第441話 真実に焼かれて?
「泣き虫さん、これから私とスイカの収穫をするわよぉ」
「久しぶりに真由美さんと収穫作業しますね」
「“お義母さん”って呼んでねぇ」
「はい?」
現在、午後の時間入ったバイト野郎とラスボス人妻はスイカ畑に来て、収穫作業を行おうとしていた。
午前中は千沙と一緒に、俺の家庭菜園のための領地開拓をしていたが、午後は流石に中村家の仕事をするらしい。
正直、気が済むまで開拓をしたかったが、俺はアルバイトの身なのでそんな戯言言えない。
「しかし真由美さんがスイカの収穫とは珍しいですね」
「“お義母さん”って言って」
「......ほら、スイカって結構重いでしょう? いつもは自分かやっさんが――」
「“お義母さん”」
「お、お義母さん......」
「おほほほ」
“おほほほ”じゃないよ。
ちょ、なに。さっきから怖いよ。
“お義母さん”って......。千沙と陽菜の二人と付き合っているから、もうその気でいるのか? 早くね? まだそこまで行ってないよ。
“まだ”って言っちまったよ......。
「急にどうしたんですか?」
「ふふ、とぼけちゃっていやぁねぇ」
う、うぜぇ。今日の人妻うぜぇよ。
なんかあったのか? 全然見当がつかないや。
「住み込みバイトなんて関係なくうちに居なさいな」
「いや、さすがにそれは......」
「なに遠慮なんてしてるのぉ。これから中村を名乗ってもいいのよぉ?」
「お、重いです。すっごく重いです」
「それとも娘たちを高橋にしたいのかしらぁ?」
「......。」
め、珍しいな。比較的良識人の真由美さんがここまでグイグイ来るなんて。いや、最近はこんな感じの冗談言うことも多々あるが。
「これからもよろしくねぇ」
「し、仕事しましょう」
面倒な人妻をさておき、午後の仕事――スイカの収穫作業をしなければ。
「スイカの収穫はわかるわよねぇ?」
さすがにラスボス人妻も仕事モードに切り替えたのか、バイト野郎にそう聞いてきた。
「もちろんです。もう目を瞑ってても最適なスイカを採れますよ」
「調子に乗らないのぉ。でもそれくらい自信があるんだったら、将来が頼もしいわぁ」
「......。」
あの、ツッコんだらすぐカウンター入れてくるのやめてくれません?
地味にこっちが返しにくい話題混ぜてくんなよ。
これで俺が、『はは、そんな気ありませんので、頼りにしないでください』などと抜かしたら、きっと我が身は耕されることだろう。そりゃあ千沙と陽菜のことは真剣に考えているつもりだけど。
下手に論に転ずるより、無視するしかないな。
というか、この人は本当にどうしちゃったんだろう。
「あ、それなら私に収穫の仕方を教えなさいな」
「はい?」
「ほら、これから孫――じゃなくて、泣き虫さん以外にもアルバイトの後輩ができるかもしれないでしょう?」
「......。」
今、この人妻、“孫”って言った?
“孫”って。
誰と誰の子だろう。
もしかして
孫云々より目の前に居るオスは未だ童貞ですよ。
ちょ、本当にどうしちゃったの?
「お話はこれくらいにしておいて、そろそろ口より手を動かしましょう」
「あらやだ。上司にそんなこと言えるなんて偉くなったものねぇ」
「お陰様で」
俺は収穫用鋏を片手に、張り巡らされたスイカの茎を踏んでしまって駄目にしないよう、気をつけて収穫していくのであった。
*****
「高卒でも全然いいのよぉ。学歴が全てじゃないんだし、農家に必要なのは根性だからぁ」
「......。」
収穫を始めて20分が勃った。
じゃなくて経った。同音異義語は厄介なことこの上ない。
収穫作業もすでに大半が終わっていて、後は軽トラに乗って家まで帰るだけだ。
が、現在進行形で、俺は非常に困っている状況にある。
何に困っているかというと、
「できれば孫たちの名前は一緒に決めたいわねぇ。意見を押し通すつもりは毛頭ないけれど、話し合いたいわぁ」
「......。」
先程から人妻が止まってくれないのだ。
良識人のあの真由美さんが、だ。
これほどまでに窮地に立たされたことはないぞ。
まさか付き合っている彼女たちの母親が、ここまで彼氏の人生設計を考えているとは思わなかった。
アクセル全開だとは思わなかった。
“孫”って......。さっき『バイトの後輩ができたら〜』って言い直した話がまるで嘘のようだ。
「泣き虫さんのことを考えると、子沢山になりそうねぇ。車はミニバンとかかしらぁ?」
俺の人生設計の事態は、いよいよ子どもたちとドライブ編へ突入である。
妄想もここまで拗らせると手に負えないぞ。
楽しいか、それ。童貞に子沢山などと酷な妄想して楽しいか?
