第433話 葵の視点 最低な姉と強欲なアルバイト

 「......和馬君はすごいね。一緒に作業する度に頼もしく感じるから、どうしても無視できなくなる」


 私は思っていたことを吐露してしまった。


 そこに戸惑いの意思はなかった。口からすり抜けるように、ぽろっとだ。


 独り言にも似たそれは、確かになんでもないことのように言ったけど、彼に聞いてほしかった言葉だったのかもしれない。


 「ねぇ、い、今更掘り返すのもあれだけど......。和馬君はあのとき、私のことも、す、すすす好きって言ってくれたでしょ。もしかして今もまだ......」


 やめておけばいいのに、私はそんなことを和馬君に聞いた。


 でも続きは言わなかった。


 あの日、少し前に彼の気持ちを知れて、それが私の抱いている感情と一緒だということを知れて、可能性が0じゃないことを知れて......私は少し喜んでしまった。


 二人の大切な妹が居るのに、だ。


 最低もいいとこで、関係に結びつかなければいいという話でもなく、感情を抱くだけで罪とも言えるこの劣情は、赦されていいはずがない。

 

 「き、聞いてる? 和馬君?」


 彼と目を合わせずに一人で話し込んでいた私は、先程から反応が無い彼を不思議に思って見上げてしまった。


 「うぇ?」


 心ここにあらず、と言わんばかりに彼は呆けていた。


 ちょ、どういう心情?


 「いや、話聞いてた?」


 割と真面目な話してたんだけど......。


 私のそんな言葉に和馬君は一瞬で真面目な顔つきになり、数秒程黙り込んだ。そして口を開く。


 「自分は......変な話ですけど、自分が二人居ればなって思います」

 「っ?!」


 彼の言葉を聞いて私は酷く驚いた。彼の気持ちがまだ変わっていないことを知れて嬉しくなってしまった。


 そして同時に胸が苦しくもなった。


 彼はわかってくれていなかったという事実が、私の胸を締め付けるように苦しみを与えてくる。


 「そ、それて......もう一人の和馬君を私にってこと?」

 「ええ」


 彼が言ったことは、単純に自分がもう一人いれば私の相手をできるという意味だからだ。


 自分は千沙と陽菜の彼氏で、もう一人の和馬君は私の彼氏になるという意味だからだ。


 「まだ私のこと......」

 「え。あ、ああ、はい。葵さんだって辛いでしょう?」


 同じ人間がもう一人居る、なんて馬鹿馬鹿しい話はどうでもいい。


 その言葉が、彼の思いが......同情心のように思えて仕方がない。


 「なんで......なんでそういうこと言うの」

 「はい?」


 気づいたら口にしていた。


 もしかしたら彼は私に気を遣ってそういうことを口にしたのかもしれない。


 それでも、


 「わ、私だって......頑張って我慢してたのに」


 彼にとって自分が二人居ればという思いは、同一人物であっても目の前の彼とは別の存在である。


 言い方を変えれば、それは他人に私を任せるということ。


 私が好きな異性を別で作って、私の相手をさせたいということ。


 「い、いや、そう言われましても......ご、ごめんなさい」


 彼は自分が言った意味を理解していないのか、困った顔を私に見せる。次第に自分に非があったのだと察した様子で謝ってきた。


 そしてどこか意を決した顔つきになった彼は自分が口を開く。


 「たしかに(仕事的に)期待には応えられていないかもしれませんが、それでも(中村家に)尽くしたいって気持ちがあるのはたしかですから」


 そう......。


 和馬君が本当に私の幸せを望んでいてくれたとしても......自分じゃない他の人に任せたいという気持ちは嫌だ。


 「そんなの......嬉しいけど、駄目だよ」


 我儘な私は彼にそう言い残してこの場を後にした。



*****



 「はぁ......」


 私は深い溜息を吐いた。


 それはもう胸いっぱいに吸った空気を、時間をかけてじっくりと吐き出すようにである。


 家に戻ってきた私は、南の家の玄関のドアに手を着いて落ち込んでいた。


 「さすがにアレは言いすぎたかなぁ」


 ついカッとなって言ってしまった。私らしくないな。彼の例え話にムキになるとは。


 ただちょっと彼の気持ちはどうなのかなって知りたかっただけなのに、まさか返り討ちに合うとは。


 いや、元々私は彼から離れるべきだと考えていたんだから、さっきのことを気にする必要はない。むしろ良い機会だと思えば......思えればいいのになぁ。


 「後でさっきのこと謝った方がいいよね......」


 という思いはあったけど、私は何も言えずにその日を過ごしてしまった。



*****



 「い、今からトウモロコシの収穫をしまーす」

 「お、おおー」


 気まずッ。


 私と和馬君はトウモロコシ畑にて、収穫作業を行う予定だ。夏のこの時期に旬な野菜で有名なトウモロコシをいつも通り収穫するだけなのだが......


 「しゅ、収穫の方法はわかるよね?」

 「こ、この前も収穫しましたから」


 気まずい!


 非ッ常に気まずい!! 


