第7話 僕らの作ったケーキの行方


「そんな………」


 宮部さんが、ガックリと肩を落とすのが分かった。そりゃそうだろう。ここまで頑張ったっていうのに、これじゃあんまりだ。

 何か言ってやらないと。そうは思ってもちっとも言葉が出てこない。そんな中、先に口を開いたのは宮部さんの方だった。


「ごめん、工藤君。せっかく手伝ってくれたのに、失敗しちゃって。ケーキは、今からでもお店に買いに行くよ」


 手伝うって言っても、僕がした事と言えば炊飯器を使うのを提案したくらいで、実際に作ったのは全部彼女だ。

 宮部さんは僕に向かって頭を下げた後、しょうがないかと言って笑ったけど、無理をしているのは明らかだった。


「でも、今から新しく作れば何とかならない?」


 僕はそう言ったけど、彼女は首を横にふった。


「もう材料もないし、今から揃えても、とても作り直す時間はないよ。もうすぐ弟も帰ってきちゃうから」


 そう言って片付けを始める。確かに、今から改めてやり直すのは難しいだろう。まさか今日が誕生日なのに、明日作って渡すわけにもいかない。


「これも、無駄になっちゃったな」


 グチャグチャになった生地を見ながら寂しそうに言う。残念なのは僕も同じだ。あんなに一生懸命だったのに。

 そう思うと、たとえ形が崩れていても、僕はどうしてもこのケーキをこのまま捨てる気にはなれなかった。


「これ、僕が食べても良い?」

「え、でも……」


 宮部さんが返事をする前に、生地の端っこをちぎって口に入れた。


「うん、美味しいよ」


 それは決して、嘘でもお世辞でもない。まだクリームもトッピングもなかったけど、ほんのり甘い味が口の中に広がった。たとえ形が崩れていても、味自体には何の問題もなかった。


「でも、これじゃやっぱりプレゼントには無理だよね」


 たしかにそうなんだ。いくら味は良くても、こんな見た目じゃ誰かにあげる気にはなれないだろう。少なくとも、宮部さん本人にその気はない。


「まてよ……」


 改めて悔しさがこみあげて来た時、ふとある考えが浮かんだ。

 見た目が悪いのが問題なんだ。なら逆に言えば、それさえ何とかできればいけるかもしれない。


「宮部さん。小さなガラスの器っていくつかある?」

「う、うん。あるけど……」


 僕の言う事に戸惑いながらも、宮部さんは食器棚から器を取り出しテーブルに並べた。その間に僕は、ちぎれた生地を手に取ると、それをさらにちぎっていく。いずれも、一口で食べれるくらいの小さいサイズだ。


「えっと、器ってこれでいい? いったい、何をするつもりなの?」

「見た目が問題なら工夫して良く見せればいいんだよ」


 困惑する宮部さんの前で、僕は器の中にちぎった生地を敷き詰めた。


「これと同じものをいくつか作って。それで、あとはこの上にクリームを絞ってフルーツで飾ればカップケーキみたいになるんじゃないかな。チョコやアイスを乗せても良いし。最初予定していたものとは違うけど……どうかな?」


 完全な思い付きで、もうケーキと呼んでいいかどうかも分からない。だけどそれを聞いて、沈んでいた宮部さんがみるみる笑顔に代わっていった。


「良い! すごく良い!」


 早速、宮部さんも残った生地を器に入れ始める。僕も、さっきまで彼女が混ぜていたクリームを用意する。


「もうクリームかける?」


 だけどそう言うと、宮部さんは少し驚いた顔をした。


「でも、生地まだあったかいから、今かけたらクリームが溶けるんじゃ……」

「あ……」


 そう言えばそうだよね。全く気付かなかった。


「それに、最初は生地に挟むつもりでいたからまだ七部立てなの。この上に絞るなら、九部立てくらいが良いかな」

 七部立て? 九部立て?そういえば作り方を調べている時そんな言葉を見た気がするけど、もう覚えてないや。


「……良いんじゃないかな。九で」


 何部だろうとクリームには違いないんだから、多分大丈夫だろう。

 それから宮部さんがクリームを混ぜたりフルーツをカットしたりするのを、僕はただ横で見ていた。

 アイディアを出してちょっぴり得意になっていたけど、やっぱり僕じゃ基本的な料理スキルは全然だ。


 そんなことを思っているうちに生地も冷め、ようやくその上にクリームを絞る。さらにそこに苺やらチョコやらのトッピングを乗せて、それは完成した。

 宮部さんは普段から料理をやっているだけあって盛り付けも上手で、出来上がったケーキは僕が思っていたよりもずっと綺麗だった。


「できたね」


 僕が言うと宮部さんは笑顔を向けた。


「ありがとう。工藤君のおかげだよ!」


 そう言われても、これを作ったのは彼女だ。手が痛くなるほど生地やクリームを混ぜて、こんなにも綺麗に盛り付けた。僕は、卵の一つだって割っていない。


「僕は何もやってないよ」

「そんなことないよ。私一人だと絶対出来なかったもん」


 こんなにも感謝されて、なんだか嬉しいような、恥ずかしいような、そしてやっぱり後ろめたいような気がしてならない。

 結局ケーキ作りが得意という誤解は解けないままだしなあ。それどころか、きっと彼女の中では誤解はより強固なものになったに違いない。


「後片付け手伝うよ」


 せめてこれくらいはしなければと思ってそう言ったけど、宮部さんは自分がやるからと断られた。まあ、どの道僕では足を引っ張りそうだけど。


「じゃ、僕は帰るよ。そろそろ弟君も帰ってくるんじゃない?」

「えっ、もうそんな時間?」


 姉弟の時間を邪魔しちゃ悪い。そう思いながら玄関まで行ったところで、宮部さんに呼び止められた。


「ちょっと待って」


 振り返ると、彼女はさっき作ったケーキのうちの一つ持ってきてくれた。


「工藤君ありがとう。これ、もらって」


 いつの間にやったんだろう。そのケーキは包装紙とリボンで可愛くラッピングされていて、とても可愛かった。

 僕は女子力が高いなんて言われたけど、本当に女子力が高いのはこういう人のことを言うんだろう。


「ありがとう。器は洗って返すよ」

「こっちこそ今日はありがとう。帰り、気を付けてね」


 宮部さんに見送られ、彼女の家を後にした。

 家を出てから少し歩いたところで、男の子とすれ違う。その子の顔は、どこか宮部さんに似ている気がした。あの子が宮部さんの弟だろうか?


(ケーキ、喜んでくれると良いな)


 それにしても、今回は何とかうまくいったから良いけど、途中何度も冷や汗をかいた。作ったのが宮部さんでなかったら、きっとこうはいかなかっただろう。

 やっぱり僕の女子力はそんなに高くない。もし今度こんな機会があれば、もうちょっと役に立ちたいものだ。


「女子力上げようかな」


 いや、やっぱり男に女子力はおかしい。上げるならせめて家事力にしよう。とにかく僕は、生れて初めてそんな事を思った。


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