閑話 葵の視点 正解と不正解
「中村さ、俺と付き合わね?」
「......え?」
中学生になって半年が経った頃合いだろうか。日が暮れていくに連れ、寒くなっていくこの時期は正しく秋のそれであった。
そんな時期に、私はクラスメイトの男子から告白された。
彼とは小学生からの友人で、中学に入ってから陸上部に所属した彼は、容姿共に人気のある人物だから、彼の周りにはよく人が集まっていた。
そんな彼と私は同じ委員会に所属していて、放課後に係の仕事があるときはよく一緒に活動していた。
ちなみにその委員会の仕事とは、普段清掃しない箇所の清掃である。空室の掃除の他、夏は中庭の池の掃除、冬には近所の落ち葉掃除など、生徒たちからはあまり人気が無い委員会だ。
今は、私と彼が学校周辺のゴミ拾いと落ち葉掃除をしている。私は竹箒で落ち葉を集め、彼はトングを持って煙草の吸殻や空き缶を拾ってゴミ袋の中に入れていた。
「いや、だからさ。付き合ってくれねって話」
「な、なんでまた急に......」
彼の告白はちゃんと聞いていた。
正直、嬉しいという気持ちより、驚いている気持ちの方が大きかった。
別に私と彼は仲が良くも悪くもない。偶々同じクラスメイトで、同じ委員で、他の人よりはほんの少しだけ話す機会が多かっただけの仲だ。
だから彼が私のどこを好きになったのかが全くわからなかった。
「なんとなく、的な? どう? あ、今じゃなくてもいいよ、返事は」
「そう言われても......」
私は彼のことが好きじゃないし、嫌いでもない。
それに私だって女の子だ。人気者の彼から告白されたら多少は動揺するし、意識せざるを得ない。
でも、
「断ろうかな?」
「即答かよ」
「だってほら、掃除中に告白されてもさ......」
「ま、まぁ、たしかにムードとかなかったよな。ごめん」
クラスメイトのとある女子が、彼のことを好きだったのは知っていた。
義理立てたいわけじゃない。でもその子とはよく話すし、お昼休みだって一緒に過ごすことが多い。
だから友達が好きな男子と恋仲になるほど、私は彼のことを好きにはなれなかった。
「はぁ。フられちまったかぁ......」
「なんかあっさりしてるね」
「まぁな。元から上手く行くとは思ってなかったんだよ」
「そ、そう。それなのに告白したんだ」
「ワンチャンあるかなって」
「それは残念だってね」
彼の軽い言動に若干弄ばれた気分になった私は、意地悪くそう返事をした。
そんな私に彼は諦めがついた顔つきで言ってきた。
「やっぱ好きな奴居るの?」
「え、いないけど」
彼は私が素直に自分をフッた理由を話さないと思ったのか、如何にも信じてなさそうな様子だった。
そりゃあそうだ。年頃の男女に色恋沙汰はつきもので、私だって否定できない。
でも女子から人気のある男子を見ても格好いいな程度のもので、より仲を深めたいなんて思うことはなかった。
たぶんそう思ってしまうのは――私の家が農家だからだ。
「にしても、中村はめっちゃモテてるよな〜」
「え?」
すると彼が不意に聞き捨てならないことを言ってきた。
「いや、クラスメイトの男子もそうだけどよ、
「し、知らなかった......」
「いやいや。お前、マジですごいから」
私はそこまで人気だったんだ......。
でも私は農家の子で、毎週土日は家業を手伝っている。放課後もそうだ。仕事を面倒くさいと思うことはあるけど、嫌いじゃなかったし、なにより直売店でお客さんと接するのが好きだ。
だから特定の誰かと恋仲になると、今の生活を失いそうで、天秤にかけるとどうしても家のことに傾いてしまう。
それに相手だって部活をしていたら、交際相手と一緒に居られる時間は少ないだろう。
今は恋人を作るより、学校生活の中で友人と一緒に過ごす時間を作りたい。
目の前の人気者な彼と付き合ったら、きっと彼のことが好きなあのクラスメイトとは仲良くできないだろう。たぶんだけど、そんな気がした。
「ああ〜、抜け駆けできなかった〜」
「ふふ」
「笑うなよ!」
その後、私は同級生や上級生に限らず、告白されることが多くなっていった。
*****
「え、また断ったの?!」
「う、うん」
「なんで?!」
「なんでって......好み?」
