先生への贈り物

第8話 有無を言わさず

 冬の体育館は寒い。体育の授業なら動いて温まることはできるけど、これが全校集会となると、ただ座って話を聞く間寒さに耐えるしかない。暖房なんてもちろんない体育館の中、クラスごとに整列をしながら、僕はガタガタと震えていた。


 ところで、うちの学校は8割が女子という極端な男女比となっていて、そのせいか女子は羞恥心がないと言われることが度々ある。女子同士でスカートをめくり合ったり、なぜか男子トイレに入ってきて女子同士でお喋りをしたりするけど、当たり前の光景すぎて、もう誰も突っ込まなくなっている。


 僕もつい先日まで、これはどの学校でも見られる光景だと思っていた。だけど他校に通う友達にこれを話したら、「お前の学校はおかしい」と言われてしまった。そうか、うちの学校っておかしかったのか。


 とにかく、我が校の女子は色々強くてワイルドだ。今全校集会をしているこの時も、女子は全員あぐら座りをしている。そこに、一人の例外もなかった。


 一方男子はというと、これまたほとんどあぐら座りだけれど、一人だけ例外がいる。何を隠そうこの僕だ。

 僕の家は祖母が割と躾が厳しく、小さい頃から正座は慣れていたので、こういう場でも正座するのが当たり前になっていた。

 とはいえ、別に女子があぐらをかくことをはしたないとか思ったりはしない。誰に迷惑をかけるわけでもないし、好きなように座ればいいじゃないか。

 だけど先生たちはそうは思ってくれないらしい。


「あぐらなんて恥ずかしくないの。ちゃんと正座しなさい!」


 担任の先生が口を酸っぱくしてそう言い、みんなは嫌そうな顔をしている。僕はもともと正座してるから関係ないけどね。

 だけど、それは大きな間違いだった。先生は、一向に座り方を直そうとしない生徒に向かって、再び口を開いた。


「特に女子! 少しは工藤を見習いなさいっ!」


 先生、何を言ってくれるんですか?

 案の定、周りからはクスクス笑う声が聞こえ、みんなの視線が僕に集まる。ああ、早くこの集会終わって。


「女子の見本になってるぞ。相変わらずの女子力だな」


 近くにいた男子の一人が、そう言ってからかってきた。いや、この正座はただの癖だから。よく見たら猫背だし、決して姿勢が良いわけじゃないって分かりそうなものだけど、そんなところは誰も気づいてくれない。


 ほどなくして、校長先生の話が始まった。この日の集会の内容は、学校の風紀についてと、間もなく産休に入るという、藤村先生の挨拶だった。

 先生の話が続く中、予想通り次々と足を崩す生徒が現れる。僕は正座をしながら、こういう態度が真面目で女子力が高いと誤解される要因なんだろうなと、話とはまったく関係のない事を考えていた。













 そんな、よく分からない恥ずかしさを経験した全校集会も終わって、その日の昼休み。

 いつものように教室で弁当を食べ、友達と話をしていた時の事だった。


「工藤君、今時間空いてる?」


 そう言ってきたのは、宮部さんと田辺さんだった。宮部さんとはこの前のケーキの一件以来度々話すようになってはいたけど、田辺さんまで一緒になって、いったい何の用だろう。


「空いてるけど、何かあったの?」


 話の途中ではあったけど、そこまで身のある内容じゃなかったから、話を聞くのには何の問題もない。だけどそう答えたとたん、二人は何を思ったのか、僕の両サイドの回り込むと、それぞれ腕を掴んだ。


「ここじゃあ何だから、ちょっと場所変えよう」

「待って。そもそも何の話なの?」

「いいからいいから」


 そう言って、僕を引っ張って行こうとする二人。

 何だろう。二人の女の子に両手を掴まれると言うこの状況。傍から見れば両手に花に見えなくもないけど、何があっても放すもんかと言わんばかりにガッチリ掴まれていて、なんだか恐怖や不安の方が勝っている。


「ねえ、まずは説明をしてくれないかな?」

「いいからいいから」

「じゃあせめて手を放して」

「いいからいいから」

「本当に放して。でないと僕は行かないよ!」


 声を大にすると、さすがに二人もこれ以上無視するわけにはいかなかったのだろう。それなら仕方ないと言うように、両腕を掴んでいた手が離される。よし、今だ!


 自由になった瞬間、僕はすかさず走りだした。


「あっ、逃げた!」

 ごめん。どんな用があったか知らないけど、なんだか二人とも怖くて、僕の本能が逃げろと叫んでいるんだ。

 僕だって男だ。全速力で逃げれば、女の子二人くらいなら振り切れるはず。だけどその考えは甘かった。


「誰か、工藤君を捕まえて!」


 田辺さんがそう叫んだ瞬間、教室にいた無関係なはずの女の子達が瞬時に動いた。特に、すぐ横にいた子の反応は早かった。


「うわっ!」


 気がつけばタックルをくらい、視界が揺れたかと思ったら床に倒れていた。そんな僕の体を、やってきた宮部さんと田辺さんが、またもガッチリと掴む。


「逃げ出すなんて傷つくな。別に苛めるわけじゃないんだよ」

「ごめんね工藤君。どうしても連れて来いって先輩命令なの」


 田辺さんが、わざとらしく悲しそうに、そして宮部さんが、申し訳なさそうに言う。だけどちょっと待って。先輩命令ってどういう事? 

 もしかすると、僕は知らないうちに先輩に恨まれるような事でもしてたのだろうか。だとしたら、ますます不安が大きくなる。


「ちょっと、誰か助けて」


 さっき、彼女達の呼びかけで女子が動いたように、こっちは男子を使わせてもらおう。そう思って、男子の友人に向かって叫んだけど、彼等は誰一人として動くこと無く、かわりに気の毒そうな目で僕を見ていた。


「先輩に目を付けられたのか。ご愁傷様」

「その先輩って女子か? 悪い事は言わない。女子には逆らわない方が良いぞ」

「体育館裏は寒いだろうけど、元気でな」


 みんな冷たい。っていうか体育館裏って何?

 男子は何の役にも立たないことが分かった。ならば、もう一度田辺さんと宮部さんに向かって聞いてみる。


「ねえ、せめてどこに連れて行かれるかだけでも教えて。まさか本当に体育館裏なの?」

「いいからいいから」


 なんだかさっきから、いくら説明を求めても「いいからいいから」しか返ってこないような気がする。それって、そこまで万能な言葉じゃないからね。

 一度逃げ出したものだから、僕の腕を握る手に込められた力は、さっきよりもいっそう強くなっている。今度こそ、二人とも放してはくれないだろうな。

 こうなったら仕方ない。とうとう僕は観念し、言われるがまま二人について行くことにした。

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