閑話 葵の視点 私は不良娘かもしれない
「今日は何にしようかな」
不登校生活が続くこと三ヶ月が経った頃合いだろうか。私は夜間帯に、よくスイーツを買いにコンビニへ赴いていた。
日中は家業を手伝って、夜は遊びに出歩くという生活リズムが成り立ってしまった。
正直、この生活を満喫していると言っても過言じゃない。
学校に行かなくても私には家業があるという気持ちが大きくなって、それが今の私を支えているのだろう。
私はそんなことを思いながら、本日のスイーツを選びにアイスコーナーへと向かおうとしていた。
「......。」
ふと視界に写ったのはこの空間の角、御手洗いのドアに備え付けられたミラーである。
そこに写っていたのは金色の長髪の女子中学生――
「未だに慣れないなぁ」
そう、私は何を血迷ったのか、気づいたら黒髪を金髪に染めていたのである。
グレたんだ。知らないうちに私はグレてしまって、髪を金色に染めてしまったんだ。
不登校な上、夜遊びするわ髪染めるわで自分自身が情けない。
「......美咲ちゃんには見せられないや」
私が髪を染めたのはつい数日前のことで、それよりも前から美咲ちゃんが私を心配してうちに来なくなったのがきっかけになる。
なぜ美咲ちゃんが関係しているのか上手く言い表せないけど、ほんの興味本位で髪を染めてみた。
私は自分が内気な性格だということを知っているので、こうして金髪姿の自分を見ると違和感しかない。
家族も軽く引いていた。あ、千沙だけは、綺麗に染めましたね、と褒めていたっけ。さすがうちの次女である。
「......。」
......染めなきゃ良かったかも。
なんて今更な後悔をした私は、
「すみません、そこの雑誌を取りたいんですが」
「っ?!」
視界の端から男性の人に声を掛けられてしまった。
声のする方へ振り向くと、そこには全身ジャージ姿の黒髪黒目で黒縁眼鏡を掛けた男性が居た。
私より年下かな?
って、あのジャージ、うちの中学のじゃん。たしか陸上部の......。体格が良いから、一瞬、高校生に見えちゃった。
「あの」
「あ、す、すみません」
私はそそくさとその場から離れ、つい手にしてしまった雑誌で顔を隠した。
私がいつまで経っても、雑誌を手に取らずにボーッとしていたから、声を掛けてきたんだろう。
というか、思わず取ってしまったこの雑誌......クゼシィだ。結婚には興味ないんだけど......。
不登校だし。
雑誌を手にした彼は、もう片方の手に買い物かごを持っていて、その中には夕食と思しきお弁当が入っていた。
彼はお目当ての雑誌を手に取った後、私に対して軽く頭を下げてからその場を去った。
私は彼が同じ中学校の生徒......おそらく後輩だと思える人を見て、目を合わせること無くやり過ごした。
「はぁ」
上手くやり過ごせた私はホッと安堵の息を漏らしてから溜息を吐いた。彼は私のことを知らないと思うけど、すごく緊張した......。
*****
「今日はどれにしようかなぁ」
翌日、相も変わらず私はコンビニでアイスを選んでいた。
決めたのは期間限定の餡蜜きなこ餅アイスである。
その商品を狙って手を伸ばした先で、
「「っ?!」」
誰かの手とぶつかってしまった。
ほぼ条件反射の如く、慌てて引っ込めてぶつかったことを謝罪した。
「ご、ごめんなさい」
「い、いえ、こちらこそ」
ぶつかった相手の手からして、おそらく異性の手だ。シワとか無かったし、声からして、おそらく歳は近い。
というか、この声......。
「「あ」」
顔を上げて、視界に相手を収めた私は気づく。
目の前の人......昨日雑誌コーナーで会った人だ。それでもって昨日と同じく、陸上部の全身ジャージ姿である。
彼も私の存在に気づいたのか、軽く会釈してからお目当ての商品を手に取ってレジへと向かっていった。
この時間帯に来るのかな? 偶々とは言え、連日して遭遇するとは。まぁ、
ちなみに彼の手には昨日と同じく買い物籠があり、その中には夕食と思しきお弁当があった。
「影薄いな......」
ボソッと呟く私であった。
*****
「ね、俺らとカラオケ行かね?」
「奢るからさ」
「......。」
