第4話 もしかして、役立たず?
「どうしようかな……」
帰宅した後、僕はベッドの上で横になりながら、身に降りかかった出来事を思い出してため息をついていた。
そもそもどうしてこんな事になったんだろう。僕自身は、一度も自分からケーキが作れるとも女子力が高いとも言ったことないのに、なぜか周りがどんどん誤解していく。だいたい、男なのに女子力っておかしいじゃないか。
それに、本当は僕に女子力がないことくらい、よく見たらわかりそうなものだ。この前調理実習があったけど、僕はその時炊飯器に水を入れすぎてしまい、お粥みたいなご飯が炊きあがってしまったのだ。なぜ誰もそれを覚えてくれないんだ。まあ、その時米を炊くのに失敗したのは僕だけじゃなかったみたいだけど。
それにしても、宮部さんも僕じゃなく女子に頼めば良かったのに。本当に女子力の高い女子なんてクラスにいくらでもいるでしょ。
…………多分、いるよね?
何しろこの僕が女子力が高いと言われているだけあって、他の該当者となるとすぐには思い浮かばない。だけど探せばきっといるはずだ。少なくとも、僕より上の子がいないはずは無い。
「やっぱり断ろうかな」
うん、それが良い。さっそくスマホを取り出し、さっき聞いたばかりの宮部さんの電話番号を表示する。
(ごめん宮部さん)
発信ボタンを押そうとした瞬間、僕はハタと気がついて指を止めた。
(まてよ、もしここで断ってしまったら僕はどうなるんだろう?)
一度は引き受けたにもかかわらず、それを一方的に断ってしまう酷い奴。少なくとも、宮部さんにはそう思われてしまうだろう。これはまあ仕方がない、あの場でちゃんと断らなかった僕が悪いんだから。だけどそれだけで終わるだろうか。
宮部さんの様子ではきっと僕に断られたら女子にでも相談するだろう。もしそこで僕の名前を出されたら……
『ねえ、ケーキの作り方教えてくれない。工藤君に頼んだんだけど断られたの』
『えっ、教えてくれなかったの?』
『うん。一度は引き受けてくれたんだけど、その後やっぱり駄目だって言われた』
『なにそれ。酷くない?』
こうして僕は、女子から酷い奴と噂されるかもしれない。
考え過ぎだとか、それが何だという人もいるだろう。だけど女子が八割のうちの学校で、万が一そんなレッテルを張られたら非常にまずい。力関係でいうと八割どころじゃないからな。非常に生活し辛くなるだろう。
そっとスマホの画面を閉じる。やっぱり断るのはやめよう。今からだとリスクが大きすぎる。
(せめて、作り方くらいは調べておこう)
僕は再びスマホをいじると、ケーキの作り方を検索し始めた。
運命の日曜日。僕は後ろめたさ全開で宮部さんの家を訪れた。
「いらっしゃい。待ってたよ」
玄関の戸を開いた宮部さんは、そう言って出迎えてくれた。
当たり前だけど、今日の宮部さんは普段見慣れている制服姿じゃない。ネイビーのセーターにダークグリーンのレギンスという組み合わせ。私服なんて始めて見るから、なんだか新鮮だ。
「わざわざゴメンね。寒かったでしょう」
今日くらいの寒さなら大丈夫だけど、それを聞いてハタと思う。そうか、寒くて風邪を引いたことにすれば、断ることができたかもしれない。
往生際が悪いとは思うけど、そんな事を考えずにはいられなかった。
「そうだ。これ、冷蔵庫に入れてもらえる」
手ぶらで来るのも悪いと思い、途中で買った。ジュースのペットボトルを彼女に渡した。
「私がお世話になるんだから、気を使わなくても良かったのに」
いえ、気を使わせて下さい。きっとこれから宮部さんの期待を裏切ることになるんだから、せめてこれくらいはしないと。
「とりあえず上がって」
「お邪魔します」
靴を揃え、家の中へと上がらせてもらう。初めて上がる家。それも女の子の家と思うと、何とも言えない緊張感があった。もっとも、これから一度も作ったことの無いケーキ作りを指導するのかと思うと、そっちの緊張の方が遥かに大きかったけど。
宮部さんに案内されキッチンに向かうと、そこには既に材料が並べられていた。
「そういえば、どんなのを作るの。ケーキといっても色々あるけど?」
あの後、少しでも期待に添う事ができるように、スマホで調べる以外にも、母や祖母に聞いたり、レシピ本を見たりしていたから、少しは知識を得ることができた。
もちろん実際に作ったりする時間は無かったから、付け焼刃もいいところだけど。
「スポンジはココア生地にしようと思うの。二層に分けた間に苺を挟んで生クリームで全体をコーティング。最後にフルーツをトッピングすればできるとおもうけど、どうかな?」
「うん。いいんじゃない」
多分、いいんじゃないかな。もしも何か問題があったとしても、僕にはそれを見つけることなんてできないだろう。
完成図も何とかイメージはできたけど、肝心の調理工程はぼんやりとしか浮かんでこない。本当にこんなで何とかなるのかなあ。
「それじゃ、始めようか」
そう言って宮部さんは髪を後ろで縛り、材料を手に取った。
こうしてケーキ作りが始まり、僕は不安な面持ちのままそれを見守る。だけど少しして、そんな不安もわずかに和らぐ事になった。
(あれ? 宮部さん、結構上手なんじゃない。って言うかこれって、わざわざ僕が来る意味あったの?)
彼女はびっくりするくらい手際が良かった。
量りの上に置かれたボールに小麦粉を入れる時、生地を混ぜる時、普通は初心者にあるはずの怖れや迷いが彼女にはなかった。
かと言って、決していい加減にやっているわけじゃなく、分量はしっかり量っているし、生地がダマになっているということも無い。
要所要所で僕にちゃんとできているか確認を求めてくるけれど、さっきから僕は、ただ「大丈夫」と言うだけのマシーンと化していた。
その大丈夫さえも、『宮部さんがこれでいいと思っているから、多分大丈夫だろう』などという、何ともいい加減なものだ。
ああ、本当に要らないな、僕。
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