第453話 彼女と花火とセフレと

 「着きました」

 「あ、あっという間だったね......」

 「まぁ、お巡りさんがパトロールしてたら終わってましたが」


 聞かなかったことにしよう。田舎に法律は無いのである。


 穴場スポット付近に辿り着いた私たちは近くにバイクを駐めて、あとは眼前の長い石段を上れば到着である。頂上にはきっと陽菜と千沙が居るだろうから、顔を合わせることになる。


 「......。」


 どんな顔して会えばいいんだろう......。


 和馬君のセフレになりました、とか既存の彼女たちに言えない。


 かと言って、彼女になりました、などと口が裂けても言えないのは事実である。


 彼女たちに向かってセフレ宣言は殺されちゃうよ......。どうしようかと考えていた私に、和馬君が私の肩をぽんと叩いて微笑んでくれた。


 その優しげな笑みはこちらの悩みを解決してくれるものだと悟った。


 さっすが和馬君! 頼りにな――


 「一緒に怒られましょ」

 「......。」


 そっかぁ。そうだよねぇ......。


 だ、ダメダメ! 覚悟は決まってるんだから、妹たちと向き合わないと! そして私たちの関係を許してもらわないと!


 私だって彼が好きな気持ちは負けてないんだから!


 「さ、上りましょうか。......失礼しますね」

 「え」

 「んしょっと」

 「きゃッ」


 今後のことを考えていた私は、彼に急に持ち上げられたことによって驚いてしまう。


 お姫様抱っこである。


 きょ、去年と同じように、このまま階段を登ってくれるのかな。でも今の私は風邪ひいてないし......。


 ああでも......嬉しい。すっごく。


 「......。」


 どうしよう。彼と密着してるから胸がすっごく高鳴ってる。


 ドッドッドッと鼓動が加速していく。頬も熱を帯びているのが嫌というほどわかる。身体中に汗がブワッと湧き出た気分だ。思わず彼の腕の中で縮こまってしまった。


 夏の暑さのせいなんて野暮なことは言えない。


 彼のせいだ。


 彼が私をそうさせるんだ。


 「葵さん?」

 「か、階段長いね?!」

 「え、ああ、はい」


 真上にある彼の顔に視線を送っている私は、去年の自分よりも彼に恍惚としている気がする。がっしりと抱かれているのが堪らなく心地良い。


 また彼も暑いのだろう。男性の汗の匂いがするのは、一気に距離が縮まったことを意味している。


 彼が視線を腕の中に居る私に向けてきたので、別の話題をあげて意識をこちらに向けられないようにと必死になった。


 「ではここで......カズマクぅーイズ!!」

 「......。」


 なるほど、アオイクイズを吹っかけられた彼はいつもこんな気持ちなんだ。これからは少し自重しよう。馬鹿っぽさが否めない。


 彼は少し引き気味の私を他所に言葉を続けた。


 たぶんだけど、この長い石段を上る苦労や退屈感を紛らわすためだ。


 「0から1は大変なことで、1から2はやっちゃいけないことです。では、2から3はどんな事実が残るでしょう?」


 彼の問いに私は黙ってしまった。答えはわからないけど、質問の意をわかってしまったからだ。


 その数字はきっと“彼女の存在”を表した数である。


 彼女がいないことから、作ることはとっても大変なこと。


 私も深い共感を覚える。


 そして彼女がいるのに、別の大切を作ってしまうことはやってはいけないこと。


 こんなこと普通はあってはいけない。世間一般ではそれを“不純”の一言で片付けられるからだ。


 当然、“2”は千沙と陽菜で、“3”は私を含めた数である。


 「......わかんない」


 私は恐る恐る答えた。思考を放棄して、彼から発せられる答えをただ待っていた。


 「答えは、“ただの変態”です」

 「......ん?」

 「ただの変態」

 「へ、“変態”?」


 か、彼は何を言っているんだろう。


 「はい、そこにはもはやただの変態しか残りません」

 「い、いや、それは......本人としてどうなの?」


 自分を変態と称して彼は抵抗が無いのだろうか。


 いやまぁ、普段の彼を知る人が表現するには、きっと万人が“変態”と口にするだろうけど。


 「よく考えてください。彼女を2人も作ってるんですよ。その上、もう1人増やすとか正気の沙汰じゃありません」

 「じ、自分で言う? それ」


