第450話 ナンパの基本は魅力的な提案から

 「色々と候補はありましたが、とりあえずコレだけ......」


 たくさん言いたいことはあった。


 なんで不貞腐れてたんですか?とか、彼氏になれずにごめんなさい、とか数えたら切りがないほど言いたいことはあった。


 でも結局のところ、彼女に伝えたいことは一つだけ。


 「葵さん。花火、見に行きましょう」


 それだけである。



*****



 「......なんで」

 「え? だって葵さん、体調不良でもないんですから、花火見に行けるでしょう?」


 現在、ドアを壊して女子部屋に突入したバイト野郎は、パジャマ姿の彼女に外出のお誘いをしている。


 今朝から格好が変わらない彼女を見て、今日一日ダラけてたんですね、と言えるほど俺は空気が読めない男じゃない。


 そういえば去年の花火大会当日も、この人は似たような格好で、玄関前で駄々をこねてたな。長女としての自尊心は持ち合わせていないのかと聞いてみたくなるが、今はぐっと堪らえよう。


 そもそも俺が人様のプライベートルームに突撃したんだし。


 「......ねぇ。去年とは勝手が違うんだよ。なんでそういうことが言えるの」


 低く、それでいてどこか怒気を感じさせる声音で彼女は俺に言う。


 「“勝手が違う?”......ああ、千沙と陽菜が自分の彼女になったから、一人だけ仲間外れで気まずいとかですか?」

 「......最低」

 「はは」


 さて、今の俺は葵さんの言う通り、そこそこ最低な人間になれたのではなかろうか。


 ちなみにだが、いつぞやのレズな元カノが俺に使ってきた戦法、“相手に嫌われる作戦”に基づいて、葵さんにこんな発言をしているのではない。


 普通に本音である。


 「もう、いいじゃん。私なんか、わだじなんが!」


 放っておいてよ、と葵さんは言いたかったのだろう。言葉は最後まで聞き取れなかったが、言おうとしていたことはなんとなくわかった。


 泣いてしまったのである。


 バイト野郎が美女を容赦なく泣かせてしまったのである。


 彼女は普段、就寝時に使っているであろうタオルケットに顔を埋めていた。まさか秒で泣かれるとは思っていなかったので、俺の心はチクチクと痛む。


 この場に来た俺は、葵さんに例の件で誤解させてしまったことを謝るべきか?


 常人なら誠意をもって謝るべきなんだろうが、俺は謝らない方向で行きたい。


 というか、謝る意思は毛頭ない。


 「ここに来たのは葵さんに確認と宣言をするためです」


 むしろその逆である。


 それにここで謝っても許してもらえるわけないしな。


 んなことしたら、こっちが後手に回るだけだ。攻めよ攻めよ。


 「いいですか。俺と葵さんは交際してません。する気もありません」


 今も失恋で泣きじゃくる彼女に、追い打ちと言わんばかりの意思表明をするバイト野郎。


 いや、もはや追い打ちを通り越して止めを刺しに行っている気さえした。


 言っといてなんだが、これはさすがに言い過ぎた気がする。


 今も後ろで、俺らの行く末を見守っている雇い主と真由美さんから『こいつマジか』の視線が向けられているのがわかる。


 言われた相手だってそう。


 彼女はさっきまで泣いていたことが嘘のように、目を見開いて、開いた口が塞がらない様子を晒している。泣きっ面に蜂は、時に一周回って人に絶望という名の冷静さを与えるんだな。


