第437話 和馬は領地を手に入れた!
「兄さん、そこに直りなさい」
「? どうした、そんな奇抜な格好して。普段の3割増でイタい子になっちゃうぞ」
「っ?! いいからそこに直りなさいッ!!」
天気は晴れ。もう既に日は暮れて、夕食を摂り終えた俺たちは居間にて例の如く寛いでいる。
そんな一時の安らぎで満ちた空間に、なにやら変な格好をした千沙が俺の下へやってきた。
変な格好というのは、彼女が夜間でもクソ暑いこの時期に真っ赤なマントを羽織り、片手には肩まである長い杖、頭上には金ピカの王冠が乗っかっていたからだ。
コスプレだろうか。それにしてはやけに安っぽくて即席で済ませた感が否めないな。
妹よ、お前の奇行は今に始まったことじゃないが、周りの皆もびっくりしてるぞ。
「いや、そこに直れって言われても......」
「いいから!!」
「え、ええー」
「女王の御前ですよ!」
「はぁ」
格好だけじゃなく、中身もその気らしい。俺は横暴な主君に大人しく従うことにした。
ちなみに彼女の言う、そこに直れというのは目の前で『直立不動しろ』とか『土下座しろ』とかの意味じゃない。久しくて忘れているかもしれないが、“人間椅子”のことである。
俺が四つん這いになることで、彼女は俺の背に腰を下ろし、処女膜を至近距離に感じさせてくれる。
美少女が座ってくれるんだ。俺にとってはご褒美以外の何ものでもない。
ニ◯リのソファーにも負けない居心地を提供する心意気である。
「うぐッ!」
「ふん、居心地の悪い椅子ですね」
ありがとうございます、ありがとうございます。
ああ、プッチンしたくてもプッチンできない膜が俺のすぐ上に......。
また俺のこんな様子を傍で眺めていた皆の目線は、失望の意を隠せないでいる。
別にいいけど、彼氏の俺に文句を言いたいなら妹通せよ。はッ!!
「で、なんで兄の上に座ったんだ」
「普通は座られる前に聞きなさいよ」
「実は兄さんがバイトしに来る前、私たち家族には各々が管理する畑がありました」
“各々が管理する畑”?
家族一人一人が自己責任で扱っている畑ということだよな? そのまんまの意味だけど。
「が、それも兄さんが働きだしたことで、労働力が各仕事に行き渡り、ある程度余裕ができたからと、ちゃっかりと自分が管理する畑に兄さんを連れて行って仕事をさせていました」
「「「「うっ」」」」
千沙のその一言でこの場に居る俺以外の皆が苦い顔をする。
バイト野郎的には誰が管理していようと畑は畑であって、仕事は仕事であるから不満は無い。
まぁ、“個人で管理する”という要素が重要視されているのだから、その点で言えば俺という労働力はちょっとズルなのかもしれない。
でも4人のこの様子だと、全員が全員俺を扱き使っていたようなので、若干の後ろめたさがある模様。
さっきも言ったが、バイト野郎に不満は無いのでどんどん扱き使っていただきたい。
「まぁ、うん。それが兄の上に座る理由と関係してる?」
「宰相」
「誰が宰相よ」
宰相と呼ばれた人物は陽菜である。彼女に向けられた“さいしょう”という言葉に、俺は一瞬、“最小”という意味で捉えてしまった。
どこが最小なのか、もはや言うまでもない。
そんな俺の邪な考えを察したのか、陽菜は四つん這いの俺の尻を蹴ってきた。
お尻がジンジンするが、美少女から蹴られてはご褒美以外の何ものでもない。
ありがとうございます、ありがとうございます。
「そこでね、割と労働力に余裕が見えてきたから、あんたにも自分が管理する畑をあげようかって話を以前にしてたのよ」
「俺に?」
女王に代わって俺に説明をしてくれた宰相だが、未だその真意を掴めていない俺の頭上には、疑問符が浮かぶ。
「そ。まぁ、家庭菜園みたいなもんよ。最初は管理しやすいように、小さな畑から、なんてどうかしら?」
「は、はぁ」
バイト野郎が全部管理するってこと? 土の質とか、病気の有無とか、何を育てるかとか?