 「しかしその“正気”とやらも何を定義しての“正気”なのか、日に日にわからなくなってきました」

 「......哲学?」


 「いいえ。至極真っ当な悩みです。既存の彼女2人......千沙と陽菜はお互いの存在を認め合っています。そしておそらく葵さんのことも」

 「......。」


 「それで葵さんも妹たちの彼氏を好きになってしまいました。三姉妹の同意と決意と好意を無下にすることは、果たして“正気”とは別物なのでしょうか」

 「......和馬君はそれでいいの?」


 『はは、知れたことですね』と言って、彼はすぅーっと大きく息を吸い込み、肺に空気を2、3秒溜め込んでから叫んだ。


 「三姉妹丼、最高ぉぉおおおぉおおおおお!!」

 「ひっ?!」


 「げほッおえ。......もう同意の上で、3人が好きって言ってきたら、そこから先は酒池肉林ギンギンパーリナイですよ」

 「ぎ、ぎんぎんぱぁりない......」


 い、今更けど、普通に私のこと恋人としてカウントしてない? “3”って......。


 さっきまで必死に説得していた“セフレ”の話しはどこに行ったんだろう。イレギュラー的な扱いで千沙たちを説得するつもりじゃなかったのかな。


 口では私の身体目当てとか言っていても、和馬君は既に付き合う気だったんだ。


 もうその気持ちだけで、熱いものが込み上げてくる......。


 「......こんな変態でも好きになっちゃって、もう嫌いになれないんでしょう? でしたら、もう諦めましょう。自分は......3人が好きなんだとさっき気づけました」

 「......さっきなんだ」


 「はは、ごめんなさい。正直、葵さんのことは“美人な先輩”としか見ていませんでした。でも陽菜と千沙が認めてくれて......ああ、これじゃあ言い訳ですね。怒られたばっかなのに駄目な男だなぁ」

 「......。」


 和馬君は苦笑しながらそう呟いていた。


 たしかに私からしても、“陽菜と千沙が許してくれたから付き合う”よりも、もっと別の言葉が欲しかった。


 そう、例えば――


 「葵さん、好きです」


 っ?!


 「きっと世間一般のカップルと違って色々と苦労をかけますが......葵さんが好きになれました」

 「か、和馬君......」


 「さっきもバイクに乗っているとき、抱き着かれただけで心臓が破裂するくらい辛かったです。バレたかもしれませんが、今もこうしてあなたを抱き抱えているだけでも......辛いです」

 「......わ、たしも」


 「......なら良かった。葵さんがよりも格好良くて、ムッキムキで、頭良くて、優しい奴を選んだらと思うと......本当は喜んで祝うべきなんでしょうけど、手放したくないです。最低ですよね、ほんと」

 「......。」


 私を抱きかかえる彼の腕は震えていた。


 きっと疲労からじゃない、不安感からだ。


 ......そうだよ。彼は陽菜と千沙の彼氏なんだ。いつも一歩身を引いて、彼女たちのことを考えている。本当は理想のカップルを心から望んでいたのは彼の方だ。


 一人だけ決めて、その人のことを四六時中考えていたくて、ずっと繋がっていたくて......。


 でも和馬君は優しいから。誰が一番とも選べないから、“同等の好き”を態度しせいで示そうとした。貫こうとしていた。


 それなのに今度は私まで彼の悩みの種になろうとしている。そう考えると、私は自分のことだけしか考えていないことに醜さを感じた。


 一番辛いのは、彼のはずなのに......。


 「さ、最低なのは私もだよ」

 「え」

 「大切な妹たちの彼氏だとわかっていて、す、好きになったんだもん」

 「葵さん......」


 せめて彼が抱く辛い気持ちを私が和らげたい。


 「だからね、和馬君が溜まったり辛くなったりしたら、め、めちゃくちゃにしていいから......私のこと」

 「え゛」

 「だ、だって私は和馬君の“セフ――」


 と私が決死の覚悟で操の話をしようとしたら、


 「ちょっと! なにちんたらしてんのよ!!」

 「もう打ち上げられますよー!」


 石段を上る半ば頃、その先の頂上から妹たちの声が聞こえた。


 ああ、私ってほんともう......。


 でも千沙と陽菜の様子を見てホッとしちゃった。最低な姉のことを恨んでいる風には見えない。


 っていうか、二人ともいつもの私服姿だ。浴衣を着るって張り切っていなかったっけ?


