第536話 弁明は何回連続まで有効ですか?

 “優しい”の対義語はんたいことばはなんだろうか。


 何を対象にするかによって意味合いは変わってくると思うが、たぶん“難しい”とか“厳しい”が当てはまるんじゃなかろうか。


 だから『付き合っている彼女の中で一番と思う人は誰ですか?』を、『付き合っている彼女の中で一番と思う人は誰ですか?』と言い換えるのはあまりにも語弊であって、決して正しくはない。


 俺は無言で立ち上がって、桃花ちゃんたちを襲おうとした。


 無論、性的な意味じゃない。


 何してくれちゃってるの的な意味である。


 「てめ――」

 「カズ君」

 「兄さん」

 「和馬」


 が、胸倉を掴みかけた俺を、冷え切った声で呼び止める者たちが居た。


 俺の交際相手たちである。


 俺は大人しく桃花ちゃんから離れた。


 桃花ちゃんの顔は非常に楽しそうで最高の笑顔だった。悠莉ちゃんは若干申し訳無さそうにしてたけど、イベントを続行する気みたい。


 俺は大人しく元居た席に着くと、三姉妹からジーッと見つめられる。


 胃に穴があく思いとはまさにこのことではなかろうか。


 よし、まずは事情を話そう。


 俺が回答したアンケートはこんなんじゃなかった、と。


 「兄さん、よくこんな内容で即回答できましたね。見損ないました」

 「な、悩む素振りくらいしてほしかったな」

 「本当よ」

 「聞いてくれ! 俺はこんなアンケートを受けた覚えはない! その証拠が、あの二人が手にしているアンケート用紙だッ!」


 俺はそう言って、桃花ちゃんたちが持っている記入済みのアンケート用紙に立てた人差し指を向けた。


 すると桃花ちゃんから反論の声が上がった。


 「たしかにお兄さんに回答してもらったアンケートには、『付き合っている彼女の中で一番優しいと思う人は誰ですか?』と書かれてるね」

 「だろッ!!」


 「でもさ、この問題って捉え方によっては、最下位の人が優しくない、つまりは怖いってことでしょ」

 「どこが“つまりは”だよッ!!」


 俺が怒鳴り声を上げても動揺しない桃花ちゃんは三姉妹を見やった。


 それを受けて答えたのは陽菜だ。


 「まぁ、怖いってのは誇張かもしれないけど、最下位に持ってくるってことは和馬にとって三人の中で優しくないってことよね?」

 「そ、そういうわけじゃ――」

 「ならどっちにしろ、この内容で最下位の人が元の質問の一位なのだから、そこを知れたらいいわ」


 どうやら陽菜は桃花ちゃんたちに言われたアンケート内容を逆に捉えて、そのときの最下位、つまり元の質問の一位となっていることを喜びたいらしい。


 その、なんというか心意気は嬉しいんだけど、俺にとっては全く安心できないな。


 だって、元のアンケート内容の最下位の人は......。


 「それではホワイトボードに回答してください!」


 桃花ちゃんの元気なその声に、三姉妹は無言で自分たちの名前をそれぞれ順位化して記入していった。


 そして悠莉ちゃんがぶるんと大きな乳房を揺らしながら告げる。


 「書き終わりましたか? それではオープン!」


 そんな掛け声と共に、三姉妹は一斉にホワイトボードを裏返した。


 出題内容は『付き合っている彼女の中で一番怖いと思う人は誰ですか?』。


 葵さんの回答は[1位 千沙 2位 葵 3位 陽菜]。


 千沙の回答は[1位 陽菜 2位 葵 3位 千沙]。


 陽菜の回答は[1位 千沙 2位 陽菜 3位 葵]。


 見事にバラけたな......。


 色々と突っ込みたいことはあるけど、まずは皆の視線が葵さんに向かったことから、葵さんが行った順位付けの理由が語られた。


 「わ、私はその、千沙ってよく――じゃなくて、た、常識外れのことするから、ある意味怖がられてるかなと」

 「あれ、喧嘩売ってます? 買いますよ?」


 まぁ、たしかに。そういう面じゃ千沙はダントツで一位だな。


 だって千沙が一番何考えてるかわからない子だもん。


 本当に可愛いしか取り柄ないから。


 というか千沙、お前、よく自分を最下位にできたな。直筆が濃いあたり自信持って書いた感すごいよ。


 「あら? 葵姉のアンケート、私が最下位なんて嬉しいわね」

 「うん。一見厳しそうな面が多そうだけど、それって全部カズ君のためにしてることでしょ? だから厳しいなりにも優しさがあって、カズ君は一番に陽菜を持ってくるかな、と」