 昨日、結局あの後、私は彼に謝ることができなかった。


 仕事を終えてから迎えた夕食時もそう、その後リビングで寛いでいたときもそう、何も言えなかった。


 とてもじゃないけど寛ぐことなんてできなかった。


 でもそれは彼も同じで、昨晩は終始顔が真っ青だった気がする。


 申し訳ない気持ちでいっぱいだ......。


 私は和馬君に一言謝るため、彼にもついてきてもらったけど、未だ言い出せていない。


 「葵さん」

 「ひゃい?!」

 「じ、自分はこっちから収穫しますね」

 「あ、はい」


 彼も特に昨日のことに関して口にする気がなさそう。


 先輩である私を差し置いて仕事始めちゃったよ。


 手際よくトウモロコシをもぎ始めちゃったよ。


 彼の収穫ペースはいつも以上に速い。もいでは籠に入れ、もいでは籠に入れを繰り返している。おそらく気まずさからか、私から距離をおこうと必死に作業を進めている。


 気まずいのはわかるけど、あからさますぎだ。


 「......逃さないよ」


 私だってちゃっちゃと謝って後顧の憂いを断ちたい。そう思って私も彼に続いて彼の隣のトウモロコシが生っている列から作業を始めた。


 やはり長年この仕事に携わってきた私に利があるのか、私より先に始めた彼に追いついたので、思い切って声をかけることにした。


 「きゃずまくん!」


 最悪。噛んじゃった。


 「は、はい。なんでしょう」


 彼は無視することなく、作業を一時中断して私に向き直った。


 私と彼の間にはトウモロコシがある。トウモロコシの株は和馬君の身長ほど高さがあって、それが間にあるから彼の顔を直視しないで済んでいる。


 あともう少し成長すれば2mにも達するトウモロコシだけど、今はどうでもいい。


 「あ、あの、その、えっと......」


 駄目だ。


 なんて言い出せばいいのかわからない。


 ああー、なんで一言謝ればいいのに口に出ないのかなぁ。こんなこと時間が経てば経つほど拗らせるだけなのに。


 「なんというか......」


 私が言い渋っているのを見兼ねたのか、彼が口を開いた。


 「ごめんなさい」

 「へ?」


 思わず間の抜けた声を出してしまった私である。


 「昨日のことですよね。失礼なことを言った自分に非があるのに、気を遣わせてしまってすみません」

 「そ、そんな!」


 トウモロコシの株の向こうで彼が私に頭を下げた。その株が私たちの間にあるせいで彼の顔は見えないけど、葉と葉の隙間から彼の動作だけは見えた。


 「葵さんも頑張ってくれたのに、自分はそれを無下にする発言をしました。今考えると、自分が逆の立場だったら失礼極まりないと反省しています」


 彼は頭を上げようとせずに語り続ける。


 確かに言われた立場としては辛かったけど、それでも彼はちゃんと反省してくれて、私の気持ちを自分のことのように思ってくれた。もうそれだけで胸の中が満たされる。


 それに結果はどうあれ、そもそも彼は私のことを考えて言ってくれたんだ。私もそれくらいは理解しているつもりだ。


 「和馬君は二人も要らないよ。言い方はあれだけど、辛くても和馬君は一人だけで十分。結末がどうなろうと向き合ってくれるだけで嬉しいから」

 「葵さん......」


 私がそう言ってこの話を終わらせようとしたが、彼の懺悔は止まらなかった。


 「自分は至らないところばかりで申し訳ないです。自分が言ったあの言葉は、必ずしも一方的なものではないのに......」

 「......と言うと?」


 いまいち理解が追いつかなかった私は彼に説明を促した。


 「葵さんも自分がもう一人居ればな、なんて思うことがあるかもしれません」


 ん? 私は二人も要らなくない?


 二人居たら説は妹たちの交際相手である和馬君の都合が悪いからでしょ。私がもう一人増えたらただただ哀しさが二倍になるだけだよ。


 「自分は不器用ですから、葵さんの力を頼ってしまいます。逆も然りで、葵さんが大変な思いをしているときに、自分は身体張って成し遂げてみせます」


 う、うおぅ。


 そんなお互い支え合う理想像を語るとは思っていなかった。それにそういう言葉は彼女である千沙と陽菜にかけるべきものなのに。


 「きっとお互い長けた面はありますから、そこで頼っていきましょう。自分もできるだけ葵さんの力になりたいです」


 真面目な話なんだけど、トウモロコシ越しで彼の顔が見えないのはネックだ。


 「葵さん、自分にはこの先もあなたが必要です」

 「っ?!」


 トウモロコシ越しに告白された?!


 「一方的で身勝手なことこの上ない話ですが、葵さんにも求められるように自分を磨いていくつもりです。......それでは駄目でしょうか?」

 「だ、駄目なんて......」


 こ、ここまではっきり言われるとは......。


 「でも和馬君には既に......」


 千沙と陽菜が居るでしょ、と言おうとしたけど、私の中の醜い部分が邪魔して最後まで言えなかった。


 「そんなことありません。周りがどう思っているのかわかりませんが、自分はこれでも足らないと思ってます」


 “足らない”?!


 千沙と陽菜の二人を相手にしているのに?!


 ちょ、どうしちゃったの急に。


 「それでも、和馬君が三人とやっていくことは、きっと楽しいことだけじゃない......むしろ苦労することの方が多くなると思う」


 千沙と陽菜、そこに加えられる私の三人を指して私は言った。


 「はは、今更ですよ。自分の気持ちは変わりません。ですからどうか、葵さんのお力をお貸しください」


 ああ、もうここまで言われたら......


 「わ、私の方からも......これからよろしくお願いします」


 断れないや。


 「はい!」


 満面の笑みを浮かべて過去一気持ちの良い返事をくれた彼に、私は苦笑してしまったのであった。


 斯くして、私は既に彼女が二人も居る和馬君と交際の関係を築くことになる。


 ............なっていいんだよね?


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