閑話 美咲の視点 尊敬と我慢

 「西園寺、体育祭当日のスケジュールの提案書、よかったぞ」

 「ありがとうございます」


 日が暮れる時間帯、ワタシは職員室にて、年間行事担当の男性教師、石田先生に褒められていた。


 再来月には体育祭があって、当日の計画書を提出したのだが、どうやら指摘もなく通ったらしい。


 例年の体育祭のスケジュールを模せば計画書は作れると思われるかもしれないが、うちの中学は毎年、競技種目や参加人数が異なってくる。


 年代によって生徒数が違い、それに伴ってクラスの数も変わってくるので、競技によってはできるできないがあるからだ。


 そこから各競技の準備、お昼休憩等の時間配分を考慮して計画書を提案したのだが、まぁ、指摘も文句もなく通るのはわかっていた。


 「さすが生徒会長だ。まだ会長になって間もないのに頼りになる」

 「去年から生徒会に入ってましたからね。大体のことは学びましたから」


 ワタシは謙遜の言葉を並べた。


 去年入学したワタシは生徒会役員に立候補した。役職は書記。しかし任期の後半からは生徒会長の補佐として学びながら職務を全うしていた。


 それもこれも先輩――葵さんのためだ。


 「どうした? 浮かない顔して」

 「......いえ、なんでもないです」

 「疲れたか? まぁ、無理もないよな。新しく入った生徒会役員は同級生・後輩限らず、生徒役員自体が初心者なんだから」


 確かに生徒会役員はワタシ以外全員初心者だ。でも苦になったことはない。


 ワタシ一人で大体のことはできるし、仕事を指示すれば従ってくれるから、もし苦労する羽目になるとしたら、きっとそれはワタシの指示が曖昧だからで、役員個々の実力は関係ない。


 そもそも生徒会と言っても、やることはそこまで多くないのだから。


 ワタシが気にしていたのは当年度の生徒会がどうのじゃない。


 葵さんのことだ。


 「あの、石田先生は三年一組の担任ですよね」

 「? ああ、そうだぞ」


 「中村葵という方が不登校ということをこの間知りました」

 「ああ〜中村かぁ」


 ワタシが口にした名前を、目の前の男性職員は何かを思い出したかのように言った。


 先輩が不登校になったと知ったのは一ヶ月前。実際に不登校が始まったのは二ヶ月前。三年生になる少し前の頃だ。


 ワタシは中学生になってから先輩と校内で話したことはない。廊下ですれ違ったときに挨拶を交わすくらいだ。


 先輩は昔から頼りになる人で、ワタシにとって憧れの存在でもあった。


 きっと周りの人間も彼女のことをそんな存在として接していたに違いない。そう思ったからこそ、中学ではワタシもそれなりに胸張っていられるよう、完璧な人になろうと努力した。


 実際、自賛できるくらい完璧な人になれたし。


 授業の内容も意外と簡単なもので、定期試験なんて日頃の復習の塊に思えたし、人間関係だって人によって言ってほしいこと、聞いてほしいこと、してもらいたいことをするだけで、円滑に築き上げることができた。


 たぶんワタシは器用な方だと思う。だから入学してから今に至るまで、学生生活で困ることはなかった。


 だから今のワタシなら、先輩の近くに居てもなんら恥をかくことはないと思った。


 なのに、


 「先ぱ――中村さんが不登校なのはなぜですか?」


 先輩はワタシの知らないところで不登校になっていた。


 最初は信じられなかった。


 上級生の間の人間関係までは知らないが、少なくとも先輩の悪い噂は聞いたことがない。


 これがもしも先輩がイジメを受けていたのなら、ワタシは持てる力を駆使して先輩を護ろうとしただろう。


 たとえ本人に拒絶されても、だ。


 だが実際はそんな必要は皆無だった。


 「それが先生にもわからなくてだな......」

 「そんな体たらくでいいのですか」


 「き、厳しいな。最初は不登校になる前、三日に一回の頻度で休むことは多かったのだが、それが次第に増していったんだ」

 「ご両親に事情は聞きましたか?」

 「一応な」


 理由を中村家ご夫妻から聞いているのにわからない?


 ワタシは頭上に疑問を浮かべながら催促した。


 「その理由を聞いても?」

 「駄目だ。いくら生徒会長とは言え、これは中村本人の問題だからな。無責任と思ってくれてもいいが、先生の立場としてできるのは、“生徒たちが育つ環境を整える”だけだ」

 「......。」


 即答で断られてしまった。


 “生徒たちが育つ環境を整える”......か。


 おそらくそれは勉強という授業面であったり、運動という部活面であったりと、各々で進んで学習できる環境を指しているのだろう。


 そして人間関係の面もその範疇だ。


 石田先生の話からすれば、おそらく先輩は人間関係で何か拗らせた気がする。


 さすがにイジメなんてものがあって無視するほど腐っている学校とは思えないが、生徒間の立ち位置まであれこれと口出しすることはないのだろう。


 だから“先生”としては動かない。ここで過度に干渉しても生徒の為にはならない。


 本人から頼られてもいない状況ならば尚更だ。


 「わかりました」

 「......生徒会長だからって、上級生の個人的な問題まで関わる必要は無いんだぞ?」


 石田先生はワタシが生徒会長だから責任感を抱いていると思っているのだろうか。


 そんなことはない。先輩の個人的な問題ならワタシは関わらない。


 だって先輩は強い人だから。


 今の状況でワタシを頼ろうとしないのは、ワタシを頼りにしていないだけであって、もしくは頼りたくないだけなのかもしれない。


 なら彼女の意思を尊重すべきだ。


 それが先輩を慕うワタシにできることだ。

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