第538話 言い訳じゃなくて誤解って気づかせるのが一番
「では三問目、『交際相手の中であんま長く一緒に居たくない人は誰ですか?』です」
「「「「......。」」」」
さすがにこれはOUTだろ。皆黙っちゃってるよ。
おかしいな、俺が回答したのは『交際相手の中でずっと一緒に居たいと思える人は誰ですか?』なんだけど。
いや、これを回答した時点で、たしかに最下位に選んだ人には申し訳なく思うよ。でも回答しない、なんて選択肢は言うまでもなく一番しちゃいけない行為だ。
それにちゃんと言い訳......じゃなくて理由があるしさ。
でもこの質問の仕方じゃ、俺が一緒に記載した理由も元の質問より捉え方が酷くなってしまう。
よし、止めさせよう。
「おい。さすがにその言い方は――」
「カズ君」
「兄さん」
「和馬」
「......。」
なんと弱きことか、男という生き物は。
「ま、お二人には悪いですけど、これは答えが決まったようなもんですね」
「「......。」」
そんなことを言う千沙を他所に、葵さんと陽菜は彼女を見つめながら、各々のホワイトボードにノールックでペンを走らせていた。
人の腕の動きとは不思議なものだ。
こうして目の前に並んで座っている三姉妹のうち、葵さんと陽菜が同じ腕の動きで、ホワイトボードの上部ら辺にペンを置くものだから、自然とその答えが見えてなくてもわかってしまう。
無論、ホワイトボードの上部ら辺とは言うまでもなく、このアンケートの一位となる人物だ。
一画、二画、三画と正しい書き順で名前を刻んでいる。
“千”という字を。
迷いのない、いっそ清々しい程に、“千”という字を二人はシンクロして書いていた。
「それではお三方の回答オープン!」
桃花ちゃんの楽しそうな笑みと共に、三姉妹の回答が表明される。
葵さんの回答は[1位 千沙 2位 陽菜 3位 葵]。
千沙の回答は[1位 陽菜 2位 葵 3位 千沙]。
陽菜の回答は[1位 千沙 2位 陽菜 3位 葵]。
やはり“千”という字が一位に刻まれていたのは見間違いではなかった。
「あ、また陽菜と回答が一緒だ」
「あら、本当ね」
「私はその、悪いけど、一問目でカズ君にとって陽菜は、こ、怖――優しくない人って結果になったから......」
「言い換えたところ悪いけど、あんまフォローになってないわ」
「うっ。ごめん」
「ま、あいつは私のこと口煩い女と思っているみたいだから、葵姉と同じ回答になったのだけれど」
そう言って、キッと俺のことを睨む陽菜。
ほらな、こういうことになるから嫌なんだよ。マジで何も楽しくないよ、このアンケートイベント。ただただ俺たちの仲に亀裂しか生じない。
そんな二人を他所に、千沙がジト目になって口を開いた。
「......あの、さっきからなんなんです? 私を一位にするなんてふざけてません? 私、二人に何かしました?」
千沙が異論を唱えるのも無理はない。
そう、一問目で俺は陽菜に“口煩い女”というレッテルを貼ってしまった。
だから今回のアンケートを常識的に考えるのであれば、本来は陽菜が一位に選ばれるはずである。
しかし葵さんと陽菜の回答はどうだろうか。
二人は揃って自分たちよりも次女の名前を一位に置いているではないか。
まるで初めから二択であったかのように。
一位の座は揺るがないだろうと言わんばかりに。
さすがの三股彼氏こと和馬さんでも、これには居た堪れない。同情というか、不憫というか、妹のことが可哀想で仕方がなかった。
「え、あ、いや、これはその......」
「わ、悪かったわ、つい」
「“つい”?!」
千沙が鬼の形相となって、怒りのあまり、手にしていたホワイトボードの両端を掴んで、膝蹴りを打ち込んだ。
真っ二つに折れ曲がると思われたホワイトボードは、形状を保ったまま華麗に宙を舞ってその辺に落下する。
きっと本人はへし折ろうとしたんだろうが、千沙ちゃんのステータスは可愛さに極振りしているので、ヒーラー以下の攻撃力じゃそれは成し遂げられなかった。
なんとも締まらない結果である。やんなきゃいいのにな。
