第9話 今度の依頼は子供服?
宮部さんと田辺さん。二人に連行されて僕が連れて行かれたのは、体育館裏。
…………ではなく、なぜか家庭科室だった。
「あの、これはいったい?」
「いいからいいから」
またそれだ。二人に連れられ中に入ると、そこには四人の女子生徒の姿があった。だけどその中に僕の知った顔はない。
しかもそのうち三人はどうやら二年生のようで、そうなるといよいよ接点なんてなくなってくる。そんな彼女らがいったい僕に何の用だろう。
困惑していると、その中の一人が椅子から立ち上がる。さっき挙げた、二年生の先輩の中の一人だ。
切れ長の目が印象的で、美人ではあるけど、それ故に独特の威圧感がある。防寒対策なのか、短く折られたスカートの下にはジャージを着こんでいる。彼女に限ったことじゃないけど、寒いならスカートだって長くすればいいのにと、いつも思ってしまう。
「待ってたよ。君が、女子力が物凄く高いって評判の工藤君だね」
「いや、何ですかその形容詞は!?」
ここに来る前から嫌な予感はしていたけど、なんだか今の言葉でますますそれが強くなった気がするよ。
だけどその先輩は、僕のツッコミなんて全く気にする様子もなく、勝手に自己紹介を始めだした。
「呼び出してゴメンね。私は家庭科部部長、
「あ、はい。一年の工藤透です」
家庭科部、それも部長なのか。とりあえず僕も挨拶を返したけど、その家庭科部部長がいったい何の用だろう。わざわざそんな風に名乗ったってことは、もしかしたらここにいるのはみんな家庭科部なのかもしれない。
だけど、僕をここまで連れてきた二人を見て、正確にはそのうちの一人である田辺さんを見て、その考えが揺らいだ。
前に彼女が授業で作ったエプロンを見たことがあるけど、失礼ながら、それはお世辞にも良い出来とはいえないものだった。家庭科部ともなると、もう少し上手にできるだろう。
だけどそう思っていると、その田辺さんが言う。
「あのね工藤君。私達を含めて、ここにいるみんな家庭科部なの」
訂正。やっぱり田辺さんも家庭科部だったみたいだ。勝手に違うだろなんて思ってゴメンね。まあ、家庭科部っていっても苦手な分野もあるんだろう。
「それで、家庭科部の人達が僕を呼び出して、いったいなんの用なの?」
いい加減本題に入ってもらおうと思い、自ら話を切り出してみる。すると、再び部長である白鳥先輩が一歩前に出てきた。
「実は、家庭科部の顧問をやっている藤村先生が、もうすぐ産休に入ることになったの」
「ああ。そういえば今朝の全校集会でもそんなこと言ってましたね」
藤村先生。僕らの受ける家庭科の授業を担当しているけど、家庭科部の顧問もやっていたのか。
「そこで、先生が休みに入る前に、私達部員から何か作ってプレゼントしたいという話になったのよ」
「それは喜んでくれそうですね」
手作りったところがいかにも家庭科部らしいし、みんなで作った物を贈られたら、きっと先生も喜ぶだろう。
だけど白鳥先輩は、それからさらにこう続けた。
「私は、作るのは面倒だから現金が良いって言ったんだけど、みんなから反対されちゃったの。絶対そっちの方が楽なのに」
「…………」
何を言っているんだこの人は? そりゃ世の中には祝い金なんてのもあるけど、生徒から現金を渡されたって、先生もびっくりするだろう。
そう思ったのは、どうやら僕だけじゃないようだ。
「だから現金はダメですって。もっとちゃんとした物にしましょうよ」
「いくらなんでも横着しすぎよ」
「部長の神経疑います」
宮部さんや田辺さん。それにほかの部員達からも、ブーイングのような声が飛ぶ。集中砲火を浴びる白鳥さんだけど、それでも不満な表情を崩そうとはしなかった。
「だ、だって現金だよ。腐らないし、いくらあっても困らないし、何より面倒なことして用意する必要がない。これほど万能な贈り物が他にある?」