ちなみに真由美さんはスイカ畑に来てから、収穫したスイカはたったの一個である。収穫したそれを大事そうに抱えて、終始良い子良い子と撫でている。
まるで赤子でも抱き抱えて撫でているようだ。
もうこの人は末期なのかもしれない。
「そう考えると私は『おばあちゃん』って呼ばれるのかしらぁ。......ありよりのありねぇ」
「あ、あの、色々と考えてくださるのは嬉しいんですが、陽菜と千沙のことで急かされても困ります......」
「ほほ、葵もでしょ」
葵さん?
なんでそこで葵さんが?
「何やかんや言っても、葵のことも思ってくれるから嬉しいわぁ」
「あの、真由美さん」
「だから“お義母さん”で良いわよぉ。あ、今更、三人は駄目なんて言わないから安心なさいな」
「真由美さん」
「だからぁ。......まぁ、これからでいいかしら。葵もよろしくねぇ」
「いえ、葵さんとそういった関係になる気は無いのですが――」
この時、俺は自分でも人間辞めたんじゃないかっていうほどの行動を取れたと思った。
なぜなら、
「うお!」
真由美さんが抱きかかえていたスイカが重力の名の下、スッと落下したのを飛び込んでキャッチしたからだ。
その様はさながらどこかのお偉いさんの屋敷にお邪魔したとき、なんらかの事故で如何にも高級そうな壺にぶつかって落としてしまったそれを、全身全霊でキャッチするそれである。
たとえ床が大理石で、そのまま着地したら怪我をしようとも、治療費なんかよりよっぽど高額な壺を守らなければならないのだ。
落ちたのはスイカだが、昨今のバイト野郎はスイカ一個でも必死なのである。
「ぐふッ!!」
当然、うつ伏せ状態で身体前面を畑の上に落下させた俺は、その衝撃と痛みで吐き気を催した。ちょっと口の中が酸っぱくなったのを秘密にしたい。
バイト野郎はラスボス人妻に物申すことにした。
「ま、真由美さん。自分がキャッチしてなかったら今頃――」
「じょ、冗談よねぇ?」
何が冗談なんだよ。こっちが聞きたいわ。
というか、スイカキャッチしたの褒めてほしいんだけど。
まさしく、おそろしく速い落下、俺でなきゃ見逃しちゃうね、である。
「千沙や陽菜と同じように、葵も――」
「ですから。以前から伝えてますが、そんな気は自分にありませんって。ただでさえ今の状況で精一杯ですのに」
「......。」
割と強めな俺の口調に真由美さんは黙り込んでしまった。......少し言い過ぎたかな? いや、前から少しは言おうと思ってたんだ。これくらいいいだろ。
「で、でも、葵と協力してこれからは......」
「? そんな話してましたっけ? ああ、そういえば仕事上の話でそれっぽいこと話してたような......」
「葵に『自分にはあなたが必要です』って告白したんじゃ......」
「え、なぜそれを? 葵さんから聞いたんですか? 何を勘違いされているのかわかりませんが、告白ではありませんよ」
「......はい?」
「ほら、自分は至らないことが多いじゃないですか。ですから、先輩上司である葵さんの力は必要不可欠だなって。他力本願ですが、同じく他の方の力も借りたいです」
なぜだろう、真由美さんがぷるぷると震えている。そして信じられないものでも目にしたかのような視線を俺に向けてきた。
話の内容から察するに、葵さんから聞いたことを真由美さんが都合の良いように捉えたんだろう。
事実、言うまでもなく俺は葵さんと付き合っていないのだからな。
「あぁ」
「真由美さん?!」
突如、真由美さんがふらついて膝を着いたことで、バイト野郎の脳内に緊急アラートが鳴り響く。
熱中症か?!
この暑さだからありえる!
そう思ってスマホを取り出して119しようとした俺だが、真由美さんが片手で制したことで、一旦ストップがかかった。
「と、とりあえず木陰にでも......」
と、真由美さんを日の当たらない涼し気な場所へ俺は運ぼうとした。
が、
「熱中症じゃないわぁ」
「いや、しかし――」
「泣き虫さん」
「あ、はい」
いつになく、真顔になった真由美さんが俺の目を見つめて言う。
「責任は取らないと駄目」
「な、なんのですか......」
そんなこんなで、以降も落ち込んだ様子の真由美さんと一緒に自宅へ戻るのであった。
......童貞に責任とは、なんとも無縁なワードだろうか。
―――――――――――――――
ども! おてんと です。
最近、桃花や悠莉回が無くて申し訳ございません。お楽しみにしてくださっている方に面目ないです。許してください。
この章が終わるまで、おそらく出番はございませんのでご了承ください。
それでは、ハブ ア ナイス デー!!
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