第3話 ケーキの作り方なんて知らないのに


「お願い。私に、ケーキの作り方教えて」


 家庭科室の一件から数日が立った日の放課後、僕に向かってそう言ってきたのは宮部さんだった。


 さて、ここで一度状況を整理してみよう。元々、僕と宮部さんとはそんなに親しいわけじゃない。同じクラスだしたまに話すこともあるけど、それだけだ。

 そんな彼女が、放課後帰ろうとする僕をわざわざ追いかけてきて、ケーキの作り方を教えてくれとはいったいどういう事だろう。

 とりあえず、詳しい話を聞いてみよう。


「ごめんね、忙しいのに。工藤君これから帰って掃除したり、洗濯したり、晩御飯作ったりしなきゃいけないんでしょ」

「しないから! 何一つしないから!」


 僕が帰ってからやることと言えば、宿題するか漫画を読むくらいだ。だいたい、そこまでいくともう家事力でも女子力でもなく主婦力だ。


「そもそもケーキなんて作れないよ」

「謙遜しないで。私は工藤君の女子力を信じてるよ」


 僕の魂の叫びも彼女には届かず、そのまま話を進めていく。って言うか田辺さんもそうだったけど、『僕=女子力」って構図が出来上がってない?


「それでね、そんな女子力の高さを見込んで、私にケーキの作り方を教えてほしいの」


 これはきっと、僕が女子力高いだの、ケーキを作るだのと言ったデマを真に受けてしまったのだろう。可哀そうに。

 もちろん、こんな頼み受けられるはずがない。だって作れないんだから。

 問題は、そんなデマを信じきっている彼女に、なんと言って分かってもらうかだ。

 ここは、違う方向から攻めてみよう。


「ケーキって、クリスマスにはまだ早いよね。それに、食べたかったら買えばいいんじゃない?」


 わざわざ教えてほしいというからには、彼女も初心者なのだろう。だけどそれなら、多分材料だけでなく調理器具も揃える必要があるだろう。そうなると、わざわざ作るよりも買った方が安くなるんじゃないか。

 だけどそれを聞いて、宮部さんは首を横に振る。


「クリスマスケーキじゃないの。あと、買ったやつじゃなくて、私が作ったのを食べさせたいの」


 少し照れながらそう言う宮部さん。

 手作りのケーキを食べさせたい。ああ、そういうことか。それを聞いて、何となくわかったよ。


「えっと……つまり、わざわざ手作りケーキを作ってあげたい人がいるってこと?」

「うん」


 相変わらず照れながら、でもはっきりとそう言った。どうやら、これ以上聞くのは野暮みたいだ。


「そう言う事なら力になりたいけど……」


 残念だけど、僕も作ったこと無いから無理だよ、そう続けようとした。が、それよりも早く彼女は僕の手を取った。


「ありがとう。教えてくれるんだね!」

「え……う、うん」


 はしゃぐように声をあげる宮部さん。その勢いに圧倒され、つい頷いてしまった。

 いやいや、違う。最後まで聞いて。これから断るつもりだったんだから!

 だけど、そう思った時にはもう手遅れだった。


「ちゃんとできるか心配だったけど、工藤君が教えてくれるなら何とかなるような気がしてきた」


 どうしよう。満面の笑みを浮かべる彼女を見て、今更作れないなんて言いだせない。

 でも実際のところ、僕に教えるなんて無理なわけで。何とかして断る理由を考えないと。


「で、でもさ、教えるといってもどうすればいい? レシピなら、僕に聞くより本を見た方が良いと思うよ」

「レシピだけじゃきっと分からないところもあると思うし、経験者がいてくれるってだけで心強いの」


 失敗。ならこれならどうだ。


「でも、宮部さんはそれで良いの? 手作りを食べさせたいっていうなら、僕は手を貸さない方が良いんじゃない?」

「それはわかってる。だから作るのは私で、工藤君は横で指導してほしいの」


 くっ、これもダメか。


「そもそも、作るっていってもどこでやるの?」

「私の家で」

「………………」


 いや、ちょっと待って。そこまで親しいわけでもない男子をいきなり家に呼ぶなんて、いいのそれって?


「でも、お家の人とか迷惑しない?」

「大丈夫。お願いしたいのは今度の日曜なんだけど、その日は私以外の家族は誰もいないから」


 余計ダメだよ。だいたい、好きな人がいるっていうのに他の男子を家に呼んで大丈夫なの?

 凄く恥ずかしかったけど僕はそのことを指摘することにした。


「でも……男子が行っていいの? 宮部さん、女の子だし」


 この時、きっと僕の顔は真っ赤になっていたに違いない。女の子に直接こんなことをいうなんて、今までの人生で一度だって経験が無い。

 だけどそれを聞いた宮部さんはキョトンとしていて、あろうことかこんなことを言った。


「あー。工藤君なら大丈夫。紳士だし」


 紳士じゃない!

 これはきっと、、彼女は僕のことを男として見てくれていないのだろう。これも女子力が高いという誤解から派生した弊害だろうか? こんなことなら、やっぱりもっとしっかり誤解を解いておくべきだった。

 だけど後悔先に立たず。断る理由も次々につぶされていって、もはや逃げ場はなかった。


「……次の日曜で良いんだね」

「うん。よろしくね」


 とうとう観念して、がっくりと肩を落とす僕。一方それとは裏腹に、宮部さんはとても嬉しそうだ。頼むからそう喜ばないで。心が痛むから。


 かくして、宮部さんの頼みを断り切れなかった僕は、今度の日曜、彼女の家でケーキ作りの手伝いをすることになってしまった。


 …………どうしよう?

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