そう言って、まるで駄々っ子のようにバタバタと腕を振り回す白鳥さん。だけどみんなはそれを冷ややかな目で見ていた。
ちなみにそのみんなの中には、僕も含まれている。初対面の人にこんな事を思うなんて失礼だけど、この人は変な人だ。
「ごめんね。こんな先輩で」
宮部さんがそう言って、恥ずかしそうにあやまってくる。
「ねえ、先輩っていうか、あの人が家庭科部の部長なんだよね」
「言わないで。部員一同、それについては深く考えないようにしてるから」
酷い扱いだ。一体どうしてそんな人が部長になれたんだろう。
「こら宮部、聞こえてるよ!」
「まあまあ部長、落ち着いて。彼女は私達全員の意見を代弁しただけだから」
「なんですってー!」
騒ぎ続ける白鳥さんを他のみんなでなだめているけど、なんだか逆効果な気がする。
だけどそれはいったん置いといて、そろそろ僕が呼ばれた理由を教えてほしいんだけど。
すると、そんな僕の祈りが通じたのか。宮部さんが部長に代わって話し始めた。
「まあ部長の言う現金は置いといて、私達で子供用の服を作ってプレゼントしたらどうかってことになったの。家庭科部だし、先生喜ぶと思って」
なるほど、確かにそれは家庭科部っぽくて良さそうだ。だけどそこまで言ったところで、なぜか宮部さんは浮かない顔をした。
「だけど私達、家庭科部っていっても半分くらいはお喋りしているだけで、実は皆あんまり上手くないの」
「えっ?」
何だか雲行きが怪しくなってきた。けど確かに、家庭科部に入っているからと言って、全員が得意というわけじゃないのかもしれない。
「上手くないって、どれくらい?」
「わかんない。だって、今まで何にもやってこなかったんだもん」
「何もやってない? ああ、料理とかをメインにやっていたのか。宮部さん、ケーキを作ってる時も手際よかったからね」
家庭科部でやることと言えば、服飾関係だけとは限らない。料理に力を入れているなら、他に手が回らなくても仕方ない。だけど宮部さんはそれを聞いて恥ずかしそうに首を横に振った。
「えっと、家ではそれなりに料理もするけど、部活では何にもやってないの。料理もお菓子作りも裁縫も、部活では一切やった覚えがないの」
「何やってんの家庭科部!」
「だから、何もやってないの」
そういうことを言ってるんじゃない。そう言えば宮部さんはケーキ作りで僕を頼ってきたけれど、家庭科部だって知った時、部のみんなには頼らなかったのかなって不思議に思ってた。
だけどその理由が分かったよ。たぶんこの部には、ケーキ作りの経験者がいなかったのだろう。それで良いのか家庭科部?
「でもさ、宮部はまだ家でやってる分マシなんじゃないの。私達、学校でも家でも、何もやっていないから」
田辺さんが口を挟んできたけど、胸を張って言う事じゃないから。
「それで話を戻すけど、顧問の藤村先生は、そんな私達の面倒を今までずっと見てくれたの。だからせめて、こんな時くらい何かしたいって思ったんだけど、上手くできる自信なんてなくて……」
そうだろうね。部外者の僕ですら心配になってくる。それにしても、なんだか嫌な予感がしてならない。もしやこれはケーキの時と同じパターンではないだろうか。
すると予感的中。それまで様子を見ていた人達を含め、家庭科部一同が僕に向かって頭を下げてきた。
「「お願い工藤君、私達に子供服の作り方を教え――――」」
「無理だよっ!」
僕は喰い気味にそう答えた。宮部さんも他のみんなも、声を揃えて頭を下げてくれているところ悪いけど、無理なものは無理。だって、教えるどころかまず作れないから。
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