うわぁ、と引き気味に私のことを見つめてきた友人の顔は見慣れたものだった。
あと少しもすれば私は中学二年生となって、後輩ができる立場になる。といっても、部活に所属していない私にとっては、あまりそういった関係が作れるとは思えないけど。
お昼休みの今、私は友人と恋バナのようなことをしていた。実際は私が異性から告白されてそれを断っただけの話なんだけど、これが不思議なことに翌日には噂になっている。
たぶんだけど、相手は玉砕覚悟で私に告白するから、おふざけ半分で周囲と話しているんだろう。
正直、私にとっては迷惑以外の何ものでもない行為だ。
誰に告白されようと、今の私には付き合う意思が無いのだから。
「昨日告白されたのって、サッカー部の副部長の武田さんよね」
「うん、たしか」
「すっごいイケメンじゃん。なにが不満なの?」
「不満というかなんといか......」
「葵って贅沢だよね〜」
「......。」
私は贅沢者なんだろうか。
ただやっぱり人気のある異性から告白されると、それに合わせて特定の女子から嫉妬されることが多くなった。
もちろんイジメは起こっていない。ただ今まで仲良かった友達と話すことは無くなった。
私が話しかけても会話は続かなかったり、一緒に居ても話を振られることがなかった。
避けられている感じがするんだ。
それがすごく辛くて悲しかった。
......何がいけなかったんだろう。
「葵、いっつも好みじゃないって言って断るけど、その好みはなんなん?」
「......内緒」
「好みくらい教えてよ〜」
今の私に好みはない。ただの言い訳だ。今の生活が崩れてしまいそうで、それらしい理由で告白を断ってきた。
そんな曖昧な返事がいけなかったのか、“自分なら”という気持ちで、私に寄ってくる異性は多い。
「まひるー、部活のミーティング行こ〜」
「あ、そうだった」
不意に目の前の女子の名前が呼ばれて、彼女は何かを思い出したかのように、昼食を勢いよく口の中に放り込んでこの場を去った。
「......。」
残ったのは私だけだ。
他に一緒に昼食を共にしていた友達は居ない。皆、輪を作って仲の良い人同士で賑やかにしている。
以前の私はその一部だったのに、今では一人で寂しく休み時間を過ごしている。もし私がどこかの部活に所属していたら、もう少しマシだったのかもしれない。
少し前までは楽しかった学校生活が、居場所が無くて孤独を感じるような場に思えた私だった。
*****
「今日から美咲ちゃんと一緒♪」
二年生になった私は、一つ年下の美咲ちゃんとまた同じく学生生活が送れることに期待していた。
流石に入学初日から彼女に会いには行けなかった。なので新一年生が入学してから色々と落ち着いた後、彼女の教室に遊びに行こうと思った。
正直、すごく躊躇った。
常に一緒に居られる友達が居ない私を後輩に晒す気がしたけど、うん、まぁもういいかな。
「なんか久しぶりに会う気がするなぁ」
私が中学生になってから、お互い一緒に居る時間は少なくなっていった。
以前ほど付き合いは良いとは呼べない。それでも今の私には、仲が良かった美咲ちゃんの存在が大きかった。
そんなことを思いながら、私はどこか懐かしく感じる一年生のフロアを歩いていた。
美咲ちゃんの居る教室へ着くと、さっそく彼女を見つけることができた。
「あ、美咲ちゃん―――」
「放課後うちで遊ぼうよ!」
「いーや、美咲ちゃんはバスケ部の練習試合に付き合ってくれる約束してるから!」
「ええー!」
彼女の周りには数人の女子が集まっている。
声を掛けようとした私はピタリと動きを止めてしまった。
「そうだね。今日の放課後はバスケ部と約束があるから、明日でいいかな?」
「なら我慢してあげるー」
「何様だよ!」
「あははは」
......出直そう。美咲ちゃんは人気者だなぁ。
年齢を重ねるに連れ、彼女は大人っぽくなっていくから、なんだか私の知る美咲ちゃんじゃない感じだ。
「はぁ......。これからどうしよ」
一人、自身の口から漏れる溜息がやけに大きい気がした私であった。
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