第449話 葵の視点 厄介なアルバイト

 「はぁ......さすがに今年は花火大会行けないかぁ」


 現在、私は自室にて落ち込んでいた。


 原因は失恋である。


 なんと私と和馬君は付き合っていなかったのだ。


 驚きの事実に昨晩から今朝にかけて泣いていたけど、今の私は泣き疲れてベッドの上でだらけていた。何もする気が起きない。


 意中の彼が実は私のことなんとも思ってなかったんだ。その事実を受け止めきるには、もう少しだけ惨めな私を放置しといてほしい。


 「はぁ......」


 もう何回目の溜息になるんだろう。


 和馬君は妹たち二人と楽しく過ごしているのかな。二人の浴衣姿はきっと可愛いんだろうな。彼に見せるために、張り切って選んでいたんだから当たり前だ。


 私も浴衣着て、和馬君に見せて『似合ってます』とか『綺麗ですね』とか言われたかったなぁ。でももう叶わない。


 私のこと彼女として見ていないんだから、褒められても嬉しくないや。


 「はぁ......」


 そんな何回目かわからない溜息を吐いたときのことである。


 コンコン、と部屋のドアがノックされた音が聞こえた。


 『あ、葵。大丈夫かしら?』


 母さんである。


 悪いけど、今は放って置いてほしいな。誰とも顔を合わせたくない。


 そういえば母さんには私の浮かれ話を聞かせちゃったっけ。一人で舞い上がってたお馬鹿な話を。


 和馬君と付き合うことになりました、なんて嘘を吐いたことまだ伝えてないや。


 「大丈夫だよ。今はかまわないで」

 『......。』


 説明する気にもなれない。とりあえず、落ち着いたら後で母さんに話そう。今はそんな気がしないだけ。


 母さんはこれ以上言うつもりはないらしく、引き返そうとする雰囲気がドア越しでも感じられた。


 勘の良い母親のことだ。きっと私が口にしなくても、私と和馬君の関係を察していたのかもしれない。最近、母さんの様子が変だったのはそのせいかも。気を遣わせちゃったな......。


 『体調が悪いみたいだからそっとしておこう』

 『あなた......』


 『大丈夫さ。去年もたしか風邪を引いた葵だけお留守番してたけど、今年は俺も一緒に居るから』

 『え、えっとぉ』


 『ああ、そう言えば去年は高橋君が葵を連れ去ったんだっけ? はは。彼には困っちゃうな』

 『ちょ、黙りなさい!!』


 和馬君に関する話題を私の部屋の前でしないでよ......。


 父さんは私の心境なんか知らないよね。知ってたら和馬君の名前出さないもん。


 『もしかしたら今年も彼――ぎゃ?!』

 『お、おほほほ。母さんたちは下に居るから、何かあったら声掛けてねぇ』

 「......。」


 一際鈍い音がここまで聞こえてきたと同時に、父さんは静かになった。


 どうやら母さんによる怒りの鉄槌を受けて気を失った模様。


 『え?! あ、ちょ! 何しに来たの?!』


 ?


 今度はなに。ドアの向こう側がなんだか騒がしい。この家には私の他に母さんと父さんしか居ないはずだ。


 声の主である母さんは誰に言っているんだろう。父さんじゃないと思うし......。


 『い、今は駄目よ! !』


 っ?!


 か、かかかかか和馬君?!


 なんでッ?!!


 『お願いします! そこをなんとか!葵さんに会わせてください!』

 『だ、だから今は......』

 『わかってます! 自分が何をやらかしたのかわかっているつもりです! ですからどうか!! どうか葵さんに会わせてください!!』


 どうしてここに彼がッ?!


 妹たちと花火大会に行ったんじゃ――


 『ガチャガチャガチャ!!!』

 『くッ!! 鍵をかけてますね! こんの!』

 『や、やめなさい! 葵を放っておいて!』


 ひぃ?! 無理矢理開けようとしてる!!


 なに?! なんなの?! 放っておいてよ!!


 『ちょ! 真由美さん放してください! 葵さん! 開けてください!』

 『あの子の気持ちをわかっているの?!』

 『わかったから来たんです! 鍵弁償しますんで壊してもいいですか!』

 『いいわけ無いでしょう?!』


 母さんが必死に和馬君の行動を止めようとしているけど、彼は気にせず部屋のドアをこじ開けようとしていた。


 さすがに私から何か言わないと! ドアを壊されかねない!


 えっと!えーっと!!


 「きゃ、きゃずまくん!」


 最悪。噛んだ。


 『し、舌、大丈夫ですか?』

 「......。」


 しかも私の口内事情を心配された。


 そこは触れないでよ......。


 「な、何も話すこと無いから、入ろうとしないで」

 『風邪ひいてませんよね? なら会っても大丈夫じゃないですか』


 「え? いや、今はその、えっと......す、すっぴんだし」

 『んなの気にしませんよ。すっぴんでも美人じゃないですか、葵さんは』


 っ?!