住み込みバイトで働きに来ているのに、いったいどの時間見て家庭菜園しないといけないんだ。
なにせ朝から日没まで働くんだから、家庭菜園なんて時間がかかる作業できないでしょ。
俺のそんな疑問に答えてくれたのは葵さんである。
「正直、仕事の量の調整が難しくてね。和馬君が一生懸命働いてくれるのは助かるけど、地味に次にしてもらう仕事を考えるのも大変で」
「と、言いますと?」
「ほら、農作業って必ずしも、どの仕事もかかる時間が決まっているわけじゃないでしょ。思ったよりも早く作業が終わるとその分時間が余るし、その逆もあるじゃん」
「ああ、なるほど」
例えば俺一人に収穫作業を任せたとする。その日は偶々いつもよりも収穫量が少なかったら、それに比例して作業時間も短くなることだろう。
早まった分、俺は次の仕事を貰うため、葵さんたちに報告をする。が、彼女たちも暇じゃない。
そもそも手分けするために、俺一人に仕事を与えたのだから、早まればまた次の仕事を考えないといけない。
逆に予定よりも時間がかかった場合、皆は俺がその後する予定だった仕事を、代わりに行うなどして調整をするに違いない。忙しい葵さんたちが、だ。
こればかしはその日の状況によって、かかる時間に左右されるから仕方がないな。
「でね。和馬君には早く仕事が終わったり、全体の仕事の進捗具合に応じて余裕ができたりしたときに、自由に使っていい畑をあげようかなって」
「もちろん、泣き虫さんの都合でかまわないわぁ」
「それに個人管理だから、バイトがある日ない日関係なく好きにしていいのよ」
「うんうん。高橋君には農機具の扱い方を教えたから、いつでもうちのを自由に使っていいからね。有機肥料も農薬もだ」
ふむ。ということは、今はできないが、放課後に自分が管理する畑へ行って好きなことができるのか。
それに農機具や肥料、農薬も好きに使っていいらしい。
今までは中村家で働くことに必死だったが、0から100まで自分の手で管理できるとなると......なんか楽しそう。
家庭菜園。老後の娯楽の一種かと思っていたが、これを機に農作業を自ら進んで学ぶのも有意義なのかもしれない。
「自分の畑......」
「あと出来が良かったら直売店で売ってもいいよ」
「っ?!」
なんと!!
自分で育てた野菜を商品として売ってもいいと!!
未だ四つん這いの俺は、この件を引き受けてもいいんじゃないかと思えてきた。そんな俺に真剣な眼差しを向けてくる一同は、俺の答えをじっと待っていた。
......どうしたんだろう。
提案してきた当初は軽い感じだったのに、今となっては俺の判断が軽視できないくらい、今後の展望に深く関わってくると言わんばかりの面持ちだ。
ま、あれこれ考えても仕方がない。
「ぜひ、自分にも畑をください」
「「「「ほ」」」」
「さいですか。では明日、兄さんに任せる畑を紹介しますね」
何はともあれ、自作野菜とか楽しいに決まってるんだし、今まで教わった知識、技術をフルに活用したい。
俺の返答に葵さんたちはホッと胸を撫で下ろした。俺が個人管理するってだけなのに、なにをそこまで心配してたんだろ。
今気づいたが、千沙のこの女王コスプレは俺に
「あ、もうこんな時間ですか。そろそろ自室に戻りますね」
「私の部屋に、ですよ、下級貴族さん」
時計を見れば、そろそろお暇する時間だったので、俺と千沙は軽く挨拶してから南の家を後にした。
道中、なぜか女王様にお姫様抱っこをせがまれたことにより、下級貴族は暑苦しい彼女を抱えて東の家に向かうのであった。
*****
〜その後〜
*****
「いやぁ。高橋君、快く引き受けてくれて助かったね」
「和馬に農作業の楽しさを自発的に学ばせて、うちに依存させようという魂胆は上手くいくのかしら?」
「おほほ。人聞きの悪いこと言わないでぇ」
「うんうん。あくまで自己責任だし、これなら和馬君をうちに縛れるしね」
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