 正直、普段の美女っぷりが4割くらい減っているけど。


 「ぜ......ぜ」

 「“ぜ”?」


 泣くことを一時中断した彼女は俺をじっと見つめて何かを言おうとした。


 「ぜ、前世は鬼だった?」

 「......。」


 どいひ。


 「はぁ。じゃあ早く行きましょ。まだ花火が打ち上がるまで、少し余裕がありますから」

 「え、あ、いやいやいやいや。この流れじゃ行かないよ。正気の沙汰とは思えない。どういう神経して言ってるの?」

 「花火見たくないんですか?」

 「和馬君を見たくないです......」


 どいひ(笑)。


 「ね、ねぇ。この際、花火は置いとこうか」

 「はい」


 「私は和馬君にフラれたよね?」

 「はい」


 「加えて金輪際、結ばれることはないと言われたよね?」

 「はい」


 「な、何か、意味が無いにしても言うべきことあるんじゃない?」

 「はい?」


 「ほら、私、一応傷ついたんだし......。言われても許せないけど、まず初めに言うべきことあったじゃん?」

 「はぁ......」


 葵さんは遠回しに言っているが、要はアレだ。


 謝罪くらいしろよ、この野郎と言いたいのである。


 私が勘違いしたのはあなたにも非があるんだから、少しくらいは悪びれろよ、と言いたいのである。


 まさか本人から催促されるとは思わなかったが、やっぱり失恋から立ち直るにも段取りというものがあったらしく、彼女はそれ通りにしてほしいと訴えているのだ。


 ふむ、ふむ。


 なるほど、なるほど。


 よし。


 「すぅー」

 「?」


 俺は大きく息を吸って、肺いっぱいに空気を溜め込んだ。


 そして、


 「こんの馬鹿がぁああぁぁぁぁぁぁあああぁあ!!!」

 「?!?!!?!?!」


 過去一だ。


 約17年間生きてきた中で、一番と言っても過言じゃないくらい大声を出した気がする。


 心做しか、部屋の窓ガラスがカタカタと揺れたり、言い放った先の葵さんの髪が俺の叫び声でふわりと靡いた気がした。


 彼女は先程にも増して目が点になっている。


 が、かまわず俺は続けることにした。


 「はい、コレ、なんだかわかりますかぁー?」


 右手の小指だけを立たせ、他の指を折り曲げた俺の片手を、葵さんの顔の真ん前に置いた。


 これを受けた先方からは未だ意思を感じられない。鳩が豆鉄砲を食ったようである。


 「こ! れ! わかりますかッ!!」

 「ひッ?!」


 再びこちらが問いかけたら相手は反応を見せ、俺が立てた小指を注視した。


 「こ、小指?」

 「立っている意味ですよ!」

 「え......こ、“恋人”?」

 「はい、正解!! じゃあこれは!!」

 「っ?!」


 もう一度彼女に問うたのは逆の手、左手の小指を立てた形である。


 「え、えっと......また“恋人”?」

 「ザッツライ!!」

 「ひぃ?!」


 当初から気味が悪いバイト野郎だからか、葵さんは先程から怯えた様子で俺を見てくる。


 「俺にはこの両手分!! 彼女がすでに二人も居るんだぞ! 勘違いさせた罪ぃ? 失恋したぁ? 馬鹿言うな! 彼女持ちの俺に近づこうとしたあんたも悪いだろ!! この略奪者ッ!!」

 「りゃくッ?! け、敬語ぉ」


 「ワンチャンあいつらに浮気認定されていたかもしれないんですからね?!」

 「っ?! で、でも和馬君が私のことも好きって言ったからでしょう?!」


 「んなこと絶対に言ってませんよ!」

 「は、はっきりとは言ってなかったけど!」


 「言ってなかったんかい!!」

 「『意識してる』とか『私が必要だ』とかたくさん言ってた!」


 「それはごめんなさい!!」

 「素直ッ!!」


 しばし言い合う俺らは一旦落ち着くため、小休憩として息を整える時間を取った。


 はぁはぁ、とまぁ年頃の男女が口から熱い息を漏らしているのに、性的な興奮を覚える要素はどこにもない。


 「も、もう......もう」


 後半戦、仕掛けてきたのは彼女からだった。


 「もう和馬君なんか嫌い!!」


 遅ぇよ!!


