第432話 コスレチガイ
「どーぞ」
「はーい」
現在、バイト野郎と巨乳長女はビニールハウスに上から紐を張って、新しく張り替えたフィルムを固定していた。
作業は終盤に差し掛かり、この紐を張るという工程でビニールハウスは完成されるのだ。
その紐はハウスバンドと呼ばれ、特徴は横幅1センチメートル程の黒色の平たい紐だ。
「いいよー」
「了解です」
ビニールハウスの上から紐で縛るその様は、例えるなら豚の角煮なんかで使われるタコ紐のような役割を担う。
タコ紐で縛ることで肉の型崩れを防ぐように、ビニールハウスを紐で押さえつけて風による羽ばたきを防止するための紐だ。
本当はその例えをかの有名な“亀甲縛り”にしたかったが、アレは『安全のために縛る』じゃなくて、『興奮するために縛る』のである。
用途が違うので、例えるのはビニールハウスに失礼だろう。
「どーぞ」
「はーい。......んしょっと!」
で、さっきから俺らが交わす合図はなにかと言うと、紐を順番に縛るために必要な掛け声だ。
紐で縛るのは人がそれぞれハウスの両側真横に居なければならない。自身の靴底付近にあるハウスの紐止めピンにハウスバンドを通していくのだが、そのためには右側を担当する者と左側を担当する者が必要なのだ。
ハウスの両側の端から二人で順番に行う。一人が紐を引っ掛け終わったらもう片方の人に合図を送る。待っている人はせっかく張った紐が緩まないよう、張った紐を握っておかなければならない。
その繰り返しを行うことで、紐はピンッと張られるのだ。
「ふぅ......いーよ」
「あーい」
が、葵さんに疲れが出てきた模様。
真夏のあっつい日中だからか、彼女は反対側に居る俺からでもわかるくらい疲れていた。俺は新しく張り替えられた半透明なフィルム越しから、そんな彼女の様子を伺っていた。
「大丈夫ですか?」
「うん。あと少しだから頑張ろ」
「無理しないでくださいね」
本来ならば葵さんがしていることを、男である雇い主がやるはずだったが、生憎とあの大黒柱は腰が痛くて満足に仕事ができない。
紐止めピンが靴底付近にあるからな。中腰続きの作業は、どうしたって中年オヤジの腰に固定ダメージを与えてくるものだ。なので雇い主はこの場に居ない。他の仕事をしにどっか行った。
いくら日頃から家業を手伝っている彼女とは言え、さすがに紐を引っ掛けて、緩まないように握り続ける作業は大変だろう。
作業は着々と進んでいき、俺のとこの紐止めピンで終わりを迎える。
「らす、とー!」
「はい。......終わりました」
俺が縛り終えたことでビニールハウスは完成した。お互い慣れない作業で予定よりも時間がかかってしまった。
俺は疲れ果てた葵さんの下へ行き、力作業に奮闘した上司を労うことにした。
「お疲れ様です」
「お疲れ。これで仕事が一つ片付いたよ」
葵さんがタオルで額の汗を拭いながらそう返してきた。作業着姿でも女性が汗をかいた様はなんとエロいことか。
「......和馬君はすごいね。一緒に作業する度に頼もしく感じるから、どうしても無視できなくなる」
童貞は脳の処理能力の半分を18禁的要素で占めているから多感なのはしょうがない。
右脳は日常生活の作業に必要な演算処理を司り、左脳ではいつも生意気な彼女二人をぶち犯しているのだ。
正直、自分でも気持ち悪い表現だと思うけど、それくらいここ最近の俺の心は穏やかじゃない。
「ねぇ、い、今更掘り返すのもあれだけど......。和馬君はあのとき、私のことも、す、すすす好きって言ってくれたでしょ。もしかして今もまだ......」
考えてみろ。日替わりで全く別の感触のキス、差異はあれど柔らかな乳房を堪能する日々だぞ。
息子は爆発しそうな状態であっても、その場でケアすることは許されない。未だどちらかを一番なんて決められない俺に、彼女らを襲っていい資格は無いのだ。
変な話だよなぁ。
彼女ができれば童貞なんてポイ捨て感覚というか、時間の問題で解決するだろうと思っていたんだけど、今の俺からしたらどんどん遠ざかっていく一方だ。
息子よ、ごめんな......。
「き、聞いてる? 和馬君?」
「うぇ?」
「いや、話聞いてた?」