翌日。今日も今日とてコンビニスイーツを選ぼうと入店しようとした私に、困ったことが起きてしまった。
ナンパだ。おそらく。
相手は二人。学ランの中にお気に入りのパーカーなど柄のある服を着ている不良っぽさそうな人たちだ。
たぶん高校生なんだろうな......。まさかコンビニ手前の駐車場に足を踏み入れてからの僅かな時間で、声を掛けられるとは思わなかった。
ああ、こんなことならコンビニ行くのやめておけばよかった。
私が家を出るときに家族がよく止めに入ったけど、現実にこういった問題って本当に起こるもんなんだ。夜間帯に出歩くリスクを今になって思い知った私である。
などと、他人事のように考えていた私は、内心恐怖でいっぱいだった。
「す、すみません、遠慮します」
「なんでさー」
「俺らが行くカラオケ、すっげぇ美味しいスイーツあるんだぜ?」
二人は更に私の方へ近寄ってきて、うち一人が私の肩に手を乗せてきた。
その行為にビクッと肩を震わせた私は、思い切って声を出そうと思った。
コンビニは目と鼻の先だし、中には店員や他の客が居る。もしかしたら気づいてくれるかもしれない。
大丈夫。隙を突いて――
「っていうか、君さ。めっちゃ髪綺麗に染めてるね」
「どこの美容院?」
「え?」
「中学生か? いや、高校生か。こんな時間帯に出歩くってことは、そこそこストレス溜まってんだろ?」
「そうそう。パーッと発散した方が絶対良いって」
「い、いや、私は――」
「大丈夫だって。何にもしないから」
「おい、信用ゼロだって(笑)」
「あ、ちょ――」
私は二人に背を押されて、コンビニから遠ざかっていった。
二人は陽気に話しながら、私をどこかに連れて行こうとする。それになんだろう、煙草やお酒臭いのが私の鼻に届いた。
この人たち......やっぱり不良だ。
今更そんなわかりきったことを実感した後、私は恐怖で身を震わせてしまった。
「はい。あとどれくらいで来れそうですか。......はい、わかりました」
「「っ?!」」
「あ」
すると背を向けたコンビニの方から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
そちらの方へ視線を向けると、そこにはここ最近、偶然にもよく会ってしまう彼が居た。相変わらず全身ジャージ姿で、上着は上までチャックしている真面目そうな印象だ。
「特徴ですか? 一人は紫のパーカーの上に学生服で、片耳にピアスをいくつかしています。もう一人は坊主頭です。どっちも美瑠美瑠高校の男子生徒かと」
「お、おい、あいつ」
「ちッ。行くぞ」
彼は携帯を手にして、私を挟んでいた二人の特徴を誰かに伝えていた。
いや、そんなの決まっている。
警察だ。
警察なんて単語、彼は一回も口にしていないけど、その内容から連想させるのは容易かった。
不良の二人組は早々に私から離れて、どこかへと走り去っていった。
彼は通話途中なのに、手にしていた携帯をポケットの中にしまい込んで私の方へとやってきた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。あの、警察は......」
「ああ、脅しでやっただけです。演技ですよ。警察なんて一言も言ってませんしね」
「そ、そうですか......ありがとうございます」
どうやら通報しているふりだったみたい。
私は私を助けるために演じてくれた彼に頭を深く下げてお礼の言葉を口にした。
その際、伸ばしていた金色の髪が、ぱさりと垂れ下がるのが視界に入る。
......私が髪を染めて、不良娘っぽくしていたから、あの人たちは声を掛けてきたんだ。
たぶんあの人たちがしちゃいけない喫煙や飲酒をしていたのと、私が髪を染めた理由は似たような理由なんだろう。
年不相応に背伸びしようとして、拗らせた様は本当に惨めな気がした。
「......。」
「......家、近所まで送りますよ」
「......ありがとうございます」
私は彼の申し出を断ることができず、帰路を共にしてもらった。
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