第436話 合法的なNT・・・

 「ねぇ、私やっぱり気に入らないわ」


 そんな言葉から惨劇は始まった。


 世のどこかで誰かが言ったことをふと思い出す。


 ――“カップルは喧嘩してこそ仲が深まる”と。


 「何がです?」

 「千沙姉、カレンダーを見て」


 「はぁ」

 「なにか思うところない?」


 「特に」

 「“特に”ッ?!」


 その言葉の意味は、別に“進んで喧嘩をしろ”というわけではない。仲を深めるのに喧嘩が必須などと誰が決めたのだろうか。


 喧嘩なんぞしなくても、永遠にイチャつけるカップルだって居るんだし、そんな物騒な出来事を意図して行うのではなく、むしろ避けるべきだと思っている。


 しかし、言わんとすることはわからないでもない。


 事のついでに発生してしまった喧嘩イベントを通して、相手の良いところ、悪いところを知り、それを噛みしめることができれば、より仲が良くなるということだろう。


 「和馬はッ?!」

 「え゛」

 「あんたはカレンダー見てどう思うかって聞いてんのよ!」


 なるほど。ならば喧嘩というのは意外にも大切なことなのかもしれない。


 が、それは一般的な相思相愛のカップルだけだと主張したい。


 なぜなら俺には......


 「私の方が“彼女の日”少ないじゃない!!」


 彼女が二人も居るからだ。



*****



 「なんですか、急に。先月にこのスケジュールで良いと決めたじゃないですか」

 「私は納得していないわよ!」

 「ジャンケンで決めたでしょう?」

 「それが納得できないって言ってるの!!」


 現在、中村家一同と一匹のバイト野郎は今日一日の仕事を終え、居間にてテレビでも視ながら寛いでいるところだ。


 そんな中、穏やかじゃない雰囲気を作り出した陽菜は、俺と千沙にガミガミと怒ってきた。


 真由美さんは「いつものことね」と悟って、早々にこの場を離脱していった。最近は雇い主もこういった状況になると、俺らを放置して寝室に向かってしまう。


 故にこの場には俺と陽菜、千沙、そして葵さんの四人が残ることになった。


 俺もできることなら自室に戻りたいよ......。


 「今更なんですか。もう決定事項ですよ」

 「でも! せっかくの夏休みに、意中の相手と終日まで一緒に居られないってあんまりじゃないかしら?!」


 今月......8月のカレンダーには赤色と黄色のシールが日毎に貼られてある。例の“彼女当番シフト制”だ。赤色は千沙を意味し、黄色は陽菜を示す。


 その二色のシールでカレンダーは彩られていたが、陽菜はこの当番に不満がある模様。まぁ、文句を言いたい気持ちはわからないでもない。


 というのも、赤と黄色のシールの枚数が均等ではないからだ。


 赤の方が圧倒的に多いのである。


 千沙が当番する日が陽菜よりも多いのである。


 割合として千沙が7割、陽菜が3割と言ったところだ。


 「あのですね、なんでこうなったか覚えてますか?」

 「うっ。そ、それは長期休校以外の月は、私の方が千沙姉よりも多いから......」


 「そうです。夏季、冬季休業を例として、それが該当する月以外は、あなたの方が彼女当番をする日多いでしょう?」

 「そ、そうだけど......」


 千沙は妹を優しく宥めるようにして事の経緯を語った。相手が冷静な対応をしてきたことで陽菜の勢いは失われつつある。


 ちなみに今の俺たちのポジションは、一つのソファーに陽菜、俺、千沙の順で座っていて、向かいのソファーには葵さんが居る。


 両手に花などと喜べる状況じゃないのは言うまでもない。両側から砲弾を浴びせられる彼氏の身にもなってほしいものだ。


 長女よ、チラチラとこちらを見てないで助けてよ。


 「私は兄さんと違う学校を通っている関係から基本、土日祝日を当番にしてもらってます。それに比べてあなたはどうです? 週5ですよ? 1ヶ月20回以上は兄さんの相手ですよね?」

