第439話 バイト野郎とエロ本
「あ、今年も花火大会行くんですよね?」
「え」
現在、俺と千沙はちょっとした畑の上を掃除している。空き缶や瓶などの不法投棄物を拾ったり、腹部ほど丈がある雑草を刈り取ったりと色々だ。
なぜそんなことをしているのかと言うと、小さな畑だが、ここを俺の家庭菜園にする許可を雇い主たちから貰ったからだ。
決して不必要な畑の管理を丸投げされたのではない。断じて。
そんな作業をしている中で、千沙が俺に今年も花火大会に行くかどうか聞いてきた。
無論、問われた内容に関して、こちらに選択肢は与えられてない。行くぞ、という意思がひしひしと感じられる。
いつだって彼氏には拒否権も選択権もないのだ。
「いや、海にも遊園地にも連れてってくれないんですから、せめて花火大会くらい連れてってくださいよ」
「うっ」
地味に攻撃力高いこと言うよね。さすが千沙ちゃん。
というか、お前に限ってそんなこと言われたくないんだけど。普段、引きこもっている奴がそんなアウトドアなデートに誘われても断るだろ。
まぁ、誘ってもない俺が文句を言うのはおかしいけど。
「で?」
「も、もちろん一緒に見に行きたいけど」
「けど?」
「ほら、その日にも例のシールが貼られてただろ」
「ああー。そんなことですか」
そんなことって......。
実はカレンダーには赤と黄色のシールが、若干の両の差はあれど貼られており、花火大会当日はたしか黄色――陽菜が彼女の日である。
陽菜はそれを知ってのことか、こういった場合、千沙も一緒に行っていいのかわからなかった。
「それくらい、陽菜だって許してくれますよ」
「だといいんだが......」
「それに、その日に私の同行を許せば、例えば来年の花火大会で、もし私が彼女当番だった場合、陽菜の同行を許せますし」
ねぇ、その理屈だと、俺は彼女二人いる状態でまた来年も花火大会を迎える感じだよね。
相思相愛サシカップルが成立しないで、一年経つ感じだよね。
いや、それが平和なんだろうけど、いつまで経ってもはっきりしない俺に意気地なしというレッテルが......もう既に貼られてるか。
そんなことを考えながら、俺は草むらの中にあるゴミを回収していった。
「というか、ポイ捨てされたゴミ多いな」
「目の前は一般道路ですからね。通りすがりの歩行者や車を運転している人がポイするんですよ。草がボーボーだと尚更です」
そうだよな。草も生えてない更地にゴミを捨てるより、こういう草が生い茂っているところの方が捨てやすいよな。
だってゴミが草に隠れて見えないんだもん。
他人の目からは見えないので、ゴミが放棄された土地として認識されない。だから定期的な管理が必要なんだ。
はぁ......ほんっとマナーのなってない奴は――
「はッ?!」
うおぉぉおぉぉおおおお!!!
落ちていた物は決してゴミだけではなかった!!
俺は目の前に落ちていたものに驚愕して、心の中で雄叫びをあげた。
ゴミ拾いをしようとそこにあったのは......
「エロ本だぁ......」
そう呟いたバイト野郎は、それをまるで木の枝から落ちてしまった雛を、両手で掬い上げるかのように優しく拾い上げた。
草むらに落ちていたからか、エロ本はどこか湿っていて皺くちゃだ。それに所々泥の汚れで文字が滲んでいる。
そしてやはりというべきか、しばらく雨曝しだったエロ本から異臭が漂う。
ジャンルは......セーラー服を着用した女優が贈る学園ドラマだ。表紙の真ん中を陣取る女優は誰がどう見てもJK以上の年齢である。
が、エロ本・AVはそんなもんだ。
それ込みで手に取ってレジに行くんだ。
「どうしました?」
「っ?! あ、いや、なんでもない!」
「? 早く作業を終わらせましょう」
後ろから妹の声が聞こえたので、慌てて誤魔化す彼氏(エロ本擁護の罪)である。大して気にしていない千沙は作業を続けた。
このエロ本、劣化はしているがページは捲れるみたい。が、当然、チャックを開けてシコり始める気もなければ、持ち帰る気もしない。
エロ本が重宝されていても、今の俺は中村家でお世話になっている身だ。こんなばっちぃもん人様の家に持ち込めない。
ならどうするか、
「ここで見納めるしかない」
そんな俺の呟きは誰の耳にも届いてない。
幸いなことに、午前中の仕事は他に無い。ここの手入れをするという名目で時間を貰ったが、それも任意だ。
つまりしなくてもいいということ。後日、一日のバイトが終わった後などに、少しずつ家庭菜園用の畑にしていけばいい。
そしてなによりも今はまだ草を刈っていないので、エロ本を隠すには持ってこいの環境だ。一通り見て処分するだけの環境は整っている。
環境は。
問題は千沙だ。
「千沙、そっちはゴミが片付いたか?」
俺は慌てずに、ゆっくりと千沙にそう聞いた。
ゴミが片付けば、次は草刈り機を使ってこの草むらを一掃するだけ。そんな作業は俺一人でできる。なので千沙にはゴミ拾いが終わり次第帰ってもらえばいい。
そんな企みを込めて聞いたのだが、
「あと少しです。あ、ゴミ以外にも少し大きめの石がありますね。草刈るときや耕すときに邪魔ですから、これも取り除きましょう」
くっそ! こういうときに限って気が利く女とは!! 普段は面倒くさがりなんだろ!!