 だ、だからそういうことは!!


 『ガチャガチャ』

 『葵さん、開けてください。話したいことがあります』

 「......嫌。どっか行って」


 『ガチャガチャ』

 『できません。そもそもなぜ開けてくれないのですか?』

 「話すことないからって言ったじゃん。というか、和馬君はなんでそこまでして入ろうするの?」


 『ガチャガチャ』

 『葵さんに面と向かって謝りたいからです』

 「要らない。声も聞きたくない。......目も合わせたくない」


 『ガチャガチャ』

 『ぴえん』

 「......。」


 こ、この男は......。


 和馬君は部屋の中に居る私に話し掛けながら、ドアノブをガチャガチャ、ガチャガチャと煽ってきた。


 正直、今の私からしたら恐怖以外のなにものでもない。


 な、なんなの、彼は......。


 『意地でも開けませんか。じゃあ蹴破りますね』

 「え」


 籠城戦を決め込んでいたら、彼も諦めて引き返すだろうと思っていた私に、彼は聞き捨てならないことを口にした。


 蹴破る? 部屋のドアを?


 『さーん、にー、いーち――』

 「ちょちょちょ! 待って! 待って!」


 『あ、開けてくれますか?』

 「開けないよ!」


 『ごー、よーん――』

 「ちょ!」


 本気?!


 というか、母さんは何してるの?! さっきまで必死に彼を止めてたよね?!


 お願いだからそっちで彼を追い返してよ!!


 「わ、わかった! 開けられない理由があるから! 話すからやめてッ!!」

 『ほう。ではなぜ開けてくれないんですか?』

 「そ、それは......」


 ど、どうしよ、この状況。


 彼、戻ってきたってことは、今までの私の気持ちに気づいたってことだよね?


 私は時間の経過ともに無かったことにしようと決めていたのに、彼はわざわざ私の所まで乗り込んできた。


 何が目的? 今更何を話そうというの?


 『ガチャガチャ』

 『まだですかぁ』


 とりあえず今の状況をどうにかしなければ!!


 今の彼は本当にドアを蹴破ろうとしている!!


 「わ、私、着替え中だから――」

 『ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ』

 「ひッ?!」


 逆効果だった!!


 『5秒数えるんでッ!! 5秒数えるんで、その間に着替えを済ませてください!!』

 「ごッ?!」

 『ごー! いーち!』

 「ちょ!」


 5秒は短すぎない?!


 間の数はどこに行っちゃったのかなぁ!!


 そんな私の静止の言葉は虚しく――


 ――ダンッ!!


 部屋のドアは無理矢理開けられしまった。


 ドアノブに力を加えたのか、ドアを蹴破るというより、取手の部分を狙って壊したようだった。


 ほ、本当に壊しちゃったよ。


 乱暴に開かれたドアの向こうに、母さんと父さんの姿が見えた。そして不思議なことに、何故か二人は手を握っている。父さんが母さんを後ろから支えるようにしてだ。


 おそらく目を覚ました父さんが、和馬君を必死に止めていた母さんを制したのだろう。だから母さんは急に大人しくなったんだ。


 理由はわからないけど、普段の父さんらしからぬ行いに驚く自分はいなかった。


 何を思ったのか――願っているのか、いつになく真面目な顔つきで和馬君と私を見つめている。


 たぶん父さんは色々と察したのだろう。ふざけた感じを装っていても、どこか芯の通った彼の感情を。


 全く以て厄介なアルバイトである。頼りの両親が傍観に徹しては他に策が思いつかない。


 「チッ」


 ベッドの上の私と目が合った彼は、私を見て舌打ちをした。


 え、舌打ちした? 今、私、舌打ちされた?


 「なんですか、着替え中って嘘じゃないですか」


 いや、それは咄嗟に出た嘘というか......。


 っていうか、どの立場で彼はそんな期待を抱けたのだろう。残念そうな顔をしないでほしい。


 「か、和馬君。今すぐ出て――」

 「葵さん、体調不良は嘘ですね」


 自分の言葉を遮られたからか、私はムッとなって彼に言い返す。


 「......和馬君だって私に嘘吐いたじゃん」


 嘘でもない、ただの私の勘違いを、彼が犯した罪かのように仕立て上げて。


 でも交際の仲にあったとは明確に言わない。


 「自分が? どんな嘘です?」


 わかっているだろうに。


 わかっているから、ここに来たであろうに。


 そんなわざとらしい、見え見えの嘘に私はつい泣きそうになった。胸のズキズキがまた私に痛みを与えてくる。


 「葵さん。ここに来るまで道中、あなたにどんな言葉をかければいいのか考えてました」


 要らないよ。要らないから、もうどっか行ってよ......。


 「色々と候補はありましたが、とりあえずコレだけ......」


 声も聞きたくない。


 私が馬鹿だったから、お願いだから一人に――


 「葵さん。花火、見に行きましょう」


 ..................は?

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