 「あの二人にもそうですけど、自分は葵さんの期待に応えられるとは限りません。シてほしいこともできないかもしれません。それでも......本当に自分なんかでいいんですか?」


 そんなことを考えていた私に、和馬君が真剣味を感じさせる顔つきで告げてきた。


 「......私もだよ。私も和馬君が思っているほどできている人じゃないから。他人ひとには言えないことたくさん考えてる、醜い女だから」


 答えになっていない返事をする私に、彼は呆れただろうか。


 でもきっと気持ちは伝わっているはず。


 だって――


 「「......。」」


 ――私たちの鼓動が、もうどっちのかわからないくらい高鳴っているのだから。


 未だ花火の騒音が生まれていない、静かなこの夜に。


 なんでもいいから、この音を掻き消してと願うばかりで、相変わらずの静寂の間である。


 「「.........。」」


 これ絶対彼に聞こえちゃってるよ。


 ドッドッドッて。


 いや、和馬君の音かな?!


 さすがにここまで速いのは私じゃないよね?!


 ああもう、恥ずかしい!!


 「「は、花火、早くぅ......」」


 などと息ぴったりな私たちであった。



********

〜その晩のこと〜

********



 「これでよし!」


 深夜の時間帯。皆が寝静まった頃、私はリビングの壁に掛けられているカレンダーの前に居た。


 そして既存の赤色や黄色のシールの上からペタペタとシールを貼っていた。


 色はである。


 赤色が千沙で、黄色が陽菜を意味するシールは、誰がその日の和馬君の相手かのじょなのかを示している。


 「それにしても引き出しの中に青色のシールがあるとは......」


 もしかして、もしかしなくても、そういうことなのだろうか。


 千沙と陽菜は最初から私のことも......。


 「いや、それはさすがに考えすぎだよね」


 実の姉が自分たちの彼氏を狙ってるとか普通思わないでしょ。きっと三色セットで偶々売られていただけに違いない。


 「ちょっと。青色の割合が多いと思うんだけど」

 「ふぁ〜あ。図々しい姉ですねー」

 「っ?!」


 不意に後ろから聞き覚えのある声が聞こえて驚いてしまった私は、振り返った先に陽菜と千沙が居ることに気づいた。


 陽菜は腕を組んで剣呑な雰囲気を醸し出し、一方の千沙は眠たそうに欠伸をしている。


 「こ、これはその......」

 「あのね。私はただでさえ今月少ないのよ? せめて週2くらいに抑えなさいよ。なにかしら、ここの5日間続く“青”シールは」

 「それを言ったら私も今月くらいしか兄さんとイチャつけませんよ。優先すべきは“赤”です」


 「あ」

 「ちょっと千沙姉! そこは元々私が当番の日よ!」

 「そうでしたっけ?」


 「ちょ、ちょっと! その勢いだと“青”が無くなっちゃう!」

 「葵姉はこの日でいいじゃない」

 「そこは私の日ですって」


 こうして私たちはペタペタと、各々のシールが尽きるまで重ね貼りをしていくのであった。


 きっと意中の相手がこの光景を見たら呆れるんだろうなと思いながら。



――――――――――――――



ども! おてんと です。


おてんとが煩わしければ、ここから先は無視してください(笑)。


まずはここまでお付き合いくださいました読者の皆様に感謝を。


本章、【飛び入り参加でも認めてくれますか?】はいかがでしたか?


お陰様で二年と数ヶ月、セクハラ・ラブコメディ小説をお送りできました。


さて、本題に入りますが、『三人仲良く和馬さんの恋人になれた』を達成できたことで一安心している変態がおります。


私です。


当初はここいらで、もう少し丁寧に終わりを迎える予定でしたが、テンポの悪さ、グダグダ性の悪化に伴い、『もう少し続けよ』という我儘な気持ちが芽生えてしまいました。


カクヨム運営様にいつ消されるのかとヒヤヒヤしながらセクハラ小説を公開しております。


世にセクハラ小説を公開できることに、一種の快楽を覚えてさえいます。


セクハラして皆様から応援&コメント&レビューをいただけることが快感でございます。


ビバ・表現の自由。


が、次章を“最終章”と一時の終止符を打ちたいと思います。


その後もグダグダと書くかもしれませんが(笑)。


その前に消されているかもしれませんが(泣)。


ただ、今までのように週に3〜4回の更新が難しくなります。その分、構成から1話を長くする予定です。ごめんなさい。


更新頻度と農業が売りだったおてんとですが、何卒ご容赦ください。


それでは、例の如くタイトル回収を目指して、


   最終章【卒業できますか?】


へ出発です! ハブ ア ナイス デー!

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