 「もう! そんなこと言われたって全然嬉しくないんだからね!!」


 などと、廃れきったツンデレを炸裂しながら、陽菜は照れていた。


 無論、何度も言うが、このアンケート内容では、最下位の人が俺にとって一番優しい彼女ということになる。


 葵さんは、日頃の陽菜から厳しさには裏がある、と信じてこの順位にしたそうだ。


 これに対し、彼氏は両手で顔を覆った。


 絶望しきった顔を隠すようにして。


 「それじゃあ正解発表です。お兄さんの回答は〜」


 桃花ちゃんがそう言って、意地悪くも少し間を置いてから発表した。


 「[1位 陽菜 2位 千沙 3位 葵]......です!」

 「「「......。」」」


 三姉妹が俺に冷めきった視線を向けてきた。


 葵さんの素敵な感想を聞いた後に、俺のこの順位発表である。場が静まり返るのも無理はない。


 「あ、ちゃんとこのアンケートにはそれぞれの順位付けに理由を記載してもらってるので、それもお伝えしますね〜」


 桃花ちゃんが笑うのを堪えながら、傍らに居る悠莉ちゃんに目配せをした。どうやら悠莉ちゃんがアンケート用紙に記載された理由を読み上げるらしい。


 「まず女神様を元の回答の一位もとい今回最下位にした理由は、『日頃からこちらを甘やかしてくれて頼れる先輩だから』だそうです。二位は『特になし』で理由が書かれてないですね」


 悠莉ちゃんの言葉を聞いて、葵さんは照れながら頬をぽりぽりと掻いていたが、千沙からはホワイトボードを投げつけられた。


 まぁ、うん。この質問は一位と最下位には理由があるけど、二位にはないんだ。特筆すべきことがなかったんだ。


 それにしても『特になし』は可哀想だったか。


 「で、見事一位に選ばれた陽菜ちゃんですが......ひッ?!」


 悠莉ちゃんが続きを述べようとしたが、陽菜から放たれたどす黒い瘴気で阻まれてしまった。


 思わず俺も悲鳴を上げそうになったが、それをしたら彼女の機嫌を悪化させるだけと察し、既のところで思い止まる。


 そして陽菜は全く笑ってない顔で俺に言ってきた。


 「和馬の口から聞きたいわ」

 「え゛」


 「私が一位の理由を聞かせてくれないかしら?」

 「......。」


 俺はアンケート用紙に書かれている理由を口にしたら死ぬんじゃないかと思った。


 あ、いや、別にそんな酷い内容を書いた覚えはない。


 アレだ。葵さんが正解発表する前に陽菜をヨイショしたからだ。


 正解と理想のギャップがあまりにも激しかったから、この状況を生んだと言っても過言じゃない。


 なんだあいつ、全然優しくねぇじゃん。


 「和馬」

 「あ、はい。えっとですね、その、いつも、く、口煩いから最下位かなと思いまして、ええ、はい。軽い気持ちでした。はい。決して――」


 「言い訳はいいわ」

 「はい」


 「じゃあなに? あんたが家帰ってきて、靴下をそこら辺に脱ぎ捨てたのを叱った私は口煩かったと?」

 「そ、そういうわけじゃ......」


 「トイレで紙を切らしたままのあんたを叱った私は優しくなかったと?」

 「そ、それはその......」


 「全部だらしないあんたの為にやったことなのに、報われないってこのことね」

 「......。」


 怖ぇよ。マジで怖ぇよ。


 今の陽菜が優しさランキングの最下位たる所以作ってるの気づかないのかな。


 「そ、それでは気を取り直して第二問〜」

 「「「「......。」」」」


 もうやだぁ。まだ一問目でこれだよ。

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