俺らは揃いも揃って床に落ちた無傷のホワイトボードに目をやるが、千沙ちゃんはかまわず続けた。
「私と兄さんは兄妹なんですよ!! これから墓場まで一緒にいたいと思い合う仲です!! ね?! 兄さん!!」
「お、俺に振るなよ......」
「あなたが対象でしょう!!」
あ、そうだった(笑)。
まぁ、これから墓場まで一緒に居たいと思えるほど重い捉え方はしていないが、うん、そうだな。
今回に限っては千沙ちゃんが正しい。
「それでは正解発表〜」
空気を読まずに桃花ちゃんがそんなことを言って、悠莉ちゃんがそれに続く。
「[1位 葵 2位 陽菜 3位 千沙]......です!」
「「ふぁ?!」」
「ほら!!」
正解発表を受けて、素っ頓狂な声を上げる長女と末っ子。
次女はさっきまでの怒りが嘘かのように誇らしげだ。
「わ、わた、私? わ、私のこと嫌いなの?! カズ君ッ!!」
「と、とりあえず理由を聞きましょ、葵さん」
葵さんは顔面蒼白となって俺にそう聞いてきた。
ちょっと精神的に危ない気がするが、できれば落ち着いて理由を聞いてほしい。
無論、葵さんに限らず、俺が三姉妹を嫌いになることは絶対に無い。だからこのアンケートはちょっとした僅差というか、別の視点をもって回答させてもらった。
「まずは一位の方の理由からですね。『葵さんとは以前から先輩後輩の関係として接してきて、今もお互い気を使う場面が多いから』だそうです」
「うっ。たしかに否定できない。カズ君の顔色を窺ってるのは事実だし......」
「自分もですよ」
別にこれが悪いという話ではない。むしろお互い気にかけることは大切なことだと思う。
なので一緒に居ると疲れるから長く居たくない、という解釈より、互いに遠慮しがちな部分があることを敢えてマイナスの面と捉えて、他二人との僅差を生じさせた。
葵さんにも自覚があるようなので、これはこれで良かった言える結果だ。
上から目線な評価かもしれないが、それが俺と葵さんの付き合い方だからな。三姉妹への愛情は等しくても、接し方まで一緒にする必要は無いと思っている。
「で、二位の陽菜ちゃんは『消去法で決めた』とだけ書かれています」
「殴っていいかしら?」
「り、理由が思い浮かばなかっただけだから別にいいだろ」
そう、偶々葵さんと他二人に区別できる理由が思い浮かんだからであって、二位の陽菜にまで理由を付ける必要は無い。
「で、見事三位に選ばれた千沙さんですが......『千沙とは趣味が合うし、駄目なところも可愛げがあって世話したくなるから』だそうです」
「ふふん。でしょうでしょう」
「あの、後半の理由も喜んでいいんですか?」
などと、喜ぶ千沙の正気を疑う悠莉ちゃんである。
俺は陽菜ほどではないが、世話を焼くのは嫌いじゃない方だ。千沙みたいに俺のことを兄と慕って懐いてくる感じが、いつまでも一緒に居られる理由だと思えた。
加えて言うのであれば、陽菜は一方的に俺に尽くしてくれるが、俺はそれを申し訳なく感じることがある。
また葵さんはさっきも言ったように、お互い気を使ってしまうことがある。
が、千沙はその面で言えば、全く皆無だ。
俺が千沙に何かしてあげたら、こいつはそれを当然のことと受け取る腹が立つ面もあるが、基本は素直に喜んでくれる。だからつい世話を焼いてしまう。
なんというか、兄妹のいない俺が言うのもなんだが、本当に兄妹のような関係だと思う。
ヤることヤッてんのにな(童貞)......。
俺が記載した理由以上に詳細を語ると、千沙はうっとりとした目で俺のことを見つめてきた。
「お兄ちゃん......」
「あ、まだ理由の続きあります。『可愛くなかったら秒で見限ってた』そうです」
「クソ兄ッ!!」
酷い言われ様。
すまんが、これは譲れなかった。
千沙の取り柄って本当に可愛さだけだから。
あと処女なとこ。
いつか女性に後ろから刃物で刺される未来しか視えない和馬さんである。
「それではじゃんじゃん行きますよ〜」
こうして俺らは四問目、五問目、六問目と続けていった。
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