第533話 合格祝は何を差し出すべきか

 「「「「「「合格おめでと〜!!」」」」」」


 天気は晴れ。本日は寒いながらも、外でバーベキューをしていた。


 場所は西園寺家の中庭。西園寺家の皆さんはもちろんのこと、この場にはバイト野郎と葵さんの姿もある。


 冬休み真っ只中の本日は、会長の進学祝を開催していた。指定校推薦ということから、早々に志望校の合格が確定したのである。


 「いやぁ、四月からは美咲ちゃんと一緒の大学かぁ。よろしくね!」

 「はい。今後ともよろしくお願いします」


 会長はぺこりと頭を下げた。


 敬語に加えてお辞儀......校長には絶対にしない所作を葵さんに向けてするとは、会長にとっての価値基準はなんなんだろうか。


 思わずそんなことを思ってしまう。


 「まさかうちの家庭から大学行ける子がいるなんてねぇ......」

 「嬉しいなぁ」


 陽子さんと健さんが感動した面持ちで居た。


 そう、達也さんは家業を継ぐべく、高卒で今に至る。会長は何を目指しているのかわからないが、それでも大学に行けるくらい頭が良いという事実に、両親は感動して仕方がないのだろう。


 「あう、あうあ!」

 「ふふ。秋人もおめでとう、だって」


 ちなみにこの場には凛さんと達也さんの息子、秋人君も母親に抱き抱えられて居る。


 寒い中、生まれて数ヶ月の子を外に連れ込むのはよろしくないが、あまり人様の子育てに口出しするものではない。それに今日はバーベキューだ。秋人も一緒に楽しもう。


 授乳の際にはぜひ俺にも分けてほしい。


 「カズ君、怒るよ」

 「あ、はい」


 俺が凛さんの豊満な胸を見ていると、横に居た葵さんに叱られてしまった。その冷え切った声はどこか呆れの念が込められていて、俺が向けていた視線の先に気づいていると言わんばかりだ。


 ほんっと女の人って鋭いよね。


 仕方ない。凛さんとの搾乳プレイは諦めて、葵さんとの未来に賭けよう。


 生まれてくる子に一滴もやらん自信が湧いてきたわ。


 マジで自分はクズ野郎と思う今日此頃。


 「ふふ。バイト君は搾乳プレイでミルクを味わいたいのではなくて、しゃぶりつきたいだけかな?」

 「いえ、味わいたい気持ちが七割ってとこですね。あと掘り返さないでください。怒られるの自分なんですよ」

 「怒られたくないなら、まず味わいたいなんて言わないでよ」


 失敬。自分に嘘吐いて生きたくないもので。


 で、なぜこんなくそ寒い中、中庭でバーベキューしているのかっていうと、健さんの知り合いでジビエ肉の処理に困っていた人がいたらしく、お裾分けというかたちで体力にいただいたので、今日のお祝いにパーッと消費しようという話になったのだ。


 鹿肉、猪肉、熊肉と色々だ。どれも貴重な体験だから、本当に農家でバイトしてて良かったと思えるくらい俺は現金であった。


 ちなみに誘われたのは俺と葵さんの他に、中村家の面々も呼ばれたのだが、案の定、本日の日付に変わって数時間後に誘われたものだから、来れる人が限られてしまった。


 中村家ご夫妻は通常業務、陽菜は友達とお出かけ、千沙に至っては寒い中、外に出てまでバーベキューしたくないなど、それぞれ来れない理由があった。


 若干一名、生意気な妹は連れてこようと思えば連れてこれるが、そんな奴を連れてきても西園寺家の皆に失礼なので止めた次第である。


 故に俺と葵さんが代表してお祝いしに来たのだ。


 「美咲ちゃんの私服姿、絶対格好いいだろうなぁ〜」

 「そんなお洒落する気ありませんよ。先輩と違って男作る気ありませんし」


 「う、うるさいな。異性云々じゃなくて、せっかくだからお洒落したらいいじゃん」

 「と言っても、そこまで服は持っていないんですよね」


 「あ、じゃあ今度一緒に買物に行かない?」

 「いいですよ。行きましょう」


 ......。


 会長、マジで葵さんのこと尊敬してんだなって思う。


 だって、葵さんを見る目がマジで親しい仲にある先輩を見つめるそれだもん。なんだろ、二人が一緒に居たのって中学までだよな?


