 本人の言う通り、その部屋は少し散らかっていたけど、まあ男の部屋なんてだいたいがこんなものだ。僕の部屋だって大して変りない。壁を見ると、まだ中学の制服が掛けられていた。


「中学の制服か。懐かしいなあ」

「先輩だって、一年前までは通ってたじゃないですか」

「いや、一年は長いよ」


 思えばこの一年、いろいろなことがあった。女子力が高いと言われたり、女子力が高いと誤解されたり、女子力が高いと噂になったり……中学まではそんな事は無かったのに。

 去年はうちの中学から錦商業に行った人はそんなに多くなかったから、そんな環境も噂な広まった理由の一つじゃないかと思っている。


「先輩、なんだか疲れた顔してますよ。何かあったんですか?」

「……なあ勝彦、僕って女子力高いように見える?」

「先輩が女子力?」


 遠い目をしたまま尋ねると、彼は変な顔をした。いきなりこんな事を聞かれたんだ。当然の反応だろう。


「まあ、確かに野球部の中ではロッカーは片付いていましたし、ユニフォームもまめに洗っていたと思いますけど、それにしたって……」


 難しい顔をしているけど、そりゃそうだよね。ちなみにユニフォームをよく洗っていたのは、僕の意思というよりキレイ好きの祖母が許さなかっただけだ。


「何があったんですか?」

「また今度話すよ」


 詳しく説明するのも面倒。だけど、勝彦のように、本当の僕を分かってくれるやつがうちの学校に入ってくるのは良い事だ。これをきっかけに、少しでも噂が収束してくれればいいんだけど。


 そんな、祈りにも似た事を想っていたその時だった。突如、部屋の壁の向こうから唸るような声が聞こえてきたのは。


「アァ――――ッ!」


 …………何、今の?

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