 普段の葵さんに言われたのならば多少なりともダメージの入った言葉だが、今の俺には痛くも痒くもない発言である。


 「自分もですよ!! 葵さんのこと大ッ嫌いになりました!!」

 「っ?!」


 おっと、先方は思わぬカウンターを食らって再び泣きそうな顔になったぞ。くしゃっと歪ませてしまった彼女の顔を見ては、こちらにも罪悪感が生まれるというもの。


 一応、あんたから言われたことをそのまま言い返しただけなんだけどな......。


 「はぁ。葵さん、自分のこと嫌いになれましたね?」

 「......。」


 ドストレートな俺の発言に葵さんは返答しない。


 そんな彼女の前で、


 「っ?!」


 服を脱いだと言っても上半身に着ていたTシャツだけである。脱いだそれをぽいっと床へ投げ捨てた。


 ......よく見たら部屋汚いな。浴衣とか服とかが床に散らかってるぞ。もしかして失恋でバーサーカーになっちゃったのかな?


 「なッななななんで脱いだの?!」


 と、両手を顔に当てて赤面する彼女だが、大胆にあけられた指の隙間から感じる視線が正直さを物語っていた。


 その視線は俺の胸筋、腹筋、肩へとまるで夏の大三角をなぞるように行き来している。


 ちっとも目が合わないことに少しだけしょんぼりするバイト野郎だ。


 「葵さんに告――提案をするためですよ」

 「て、“提案”?」

 「はい」


 半裸男はベッドの上に座る葵さんに迫った。


 彼女は変態野郎が近づいて来たことにより、身構えて少しだけ後退る。


 正直、この絵面は通報待ったなしだ。


 ......その前に後ろで控えている雇い主に殺されるか。


 「こ、こっち来ないで――」

 「葵さん、自分の身体はどうですか?」

 「え゛」


 急に何を言い出すんだこいつ、と言わんばかりの視線が俺を射抜く。


 そんな彼女の視線は、一旦俺から逸れて机上のスマホへと向けられた。もしかして通報を考えているのだろうか。お願いだから最後まで話を聞いてほしい。


 「自分は......葵さんのことを魅力的な女性だと思っています。性格なかみ3割、肉体おっぱい7割で」

 「つ、通報させて――」

 「でも今までのやり取りで、葵さんも同じ気持ちでしょう?」


 何やら不穏なお言葉を頂戴しそうになったので、俺は遮って言葉を続けた。


 「......私はそんなことないよ」

 「そういうことは相手の“目”を見て言いましょう。胸筋に語りかけてどうするんですか」

 「......。」

 「ということで、提案させてください」


 今までのやり取りはなんだったのだろうか。


 俺が来るまで、彼女は独り寂しくこの部屋で泣いていたのではないだろうか。


 本当に俺なんかのことを好いていたから、辛い思いをしたんじゃないだろうか。


 そんな俺が彼女にできることは限られている。


 「自分たちはお互いに性格なかみは好きじゃありません。が、外見は好きで好きでしょうがないみたいです」

 「な、何が言いたいの?」


 ずずず、と半泣きの美女に迫る上半身裸野郎。


 それでも俺は言葉を続ける。


 正直、今から言うことは自分でもあり得ないと思う。


 でも今更葵さんのことも彼女にしたいなど千沙と陽菜に絶対言えないし、新たな交際関係を築くことは不純以外の何ものでもない。


 が、しかし。


 俺らは互いに外見だけは惹かれ合っているのは事実だ。


 んで、世の中にはこういった場合に適した関係があるのを俺は知っている。


 「葵さん、世間一般では互いの身体を......欲を満たすためだけの男女関係があるのを知っていますか?」

 「そ、それってもしかして――」


 俺は思った。


 このまま曖昧な関係が続くのならば、またお互い仲良く過ごせる生活は決して訪れないだろうと。


 今までのように、“先輩と後輩”の関係に戻るには些か無理があるように思える。俺に失恋した彼女は、この先、千沙と陽菜と俺が居る空間に近づいてこない。当たり前だ。


 が、葵さんは泣くほど俺と結ばれたかった模様。しかし俺の彼女は千沙と陽菜の二人だ。だからこの条件を同時に叶えるのはこれしかない。


 「葵さん、一度しか言いません。“はい”か“いいえ”でお願いします」


 残された選択肢は一つだけ。


 俺と葵さんが千沙や陽菜と同じように、好きでいられる関係はこれしかない。


 「セフレになってください」

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