 いくら西園寺家と中村家が親しい間柄だからって、あんな男が入り込めないほど、仲睦まじい空間作り出せないぞ。


 何度も言うが、あの会長が、だ。


 自分以外の人間を猿にしか思ってないあの会長が、だ。


 「おーい、焼けたぞー」


 すると達也さんのそんな声が聞こえてきたので、俺はそちらを振り返った。


 そこにはトングでカチカチと音を鳴らしながら、バーベキュー用のグリルで肉を焼いていた達也さんと健さんが居た。また近くで火を起こしたドラム缶の周りに、凛さんや陽子さんの姿が見える。


 俺は紙皿を持って、達也さんたちの下へ行き、美味しそうな匂いを漂わせるジビエ肉を受け取った。


 「美味しそうですね!」

 「冷凍してあったが、臭みはそんなねぇからうめぇと思うぞ!」


 俺はさっそく塩のみで味付けされた肉を口の中に放り込んだ。


 瞬間、口の中で肉汁がぶわっと広がった。炭火特有の味わいが最高だ。それに脂はしっかりと乗っていて、噛めば噛むほど旨味が出てくる。


 「これは......鹿肉ですか?」

 「おう! よくわかったな!」


 ただの勘に過ぎないが、なるほど、これが鹿肉か。


 俺は鹿肉を咀嚼しながら、まだ焼かれたジビエ肉を受け取っていない葵さんと会長を見やった。


 「前から思ってたんですが、会長、すっごい葵さんに懐いてますよね」

 「? ああ、ガキんときからの仲良しだな」


 俺がそう呟くと、網の上の肉をひっくり返しながら、達也さんがそう答えた。


 そう言えば以前、葵さんが会長とは小さい頃からの友人だったけど、中学生になってから先輩と後輩の関係になったと言っていた。


 普通、仲良くなると先輩後輩の関係から友人の関係になると思うけど、彼女たちはそうじゃないらしい。


 ちなみに俺は会長と同じ中学校出身だから彼女のことは高校に入る前から知っていた。


 が、聞けば葵さんも俺たちと同じ中学校出身らしいじゃないか。でも葵さんを校内で見かけたことはない。


 だから会長と葵さんが中学時代からの仲良しと言われてもピンと来ないのだ。


 「それに会長、葵さんには敬語だし」

 「心から尊敬してっからよ」

 「なんの冗談です? あの会長が誰かに尊敬の念を抱くなんて」

 「ああ、いっそ怖いよな」


 などと、本人が聞いたら怒りそうなことを口にする俺らであった。


 俺らがそんな会話していると、いつの間にか話題の人物たちが紙皿を片手にやってきた。


 「肉」

 「おうよ。食いすぎて太らねぇようにな」

 「女性に失礼ですよ、達也さん」


 肉という単語を口にする会長と、苦笑を浮かべる葵さん。二人が並ぶと色々と正反対なところがあるように思えた。


 強気で厳しい美咲さんと、弱気で優しい葵さん。


 後者に至っては極端な言い方かもしれないが、二人を比較するとそんなふうに分けて見てしまう。


 俺は中学時代の葵さんがどんな人だったのか気になっていたので、二人に聞いてみることにした。


 「気になったんですけど、葵さんと会長は昔から仲良しなんですよね?」

 「え?」

 「そうだけど」


 俺の急な質問に間の抜けた声を出したのは葵さんだ。一方の会長は恥ずかしげもなく、平然と肯定を口にした。


 「会長は中学校でよく見かけましたけど、葵さんと仲良くしているところなんて見たことありませんよ。それどころか、葵さんを見かけた覚えすらないです」


 割とドストレートに言ってしまったが、まぁいいや。別に葵さんの影が薄いと言いたいわけじゃないし、葵さんみたいな美女が同じ校内に居たら、普通は少なからず覚えているものだ。


 特に和馬さんみたいな変態はな。


 「「......。」」

 「?」


 俺の問いに、二人は互いに見つめ合った。


 「先輩、まさかまだ言ってないんですか?」

 「い、言いたくなかったからね」


 え、なに。そんな秘密にするような関係だったの?


 それは三股彼氏としては見過ごせないわ。実は二人は百合な関係だったとか? そんなの悠莉ちゃんだけでいいよ。


 そう思っても中々聞き出せない俺であった。



――――――――――――――――――



ども! おてんと です。


次回は一人称の視点ではありません。

ちょっとした過去編になります。


それでは、ハブ ア ナイス デー!

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