第12話 白鳥先輩の襲撃
家庭科部の面々とのやり取りから数日。元々家庭科部でも無い僕は、あれ以来家庭科室に近づくことさえもなかった。
一度、宮部さんからアロマが完成したと聞いたけど、その頃にはすでに他人事みたいになっていて、この一件自体をほとんど忘れていた。
来週には藤村先生が産休に入る。今日あったホームルームでそう聞いて、久しぶりに思い出したくらいだ。
だけど家庭科部は、正確には家庭科部のある人は、決して僕のことを忘れていなかった。放課後、帰る準備をしていると、それは突然現れた。
「女子力くんいる―――っ!」
何の前触れもなく、突如クラス中に響き渡る声。大声で叫びながらズカズカと入ってくるその人に、誰もが注目した。
(あっ、あれは白鳥先輩)
声の主は、家庭科部部長である白鳥撫子先輩その人だ。先輩は誰かを探すように、何度も教室中をキョロキョロと見渡している。
もしかして、同じ家庭科部の宮部さんや田辺さんを探しているのかな。だけどそれだと、さっき言っていた『女子力くん』と言う言葉とは噛み合わない。何だか、嫌な予感がする。
そう思っていると、そんな白鳥先輩とバッチリ目が合った。
「あっ、いた!」
その瞬間、先輩がこっちに向かって一直線走ってきた。嫌な予感がさらに増大した僕は、とっさに逃げようとして床を蹴る。だけど、全ては遅かった。
ドン!
横へとかわそうとした僕の行く手を塞ぐように、そこにあった壁に先輩の手が付き立てられる。
この体勢はアレだ。所謂壁ドンって奴だ。ただし全くキュンとは来なくて、むしろ怖い。そんな僕の心境なんてお構いなしに、白鳥先輩は必死の形相で言ってきた。
「女子力くん、お願い、助けて!」
「先輩、落ち着いてください。っていうか女子力くんって何?」
「細かいことは良いから助けて」
いやいや、僕にとっては全然細かくないから。しかもそんな大声で言ったせいで、それを聞いた何人かがこっちを見て笑ってる。助けてほしいのはこっちの方だよ。
そんな僕の願いが通じたのか、その時僕達の元に駆け寄ってくる人物がいた。宮部さんだ。
「部長、さてはまだクッション完成してませんね!」
その言葉に、白鳥先輩はぎくりとしたように目をそらした。えっ、完成してないって、もう藤村先生の産休まで日がないよ。
「先輩。前に聞いたら、時間はたっぷりあるから大丈夫って言ってましたよね」
僕も、そう言ってジトリとした眼で先輩を見る。あの時大丈夫かなと不安に思ったけど、どうやらその予感は正しかったみたいだ。できればハズレてほしかったよ。
「だって、あまりにも時間があるとつい遊びたくなっちゃうじゃない。みんなだって遊んでたんだよ」
「遊んではいましたけど、みんなはその合間にちゃんと作ってはいました。現に先輩以外は全員完成させてます」
「裏切り者~」
言い訳する先輩を、宮部さんがバッサリと切り捨てた。
涙目になる先輩だけど、正直全く同情できない。
こういうの、どこかで見たことあるような気がするな。そうだ、夏休み終了間際の子供とお母さんだ。宿題が終わらないって言って泣きつくあれだ。
なんだか、見ていてだんだん面倒臭くなってきた。
「ねえ、僕もう帰っていい?」
「待って、見捨てないで!」
これ以上関わりたくなかったけど、帰ろうとする僕を先輩が掴んで放さない。この状況で、今更僕にどうしろと言うんだ。
「私の代わりに作って!」
「部長、いい加減にしなさい!」
とうとう我慢できなくなったのか、宮部さんの手が白鳥先輩の頭に振り下ろされた。痛がる白鳥先輩だけど、自業自得だ。
「部長は諦めて現金でも渡して下さい」
「そんな! みんなが手作りの物渡してるのに、私だけ現金だなんて神経疑われるよ」
「大丈夫ですよ。先生だって部長なら仕方ないかって思ってくれます」
「僕もそう思います。いいじゃないですか、もともと現金渡すって言ってたんですから」
「女子力くんまで!」
だから、その呼び方やめて下さい。それにいくら頼られても、本当は女子力のない僕にクッション作りだなんて……いや待てよ、この人と比べればまだ僕の方がマシに思える。と言うか、この人より女子力が低いと言われればさすがにショックだ。たとえ男でも。
とは言え、これ以上この人と関わりたくない。さっさとこの場から退散しよう。そう思った時だった。
「一生のお願い。手伝って、この通り!」
あろうことか、なんと先輩は土下座してきた。床に頭をこすりつけるくらいのガチのやつだ。プライド無いのかこの人は。
だけど効果はそれなりにある。たとえどんなに下らないことであっても、こうやって女の子を土下座させたあげく、それを断るというのはさすがに居心地が悪い。周りのみんなもこっち見てるし。
「頭上げて下さい」
「ヤダ! 女子力くんがやるって言ってくれるまで上げない!」
そう言ってなおも頭をこすりつける。これはもう脅迫に近いんじゃないだろうか。そうしている間にも、周囲の視線がますます集まってくる。こうなったら仕方がない。
「わかりました。手伝えばいいんですね」
「やったー! ありがとう女子力くん」
溜息をつきながらしぶしぶ答えると、とたんに白鳥先輩は嬉しそうに顔を上げる。
本当は断固として断りたい所だったけど、そうでもしなきゃ絶対収まりそうにないからな。
僕の隣では、宮部さんも呆れたようにため息をついていた。
「工藤君本当にいいの?無理しなくていいんだよ。部長の土下座や一生のお願いなんてもう二桁は見てるよ」
「ちょっと、せっかく快く引き受けてくれたところに水を差さないでよ。それに、女子力くんにはこれが初めてだもん」
ちっとも快くなんてありません。それにさっきから気になっていたけど、いい加減言っておきたい事がある。
「先輩、女子力くんって言い方やめて下さい。手伝いませんよ」
この人、さっきから一度も僕の名前を呼んでいない。いや、それだけなら別にいいんだけど、よりによって女子力くんって呼び方は止めてほしい。
「わかった。えっと…………ねえ、女子力くんのフルネームって何だっけ? って言うか、女子力って苗字? 名前?」
「苗字でも名前でもありません。僕の名前は工藤透です!」
覚えていなかったのはいいとして、まさか本当にそんな名前だと思っていたのか。
とにかく、こうなったらさっさと先輩を連れてこの場を離れよう。ここにいたら周りの視線が痛い。
「私も行って手伝うよ。部長に工藤君のことを教えたの私だし」
責任を感じたのか、宮部さんもそう言ってくれた。
「宮部ー、女子力くーん。なんだか知らないけど頑張ってー」
教室を出る際に、誰かがそんな野次を飛ばした。ほら、こんなことになった。
宮部さんも恥ずかしかったのだろう、僕等は、下を向いたまま足早に廊下を進む。ただ一人、白鳥先輩だけが笑顔のまま意気揚々と歩いていた。
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