第434話 手伝わないことが手伝い
「葵さん、自分にはこの先もあなたが必要です」
もちろん仕事の上司としてである。
雇い主が俺に任せる仕事は説明不足で困るし、真由美さんは最近ちょいちょい弄ってくるから対応に困る。
ならもう葵さんしかいない。
天気は晴れ。夏休み真っ只中の今はクソ暑い。外で立っているだけでも汗が出てくるほどクソ暑い。が、飴と鞭の関係のように、この暑さを和らげる風がどこからか吹いてくることもある。
それがなんだか気持ち良くて、作業をしている身としては数分間隔で吹いてこいと願いをするばかりだ。
そんな中、トウモロコシ畑にて俺は葵さんに嫌われないよう、必死に言葉を選んで紡いでいた。
「一方的で身勝手なことこの上ない話ですが、葵さんにも求められるように自分を磨いていくつもりです。......それでは駄目でしょうか?」
「だ、駄目なんて......」
葵さんと仕事ができなくなるのは御免だ。無論、俺の面倒を見てほしい等の意味合いだが、それ以上に美女と一緒に仕事したい。
それだけである。
彼女が何人増えようと美女と共に居たい。一分一秒でも長くだ。
童貞野郎が常にムラムラしているからか、と言われれば無論それだけじゃない。
男というのは、股にぶら下がったアンテナからレーダーを常に張り巡らせ、少しでも居心地の言い空間に赴こうと必死になる生き物だ。
故に俺にとっての農作業から“美女と仕事をする”を抜いたらただの拷問でしかない。
仕事を与えてくれた中村家、並びに全国の農家さんには悪いが、猛暑の中、ただただ独りで作業するのは拷問以外のなにものでもない。
「でも和馬君には既に......」
俺のあの発言がそこまで気に障ったのか、まだ葵さんは素直に納得してくれない。
俺は葵さんの言葉を遮るようにして言う。
「そんなことありません。周りがどう思っているのかわかりませんが、自分はこれでも足らないと思ってます」
自惚れていた。
正直、そう思っている自分が心の中にあったのは自覚している。1年と3ヶ月という長期スパンのバイト生活を終えて、天狗になっていたのは認めよう。
でも長いように見えて、実は長くもなんともないそのスパンに自惚れてはいけなかったのだ。
一般的なアルバイトと違って毎日作業内容が変わるこの農家に至っては、俺がやってきたことなどただの達成感の塊でしかない。そこに熟練度は伴っていないのだ。
夏には夏の仕事、冬には冬の仕事があるからな。
だから言える。高々一年バイトを続けたところでは何も成長していないのだと。
だから言える。少ない
「それでも、和馬君が3人とやっていくことは、きっと楽しいことだけじゃない......むしろ苦労することの方が多くなると思う」
葵さんが少しばかり声音を落としてそう言った。その様子から不安気であることを俺は察した。
おそらく仕事が山積みな中村家にとって、葵さんの言う3人......雇い主と真由美さんと自分自身を指しているのだろう。言うまでもなく家業の主力メンバーだからな。
もう『自分がもう一人居れば』なんて自惚れは言わない。
「はは、今更ですよ。自分の気持ちは変わりません。ですからどうか、葵さんのお力をお貸しください」
そう、これでいいのだ。
『助けてください』の至ってシンプルな言葉だけで。
葵さんは俺の言葉を聞いて頬を真っ赤に染めた。後輩からバカ正直に頼られて照れてしまったのだろうか。
心做しか、彼女はもじもじして必死に返答を捻り出そうとしている。
「わ、私の方からも......これからよろしくお願いします」
だから優しくて後輩思いの彼女は必ず言ってくれるんだ。
『手伝う』と。
それだけでいい。それが最適じゃなくても最善なんだ。
「はい!」
俺はこれ以上にないくらい満面の笑みを浮かべてそう答えた。
斯くして俺たちは、改めて助けて合うことを約束したのであった。
*****
「さて、兄さん。今から可愛い可愛い妹とキュウリの収穫を行います」
「珍しいな。お前が巣から出るなんて」
「失礼な。私だって働くときは働きます。家業は助け合ってこそです」
「本音は?」
「お母さんが働かないとアイス買ってこないって」
お前の原動力すごいな。
現在、葵さんとのトウモロコシの収穫作業を終えた俺は、次に千沙とキュウリの収穫を行うことになった。
ここ、キュウリ畑では俺と千沙しか居ない。キュウリ畑の隣にはオクラ畑があって、後にそちらも収穫する予定である。
俺に任された仕事内容だが、なぜか千沙も手伝うと言い出してきたので今の状況に至る。
珍しくやる気な妹に関心した方が適切なんだろうが、如何せん自分ファーストな妹の動悸のせいで素直に喜べない。
ま、結果的に手伝ってくれるなら感謝しないとな。
「で、キュウリの収穫ってどれくらいの大きさのを取ればいいんでしょう?」
「......。」
農家の娘に仕事内容教えるアルバイトとは。
俺は試しにキュウリを一本、鋏で切り取って千沙に渡した。
「こんくらいの大きさだな」
「誤差はどれくらいでしょう? まさかこの大きさぴったりの物だけではないですよね?」
「......プラマイ2、3センチってとこかな」
「へぇ。曲がり具合はどうでしょ」
「多少は大丈夫じゃないか? 酷くてもB品として安価に売ると思うし」
「なんか兄さん、私より詳しくありません?」
そりゃあお前より働いてきた自信あるもん。
俺が教わったことをそのまま千沙に教え、俺たちの収穫作業は始まった。
が、
「いッたぁ?!」
「っ?!」
俺の妹は作業開始1分未満で悲鳴をあげた。どこか怪我でもしたのだろうか。尋常じゃない叫び声である。
「え、なに? もう? もう怪我しちゃったの? 早くない?」
「は、はい。キュウリの棘が刺さりました」
「刺さるもんなん? たしかにチクチクするけどさ」
「毒とかありませんよね?!」
「な、無いよ。お前は昼食った冷やし中華に使われた野菜に毒が入ってると思うんか」
「料理なんかしませんからわかりませんよ! 無毒化処理とか言うじゃないですか!」
「冷やし中華にそんな工程ねぇよ。というか、なんで素手? 背抜き手袋はどうした?」
「素手の方が熟練農家って感じしません? テレビで視てて憧れてたんですよね」
「......。」
よし、こいつには帰ってもらおう。仕事が進まん。
たしかに先程、葵さんと『互いに支え合って仕事しよう』とは誓ったけど、千沙とは支え合う感じしないもん。
俺が千沙に帰らせようとしたら、まだやるとか我儘言ってきたので、仕方なくオクラの収穫を任せることにした。なにもキュウリの収穫だけでここに来たわけじゃないからな。
ここから少し離れたところにあるオクラ畑へ向かった妹は、今度はちゃんと手袋をして収穫に取り掛かった。
が、
「かっゆぅ?!」
「......。」
またも悲鳴をあげる妹である。
オクラには細かな棘があるからな。それが地肌に触れると刺さって痒くなる。千沙は露出の少ない作業着姿だから大丈夫だと思ったが、痒くなる事態が発生したらしい。
「兄さん! これ毒です! 痒くなるとか絶対に毒ですよ! 私、死ぬんですか?! 処女のまま!! 死因オクラでッ!! 嫌ですよぉ!!」
「......。」
もうその辺で日向ぼっこでもしててくれ。
呆れ顔の俺は仕事を再開するのであった。
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