閑話 むかしむかしあるところに・・・

 快晴、夏の空。太陽が大地を熱し、大地は空気を熱し、どこに向かおうと蒸し暑さを感じるこの季節は、何もしなくても万人に汗を浮かばせていた。


 それは人で賑わう都会であろうと、長閑な田舎であろうとそう大差ない気温であって、殺人的猛暑とも言える。


そんな中、時折吹く風が涼しいのはなんとも心地の良いものであった。


 「もう泣かないでよー」

 「ひっぐ......だって、だってぇ」


 とある田舎に二人の少女が居た。


 一人は肩まで伸ばした黒髪の少女で、もう一人は肩より上まで短くした黒髪の少女である。


 前者は白のワンピース姿に麦わら帽子で、後者はややボーイッシュに半袖半ズボンであったが、可憐な少女に見えるくらいの容姿は兼ね備えていた。


 二人は幼少からの付き合いで、親たちの仲が良かったことから、毎日のように二人で遊ぶ日が多かった。


それは小学生低学年となった今でも変わらない日常である。


 そして泣いていたのは見た目がボーイッシュな少女の方で、もう一方の少女は友人が泣き止むようにあやしていた。


 「私は大丈夫だって。ね?」

 「でも、はな、鼻血が止まらないよぉ。死んじゃうよぉ」

 「し、死なないよ......」


 嗚咽混じりにそう言ったのは西園寺美咲だ。


 彼女が怪我をしたから泣いているのではない。友人である中村葵が鼻から血をポタポタと流す痛々しい様を見て心苦しかったからだ。


 流れ落ちる鼻血は、葵の白のワンピースを部分的に反転するかのように染め上げていた。


 それを目にする度、美咲は繰り返し謝っていた。


 「ごめんなさい。ボクのせいで......ごめんなさい」

 「美咲ちゃんはわざと私を押したんじゃないでしょ」


 「う、うん。でも......」

 「それにほら、こうして......こうすれば、そのうち止まるよ」


 葵はポケットの中から携帯用のティッシュを取り出して、そこから一枚引き、適当な長さに千切って巻いてから、それを自身の鼻に突っ込んだ。


 すると血は流れ落ちること無く、詰め込まれたティッシュによってせき止められていた。


 葵が鼻血を流していたのは、後ろから美咲に押されて転んだ際に、自身の鼻を地面に叩きつけてしまったことが原因だが、怪我をした本人はこれを気にした様子はない。


 美咲が故意にやったことを疑ってはいない上に、怪我をして泣きたい自分よりも泣きながら謝られる方が居た堪れなかったからだ。


 故に中村葵は怪我をしても友人をあやしていた。


 「で、でも、この前もボクを助けてペグに噛まれてたし......」

 「あれは首輪のチェーンが外れてたのが悪いんだよ」


 「その前は男子たちのちょっかいに葵ちゃんを巻き込んじゃったし......」

 「あれも美咲ちゃんが悪いんじゃなくて、男子たちがいけないんだよ」


 美咲の言うペグというのは近所の飼い犬の名前のことで、その図体は子供を上回るほどである。


 その家の前を美咲が通った際、ペグは彼女を格下の存在と見たのか、まるで得物でも見つけたかのように凶暴にも襲いかかった。


 しかし偶々居合わせた葵が、木の枝を片手に助けに入ったのだが、結果として彼女の右足を噛まれてしまった。


 また同年代の男子は年相応にも異性に悪戯をしがちなもので、弱気な美咲はよくその対象になっていたのだが、それも葵の介入によって阻まれていた。


 今回の事故だってそう。美咲が転びそうになったとき、偶々葵が彼女の前を歩いていただけで、その背を押してしまったからにすぎない。


 「いつも......いつも迷惑ばかりかけてごめんね」

 「だーかーらー」


 そこまで言いかけて、葵は続きを口にすることを止めた。


 きっと美咲が心配することではないと言っても、彼女は自分を責めるし、私に謝ってくる。自分が何を言っても意味がないのなら、後は美咲自身の問題だ。


 実際、葵は自分がどんな目にあっても怒ったことはなかった。多少、言い合いや喧嘩をしたことはあっても、それは双方に非があったからであって、一方的なものではない。


 今回に至っては、こうして辛そうに謝ってくる美咲に、優しい子だなという印象さえ覚えてしまった。


 そう思って葵は一つ年下の美咲に微笑みかけ、彼女の手を握る。


 「さ、帰ろ! 美咲ちゃん!」


 美咲が泣き止んだのち、笑顔を取り戻したのはそれから数十分後のことであった。

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