気がついたら真面目な顔つきで上司がバイト野郎の顔を覗き込んでいた。
やべ、脳の半分は18禁的な要素で占めるって言ったが、今の俺は脳全体をその要素で侵されていたわ。
まさか上司が話している最中に、その上司の妹たちをぶち犯す妄想してました、などと言えるはずがない。
バイト野郎はクソ野郎で広く知れ渡っているが、そこまでクズにはなれない。葵さんがしていたであろう話の内容を考察せねば。
今の今までビニールハウスのフィルムを張り替えてたんだ。きっと話題はそれに基づくはず。
であれば、さっき一緒に紐をフィルムの上から張って縛り付けていたため、その作業に苦戦した話でもしていたのだろう。
大変だったねとか、和馬君は疲れてない?とか。うん、きっとそうに違いない。
ならば相槌を討たなかったバイト野郎に非があるな。
なんか今日のバイト野郎、この上なく冴えてる気がする。
「自分は......変な話ですけど、自分が二人居ればなって思います」
「っ?!」
それを聞いた葵さんがすごく驚いた顔をした。するとどうしたことか、見る見るうちに彼女の顔は完熟したトマトのように真っ赤になっていた。
へへ、“充血した唾液まみれの舌”などに例えず、“完熟したトマト”と表現したのは農家らしい例えだぜ。俺はただの変態じゃない、TPOを弁えられるセクハラ野郎だ。
言う成れば農家系変態だ。あ、結局変態だった。
ちなみになんで『バイト野郎が二人居ればな』などと末恐ろしい発想と発言をしたのかというと、単純にこの作業は男が二人居れば事足りるからだ。
雇い主の代わりを筋肉しか取り柄のない俺が二人居たら、葵さんが苦労することはなかった。そういう意味で口にした言葉だ。
「そ、それて......もう一人の和馬君を私にってこと?」
「ええ」
話を聞いてなかった俺の返答に、葵さんの怒った様子は見受けられない。おそらく俺の返答がクリティカルヒットしたのだろう。
奇跡的な会話の修正に乾杯だ。
「まだ私のこと......」
「え。あ、ああ、はい。葵さんだって辛いでしょう?」
俺の例え話なんだけどな。葵さんのことを心配してはいるが、そんなマジで受け取らないでほしい。
むしろバイト野郎が我が国に二人も居たら世も末だな、とか軽くあしらってほしかった。
まぁ、都市伝説で世界には自分と瓜二つの人間が三人も居るって聞いたことあるが、それは容姿だけの話で止めてもらいたいものだ。
もしそいつらと
早く童貞卒業しろよ!!って文句を言いながらな。
「なんで......なんでそういうこと言うの」
「はい?」
馬鹿な考え事をしていた俺に、葵さんが責めるような口調で言い放ってきた。その声はどこか掠れていて、それでも少なからず何か強い感情が働きかけているのを感じる。
え? マズかった? 例え話なんですけど。
「わ、私だって......頑張って我慢してたのに」
「い、いや、そう言われましても......」
た、たしかに頑張って力作業をしていた彼女に、男二人の方が良かったなどと抜かした俺は失礼極まりない。
葵さんの負担を減らしたかったって思いは余計なお節介であって、彼女が欲しい言葉ではなかったようだ。
今にも泣き出しそうな彼女になんて言葉をかければいいのだろう。
「ご、ごめんなさい」
素直に謝っておくか。
彼女の農業に対する気持ちは、バイト野郎が推し量れるものではなかったのだ。
でも俺が中村家にバイトしに来ているのは、そういった負担を少しでも減らしたいという思いがあるからである。それは葵さんだけに限られた話じゃない。唯一の男手の雇い主みたいに力になりたいのだ。
だから付け加えて言おう。
「たしかに(仕事的に)期待には応えられていないのかもしれませんが、それでも(中村家に)尽くしたいって気持ちがあるのはたしかですから」
俺のその一言に、一際ビクッと肩を震わせた葵さんは俺に背を向けた。彼女の瞳から涙が頬に流れるのを見えた気がする。
「そんなの......嬉しいけど、駄目だよ」
そして彼女はこの場を後にした。
え、ええー。駄目なのぉ。
上司の御心がよくわからないバイト野郎であった。
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