 「ぐッ」


 落ち着いた様子の千沙だが、攻めるところはちゃんと攻めるみたい。


 千沙の言う通り、たしかに長期休暇の無い月は陽菜の方が、当番する日が多い。加えて言うならば、年間を通して見てもその差ははっきりとしている。


 とどの詰まり、千沙はこう言いたいのだ。


 『年間日数で見れば、陽菜の方が多いんですから、夏休みくらい私が多くても文句を言わないでください』と。


 全く以てその通りである。


 「で、でも夏休みよ! 居ようと思えば一日中一緒に居られるじゃない! 学校がある日の私の方が回数多くても、が違うじゃない!」

 「な、なんて曖昧な評価基準を......」


 ちなみにだが、千沙の主張からすれば、夏季休業という長い“休日”は全て千沙に与えられ、彼女が当番となる。


 さすがにそれではあんまりだったので、普段とは逆、つまり千沙7割、陽菜3割程度で各々日数を決めることになった。


 最初は千沙が『夏休みは休日が続くので、全て私の日ですね!』と言ってきたときの陽菜の顔はヤバかった。


 いつもの決め方に従えばそうなのだが、まさか姉がそんな血も涙もない発言をするとは思わなかったらしく、陽菜の絶望しきった顔は記憶に新しい。


 なので、それを踏まえてのジャンケンを以前に行った。


 陽菜が勝ったら“夏休み全部は無し”、千沙が勝ったら“毎日彼女”で、結果、陽菜が勝ったことにより、今月はこのようなスケジュールになった。


 無論、俺の意見など挟む余地無かった。


 「この日の彼女は◯◯が良い」などと言えるわけがない。


 そもそもそんなこと思ってもないし、思っちゃいけない。


 千沙と陽菜は等しく彼女であるから、俺に選ぶ権利はないのだ。


 が、しかしそれ故に、ときどき俺の主張を無視した彼女らの決定には渋るものがある。


 「質をどうのこうの言うんでしたら、彼女当番になった日に思う存分イチャつけばいいでしょう?」

 「っ?!」

 「それができたら苦労しないわよ!!」


 これだ。質を高めるのは彼氏として喜ぶべきことなのに、自身の貞操の危機がチラついて身構えてしまう。


 当然、“質を高める”という迂遠な言い回しは、“色仕掛け”以外の何ものでもない。


 「うぅ、先月まで和馬と一緒に居た時間が長すぎたから却って辛いわ......」


 と、まぁ超絶可愛い供述をしており、思わず弁護したくなる衝動に駆られる。


 あと今更だけど、目の前にずっと葵さんが居るのはなぜ? 茶を啜りながら、地味にチラチラとこっちを見てくるんだけど。


 湯呑に入った温かいお茶なら中身が入ってるかどうかなんて知ったこっちゃないけど、今の時期はグラスに入った麦茶が常なので、中身が空だと丸わかりだ。


 空のグラスに口を付けて啜っても喉は潤うのかね? 即バレる仕草はやめようよ。


 気まずくないのかよ。以前、あんたから告白された身としては気まずいよ。


 「こうなったら......よいしょっと」

 「っ?!」

 「ちょ! 何をしているんですか?!」


 俺がそんなことを考えていたら、隣りに居る陽菜が急に俺の膝の上に乗ってきた。


 「何って、今のうちに不足してる分のカズマ成分を......」

 「今日は私の日ですよ!! 目の前で彼氏の唇奪うの禁止です!」

 「お、おい。葵さんが目の前に居るだろ」

 「わ、私はかまわないから。続けて」


 “続けて”。


 どんな心情でそんなこと言えるんだろう。


 陽菜は千沙を無視して俺に唇を近づけてくるが、俺は片手でそれを阻み、もう片方の手を彼女の背中へと回した。


 そしてグイッと彼女の小さな身をこちらに寄せて、思いっきり抱きしめる。


 「悪いな。理由はどうあれ、俺からしたら千沙も彼女なんだ。辛い思いをさせるかもしれないけど、陽菜が好きって気持ちは変わらないから」

 「「「っ?!」」」


 どうだろう? 珍しくキザな言い方をしてみた。これには千沙や陽菜だけじゃなく葵さんもびっくりだ。


 そして自分で発言したことにも関わらず、鳥肌が立つという始末に。


 よくよく考えたら言い方がアレになるけど、陽菜と千沙って俺にゾッコンなんだよね?


 俺は俺がそこまで立派な彼氏とは思えないが、彼女たちからしたら俺は白馬に乗った王子様と称しても過言じゃない気がする。


 であるならば、だ。


 中の下という俺の自己評価は、世間一般の価値基準をもってしても間違っていないはず。が、彼女たち二人は、俺の性格もセック――じゃなく、ルックスも全て最高評価をつけている。


 故に千沙フィルタ、陽菜フィルタに写る俺は、紛れもなくイケメンであるに違いない。


 「愛してるよ、陽菜」


 うお、鳥肌が悪化した。


 が、


 「あぅ......こういうの、好き......かも」


 かなり甘ったるい声を頂戴した。どうやら効果は抜群のようだ。


 正面から抱きしめているので、陽菜の顔は見えないけど、こうして小さく縮こまった彼女の様子から判断するに、ありよりのありな戦法とも言える。


 ああ、俺ってなんて罪な男......。


 「いッいいいい今は私が彼女ですよ!! この浮気者!! 目の前でNTRた私の身にもなってください!!」

 「お、落ち着けって」

 「うへへ」

 「ご、合法的なNTR......」


 そんなこんなで賑やかな夜は更けていくのであった。

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