第16話 胸キュンシチュエーション

「寂しいわね。せっかく花の女子高生がこんなに揃ってるのに、一人も恋してないなんて」

「自分だってそうじゃん。しかたないよ。だいたいうちは女子高だから、出会いなんてないよ」

「だよねぇ。ああ、共学に行けば良かったー」


 うちの学校は女子高。それは、我が錦商業高校を語る際、女子の比率が高いことから、時々囁かれるネタではあった。だけど僕は、数少ない男子として断固反論する。


「女子高じゃないから! 男子もちゃんと二割いるからっ! ここにいるからっ!」


 正確には二割弱だけど、それでもちゃんと男子はいる。僕自身は別に恋愛対象として見られたいとかは思わないけど、それと女子高扱いされて平気かどうかは別問題だ。


「ごめんごめん。まあ冗談はさておき。そんそれじゃ男子の意見も聞きたいな。工藤君は、何か憧れの胸キュンシチュエーションとかない? 参考になるかもしれないから」

「えっ?」


 さっきまでとは一転し、急に声の勢いが弱まる。憧れの胸キュンシチュエーションって、言うの? この状況で?

 気が付けば、みんな僕がどんな答えを言うか見守っていてかなり恥ずかしい。下手なことを言うと、笑われるかドン引きされるかのどっちかだ。


 だけど、胸キュンシチュエーションなんて僕は知らない僕にとって、それは無茶ぶりもいいとこだ。それでも、何か言わなければこの場は収まりそうにない。そう思って僕が出した答えは……


「か、壁ドンとか?」


 ……………………


 すべった。みんな何も言わないけれど、誰もが期待外れとい顔に書いてある。確かに流行りはしたけれどそれも結構前の事だし、テンプレすぎて参考も何もないだろう。


「私は、壁ドンよりは頭ポンのほうがいいかな」

「私は後ろハグ。あっ、相耳やねじポケもいいな」


 僕の答えにがっかりしたみんなは、口々にそれぞれの理想のシチュエーションを語り始める。

 だけど頭ポンくらいなら何とかわかるけど、後半は何なのかまるで想像がつかない。後で聞いてみると、相耳は一つのイヤホンを二人で使うこと、ねじポケは彼氏のコートなどのポケットに手をねじ込む事だそうだ。


それにしても、女子がそれぞれ思い思いの胸キュンを語る中、男一人というのは正直居づらい。


 けど後から思うと、それはまだマシだったかもしれない。何を思ったのか、角野先輩がペンをとった事から、事態は次の段階に移動した。


「よし、とりあえず構図の参考にしたいから、誰か頭ポンでもやって見せて」

「え、プロットは良いんですか?」

「とりあえずそっちは行き詰ってるから、気分転換に絵を描いてみる。そうやっているうちに、いいアイディアが浮かぶかもしれないからね」


 まあ、気分転換は大事だよね。僕はそう他人事のように思っていたけれど、その時角野先輩の目が僕を捉えた。


「というわけで、工藤君やってみて」

「僕がっ?」

「だって、男子は工藤君しかいないじゃない」


 たしかにそうだ。女の子同士でやるよりは、一人は男の方が良いだろう。それにしたって、皆の前で頭ポンって、それはかなり恥ずかしいんじゃないだろうか。


「じゃあと一人は……宮部さん!」

「了解」


 一方次に指名された宮部さんには、一切何の躊躇も見られなかった。そういえば、ケーキ作りの時も気軽に家に呼んだし、僕を男として意識していないんじゃないだろうか。何だか悲しい。

 こうして僕と宮部さんは頭ポンを実演することになったのだけど……


「あの、これおかしくないですか?」

「ばっちりだよ。ちょっとそのまま動かないでね」


 意気揚々とペンを走らせる角野さん。だけどやっぱりおかしい。今僕の頭の上には、宮部さんの手が置かれている。つまり、僕は頭ポンをされる側になっている。


「これって、普通男が手を乗せる側じゃないんですか?」

「細かいこと気にしない」

「この体制、結構きついんですけど」


 宮部さんより僕のほうが身長があるため、高さを合わせようと中腰になるしかない。デッサンが終わるまで、ずっとこの状態のまま動けないのは辛い。対する宮部さんは、ただ手を置くだけなのでまだまだ余裕だ。


「工藤君、髪サラサラだね。シャンプー何使ってるの?」


 こんなことまで聞いてくる。ちなみに僕の使っているシャンプーは、家族共通の、英語で書かれた何かだ。

 足がプルプルと震えてきたころ、ようやく角野先輩から動いていいと指示があった。


「やっと終わった」


 完成した絵を見るのは少しドキドキする。何せ自分がモデルになっているんだ。先に絵を見たみんなは口々に上手だと褒めている。僕も絵を覗きこんでみた。


「……あの、これ誰ですか?」


 確かに絵は上手いけど、そこに描かれていたのは、僕とも宮部さんとも似ていない二人だった。


「だって、参考にしたのはあくまで構図だもん。顔は私のオリジナル」


 そういえばそうだな。それによく考えたら、自分が頭ポンされている絵なんて描かれても恥ずかしいだけだし、これで良かったんだ。僕はそう思ったけど、なんだか宮部さんが不満げだ。似せてほしかったのかなあ。


「これ、服が淡泊じゃないですか?」


 宮部さんが言ったのは、思っていたものとは違っていた。言われてみれば、絵の中の二人の服装は学校の制服でなく私服っぽかったけど、どこか地味な感じがした。


「だって、元々服を考えるのは苦手なんだよね。資料があれば何とかなるんだけど」


 なるほど。服を描く技術はあっても、どんな服を着せるかはまた別のセンスが問われるという事か。けど確かに宮部さんの言う通り、せっかく描くなら良い服を着せてほしいだろう。


「だったら、これ読んで勉強しましょうよ」


 そう言って宮部さんは、さっきまで呼んでいたファッション雑誌を持ってきた。


「ちなみに私が好きなのはこの組み合わせです。どうせなら、こんなのを描いてほしいです」

「おおっ、確かにこれ可愛い。これ、ちょっと借りていい?」

「どうぞ。思い切り可愛く書いてくださいね」


 これでひとまず服装問題は解決したみたい。だけど、恋愛観に服のデザインと、漫画を描くのって単に絵が上手いだけじゃダメなんだな。角野さんが越えなきゃいけないハードルは、まだまだ沢山ありそうだ。


「それにしても、やっぱり生の恋愛の話が聞けないのは辛いわ。ねえ、誰か知り合いに恋愛経験のある人がいたら教えて。参考にしたいから」


 みんなに向かってそう言っていたけど、望み薄そうだな。


 そんなことを話ながら、今日も家庭科部は一日を終えるのだった。相変わらず、家庭科部っぽいことは何一つやってないな。

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