第534話 葵の視点 初恋だったのかな、アレ
ども! おてんと です。
今回から本編に戻ります。
焼肉ジビエパーティーの途中です。
―――――――――――――――――――
「色々なことがあったなぁ」
「ですね」
色々あって中学生の頃、不登校だった私は、あのときコンビニで出会った後輩男子生徒のおかげで変わることができた。
まずは髪を黒に染め直した。
最初は毎日登校できなかったけど、次第に頻度を増やして学校に通い直した。両親と一緒に担任の先生や校長に頭を下げて回ったっけ。
出席日数も普通にアウトだったけど、そこは校長先生の采配だ。
ただその際、私の学生生活復帰に意地悪くも、定期試験では上位に位置しなさいと言われたことは懐かしい。
学生の本分は学習すること。今まで休んで止まっていた分、必死になりなさいと言われたのは、今となって思い起こすと私のための激励だったに違いない。
なので私は努力して、三年生全ての定期試験では学年成績一位の座を勝ち取った。
「ふふ。先輩が卒業するまで、ワタシと一緒の学年一位は誇らしかったですよ」
「同じ一位でも美咲ちゃんの方が得点高かったよね〜。懐かしいなぁ」
で、無事、自分のしたいことも見えた私は農業高校に進学して今に至る。
たしか私が復帰してからしばらくの間は、美咲ちゃんに口を利いてもらえなかった。
怒っていたんだと思う。そりゃあ当時の私は酷いこと口にしてたもんね......。
でも私が必死に謝ったら、いつの間にか彼女は機嫌を直してくれていた。
そこから人間関係もそこそこに、数は決して多くはなかったけど、卒業しても連絡を取り合えるくらいには仲の良い友人も作れた。
本当、色々とすごく苦労したよ......。
「じー」
「っ?! な、なに?」
私と美咲ちゃんが思い出話に花を咲かせていると、目の前に居るカズ君が割り箸を齧りながら見つめてきた。
「いえ、別に。なんか楽しそうですね。自分を省いて楽しいですか?」
「うっ。わ、私にだって言えることと、言いたくないことがあるよ」
どうやら彼は、私の中学生時代の思い出を聞きたかったらしい。
今思えば立派な黒歴史なので、彼には絶対に知られたくない内容だ。
というか、箸を咥えてジト目になるカズ君、ちょっと可愛い。
カズ君は踵を返して、未だに肉を焼いている達也さんたちの下へ向かった。
「そう言えば先輩、あのとき変わることができたのは、一年生の後輩のおかげって言ってましたよね」
「え? ああ、うん」
「その後、再会できたんですか?」
「再会......というか、たまーに校内の廊下ですれ違ったりするくらいだったよ」
「相手もよく話しかけてこなかったですね」
「再会する前は髪を染めていたからなぁ、私」
昨日まで金髪だった人が実は不登校学生で、翌日には髪を黒に染め直したのだから、相手は私のことを認識できなかったんだと思う。
「なら先輩から声を掛けたら良かったのでは?」
「い、嫌だよ。恥ずかしかったし......」
「もし今、その人に会えるとしたら会いたいですか?」
美咲ちゃんのそんな問いに、私は離れていくカズ君の背を見ながら答えた。
「......うん。お礼くらい言いたいかも」
私はそう呟いた後、手にしていた紙コップに口を付けた。
中身は温かい緑茶だ。寒い今にはぴったりの――
「......もしかして初恋ですか?」
「ぶふッ?!」
私は美咲ちゃんの一言に、盛大に吹いてしまった。
何事?!と言わんばかりに、少し離れた所に居る西園寺家の皆が私に注目してきたけど、私はそれを苦笑して、なんでもないと返答の意を示した。
しかし盗み聞きしてたのか、カズ君は再度踵を返して、私たちの下へズカズカとやってきた。
「今、“初恋”と言いました?!」
「ひッ?!」
血走った目で息を荒くした彼が迫ってきたが、美咲ちゃんが私の前に出て彼を羽交い締めにしたことにより、その進行は阻まれた。
「葵さんの初恋は自分じゃないんですかッ?!」
「うぅ。初恋というかなんというか......」
「バイト君、みっともないよ。自分は三股しているくせに、彼女の初恋くらい許容できないのかい?」
「うるせー!!」
彼がジタバタと暴れ出すが、美咲ちゃんの完璧に決まった羽交い締めは彼を捕らえて離さない。
う、うーん。一目惚れ......したのかな? たしかに私が変わることができたのは彼のおかげだけど、好きになってドキッとした覚えは......。
などと、私は今の交際相手を前に、とても失礼な悩みに頭を抱えていた。
本当は嘘でも『初恋じゃないよ』くらい言って、彼に余計な不安を抱かせないようにしたいんだけど......。
「名前はッ?! そのクソ野郎の名前はなんですかッ!!」
く、クソ野郎って......。
「それが私も聞きそびれちゃって......」
「嘘吐けッ! 初恋の人の名前を知らないわけないだろッ!」
「こら。暴れるんじゃない」
「う、嘘じゃないよ。こっちから関わる気はなかったし。あと敬語使ってね」
「嘘だぁ! 絶対、卒業する前にそいつの制服の第二ボタンとか貰ったんでしょ?! うわぁぁあん!」
「在校生のボタンは貰わないでしょ。その人を困らせちゃう」
彼は盛大に男泣きを始めた。
すごく申し訳ないけど、嘘は吐いていない。
というか、当時の私にそんな余裕なかったからね。
学生復帰してから必死に勉強して、生徒会の仕事を手伝ったり、ボランティア活動もしたりして、“変わった”ことを先生たちにアピールしてたもん。
言い方はあれだけど、出席日数が足らなかった私は、先生たちに評価してもらうために色々と努力をする必要があった。
まぁ、それでも名前くらいは知っておくべきだったと後悔するくらいには好意を抱いていたと思う。うん。
「......。」
「うわぁぁあああん!! なんでそんときの俺は葵さんにアタックしなかったんだ!!」
「したらワタシが処したから」
私は今も尚、美咲ちゃんによって拘束されている彼をじーっと見つめた。
そう言えば、あのときの後輩男子......前のカズ君みたいに黒縁眼鏡をしていた気がする。
当時はあまり他人と目を合わせたくなかったからか、私は人の顔を見ようとしなかった。だから私が中学校を卒業してから今に至るまで再会したことはない......はず。
改めて思い返すと、とてもじゃないけどアレは初恋に思えない。確かに恩は感じてるけど......今となっては顔も忘れちゃってるし。
「......まさかね」
「?」
「先輩?」
一瞬、もしかしたらあの後輩男子はカズ君だったのかなと思ったけど、それは絶対にないという結論に至る。
だってカズ君と違って呼吸するようにセクハラを言わなかったし、私の胸や足などを舐め回すように見てこなかった。
すごく紳士だった。
少し地味な印象があったけど、優しくて、賢そうで、部活で身体を鍛えていて......。
......あれ、初恋なのかな?
とにかく、そんな人が仮にカズ君だったとして、どんな心境の変化があって今のカズ君になるの(笑)。
そしてなんだか急に目の前の三股彼氏に意地悪したくなったので、私はあることを口にした。
「やっぱり私の初恋はカズ君じゃなかったみたい」
「ぅあひゅ」
「あ、気絶した」
もう一度あの人に会えたら、今度はちゃんとお礼を言おう。
そう誓った私であった。
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