などと、交際の仲にある相手に向かってそんなこと言っちゃいけない。
思ってもいけない。
「というか、そっちはちゃんと作業してます? 先程から働いているようには見えないのですが......」
「っ?!」
しかも鋭い! 今日の千沙ちゃんは鋭いよ!
「もしかして千沙ってます?」
“千沙ってる”ってなに。
もしかして“サボる”ことを意味してんの? よく自分の名前を当てたな。
「し、してるよ。俺がサボるわけないだろ。あはは」
「はぁ。とりあえず暑いので早く終わらせましょう」
あ! それだ!
「ち、千沙! 暑いからお前は帰っていいぞ!! 水分補給や休憩も大切だ! うん!」
「はい? 急に何を......」
「大体片付いたからな! 後は俺だけでなんとかなるよ! 本当、ありがとう!」
エロ本が見たいがために、ここまで必死になる彼氏は果たしてこの世に存在するのだろうか。
いや、存在していいのだろうか。
自問自答しながらも欲求に抗えない今日
「妹を大切にするとは関心ですね」
「ったりめーよ! さ、帰って冷たい麦茶でも飲んで休んでろ!」
「はーい」
素直な妹で良かったぁ。
千沙がこの場を後にしたことを確認した俺は、さっそくしゃがんで草むらに身を潜めた。これで外界から遮断されたも同義である。
ああー、草むら最高。マジ便利。
こうして俺はバイト時間にも関わらず......いや、小休憩だな。エロ本を楽しむのであった。
******
「うわ、すごい根本まで咥えてんな」
どれくらい経っただろうか。小休憩と言いつつ割と雑誌に釘付けの俺は中々作業をしないでいる。
どれくらい勃っただろうか。完全にフルボッキ男根丸である。
ま、草むらに潜り込んでいるから歩行者が通ってもバレないだろ(笑)。
「むむ、ここのページ破れてるぞ。ったく、夢を少年たちに与えるのなら、もうちょっと丁重にだな......」
「うわ、この人すごい剛毛ですね」
「またこれがいいんだ――にょッ?!」
この場に居るはずのない声が聞こえて俺は思わず変な声を出してしまった。
その声の主は千沙ちゃんである。
「ち、千――じゃ?!」
妹の名を呼びかけたところで、俺は頭から冷や水を浴びせられた。
水は非常に冷たく、茶色い液体でかつ硬い物までぶつかってきた。な、なんだこれ......。
水をかけたのは言うまでもない、千沙である。彼女はコップを俺の頭上に傾けたままだ。
「こ、これは......麦茶?」
「はい。暑くて暑くて暑ーいので、気を利かせた妹が兄のために麦茶を持ってきてあげたんです」
「......。」
どうしよう、千沙の目が全然笑ってない。
まるでゴミでも見るかのような視線を兄に送ってくる。夏なのに、背中を冷たいものでなぞられた気分だ。
「まさか妹を先に帰らせて、自分はエロ本を漁るとは......良いご身分ですねぇ」
「ち、千沙、これはだな......」
「別にいいんですよ? 彼女を抱かずにエロ本、AVで自分を慰めても。今に始まったことじゃありませんし」
「うっ」
「でもどんな気分か言ってくれません? 付き合っている妹を遠退けて、バイト中にエロ本を読んだ感想を」
「......。」
言い訳の余地もない。
しばし妹に説教される俺は、草むらの中の正座で足を痛めるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます