第11話 家庭科部の奮闘
「えっ、子供服はダメ?」
驚く宮部さん達に、僕は先ほど調べた記事を見せた。スマホを覗きこみながら、彼女達がざわざわと騒ぎ始める。
「もちろんこれは一部の意見だろうし、みんなが作った物なら先生は喜んでくれると思うけど……」
一応のフォローは入れてみるけど、みんなの微妙な表情が変わることはなかった。
「いや、でもこんなの見て、今から作ろうってはなれないよ」
「うっ、そうだよね。ゴメンね、変なの見せて」
「ううん。作る前に分かって良かったよ。こんなの、私たち誰も考えもしなかった」
そう彼女達は言うけど、もちろんだれも出産の経験なんて無いんだから、決して配慮が足りなかったなどと責められない。問題は、これを知った今どうすればいいかだ。
「とりあえず子供服はやめておくとして、それじゃあどうする?」
先輩の一人が困ったように言った。作る気満々だったからなあ、子供服。差し出がましいようだけど、僕はある提案をしてみることにした。
「あの、ちょっと良いですか。子供服がダメなら、何か他に喜ばれそうなものを作ったらどうでしょう? 例えばよだれ掛け、最近じゃスタイって言うみたいですが、こういう小物ならそこまでプレッシャーにもならないし、作るのだって簡単だと思うんです。他にも、クッションなら産休に入ってからすぐに使えますし、あと、石鹸とかアロマグッズとかだって作れるみたいですよ」
どうして僕の口からこんなにもスラスラと案が出てくるのか。それはさっき記事で見た、貰ってうれしいものを並べただけだから。しかし彼女達はそれに食いついた。
「すごい、いけるよそれ」
「さすが女子力くん、頼りになる」
ちょっと待って。今、女子力くんって言ったの誰?
それはともかく、今の話を聞いて、家庭科部のみんなにも明るい表情が戻ってきた。
そして同時に、僕への矢継ぎ早の質問が始まる。
「クッションって、どんなのが良いかな?」
「たしか、U字型のが良いってあったよ」
「アロマってどうやって作るの?」
「手作りのキットがあるはずだよ」
「はいはーい! それって、出来合いのものを買ってもバレない?」
「ちゃんと作ってください!」
最後の白鳥先輩はともかく、僕の仕入れたばかりの知識を聞いた皆の反応は上々だ。思いつきで提案した事だけど、何とかなりそうで良かったよ。
それから、それぞれ誰が何を作るかを話し合い、今日の放課後から作成に入ることが決まった。
「これなら私達でもできそう」
「今まで何もしてこなかったからねえ」
「初めて家庭科部っぽいことやれそう。もうおしゃべりとお菓子食べてばかりの集団だなんて言わせない」
…………何となく、不安にはなるようなことを言ってはいるけどね。大丈夫だよね? ちゃんと作れるよね?
「ありがとう。結局工藤君に助けられたね」
「僕はただ調べただけだよ」
宮部さんにお礼を言われるけど、これってもしかして、また女子力のハードルが上がったかも。 せっかくへし折ったと思ったのに。
とにかく、部外者である僕の出番はこれで終わり。だけど家庭科部にとってはこれからが本番だ。僕はうまくいくことを願って今度こそ家庭科室を後にした。
翌日の放課後、僕はまたも家庭科室の扉の前に立っていた。
昨日あんな風に相談されたもんだから、どうなっているのかちょっと気になって、つい足がここに向いていた。
うまくいってるかな?
頑張っている姿を想像しながら、そっと扉を開く。するとその瞬間、ポンという軽い音と共に、僕の頭に何かが当たった。
「あっ、ごめーん」
声の主は白鳥先輩。僕は足元に転がったフェルトの塊を拾った。さっき頭に当たったのはどうやらこれのようだ。柔らかいから痛くはないけど、何をどうすればこんなものが飛んでくるのだろう。
「ごめんね工藤君。部長、フェルトでキャッチボールするのはやめてください」
宮部さんが駆け寄ってきて、白鳥先輩に注意する。またこの人か。
部屋の中を見ると、白鳥先輩以外のみんなは、熱心にそれぞれの作製に取り掛かっているようだった。白鳥先輩以外は。
「あの、先輩? 制作は進んでいます?」
「大丈夫。時間はたっぷりあるから」
何だか夏休みの宿題しない子の言い訳みたいに聞こえる。そう言うのって、大抵最後はまわりに泣きつくんだよなあ。
「本当に大丈夫なんですか?後で泣いても知りませんよ」
「へいきへいき。クッションなんて、布切って綿詰めてくっつければいいんだから簡単だって」
そうか。先輩はクッションを作るのか。確かに今の説明を聞くとそう難しいようには思えないけど、だからといってこんなに遊んでていいのかな? それに確かこの人、雑巾も縫えないって言ってたけど。
そう目で訴えると、宮部さんがため息をつく。
「しかたないよ。だって部長だからね」
そんな常識みたいに言われても知らないよ。って言うか、部長だからの一言で済ませていいの?
だけど他の面々もそれを聞いて残念そうに頷くあたり、どうやら本当にそんな扱いなんだろう。今更だけど、なんで部長なんてやっているんだろう。
一方宮部さんは、もちろん他の人達と同じように、真面目に自分の作業にとりかかっていた。
「宮部さんはなに作ってるの?」
「私はアロマキャンドル。物によっては妊娠中に使っちゃダメなやつもあるから気をつけないとね」
そうなんだ。僕も詳しく調べたわけじゃないから気付かなかったな。デリケートな時期だから、贈り物をするならもっとしっかり調べなきゃいけないのかもしれない。
「香りが強すぎてもいけないから通常より薄めないとね。アロマディフューザーを使ったらミストが熱くならないんだよね」
うん、全然わからないけど、どうやら何かが熱くなるとダメみたいだな。
他のみんなも、スタイや石鹸の作り方を自分達で色々調べて頑張っているそうだ。すごい。なんだか本当の家庭科部みたいだ。いや、実際その通りなんだけどね。
「ねえねえ工藤くん。ここ、手伝ってくれない?」
「こら、そうやって工藤君に頼ろうとしない。少しは自分でやりなさい」
「はーい」
田辺さんが甘えた声を出してきたけど、宮部さんにくぎを刺されて退散していく。
それでいいんだよ。たとえ上手くいかなくても、自分の力で頑張るのが大事。そして何より、僕じゃ力にはなれないからね。
みんな真剣に取り組んでいるしこの様子なら大丈夫そうだ。これ以上いて邪魔しても悪いなと思い、僕はそっと家庭科室を後にした。
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