第359話 バイト野郎バイト抜き変態マシマシ
「え、バイト君、中村家のバイト辞めちゃったの?」
「ええ。早計すぎたところもありますが、一応許可もらって......」
「ああ、早漏だから?」
「意味わかりません。あと真面目な話ですので」
昨晩は電話だけのかたちとなったが、一応中村家のバイトを辞めたバイト野郎である。学校で陽菜に会ったら気まずくなりそうだ。
天気は雨。今日一日は雨が朝から晩までずっと続くらしい。そのせいか、湿度が高く、じめっとした感じが肌について少し不快である。まぁ、天気に文句言っても仕方ないか。
そんな今日は会長こと西園寺美咲さんと俺の家から学校に向かっている。今は電車の中だ。
もちろん俺が誘ったんじゃない。この人が勝手にうちに来ただけ。お先にどうぞと言っても聞きやしない。しつこく言ったらビンタされたし。
相変わらずの独裁者である。俺はそんな独裁者をジト目で睨んだ。
「......。」
「なに、その反抗的な目」
「いえ、別に」
「しかしそうなると、今バイト君がバイトしているところがうちしかないよね」
「はい。そうなりますね」
「どうする? 時間増やす?」
ああ、西園寺家では毎週日曜日に午前中だけ働いているもんな、俺。でもここまできたら悠莉ちゃんとデートしたいし......。
会長には別に濁す理由ないし、正直に言えばいいか。俺らただの後輩と先輩の関係だからな。
「しばらくはこのままでお願いします」
「へぇ。またどうして?」
「交際している彼女とお出かけしようかと」
「......。」
うっ、さむッ。この時期の雨だからか、少し身体にくるな。
それに寒気というか、どこからか殺気のような......って漫画の見すぎか(笑)。
「ふーん? じゃあ、その子と遊ぶために中村家を辞めたってこと?」
「お恥ずかしい話、理由の半分はそれです。もう半分は別にありますが、まぁもう関係ありませんので」
「あっそ」
会長がなんか冷たい。“女の子の日”かな? そんなこと聞けないけど、パンティーを見れば一目瞭然だよな。拝みたいものだ。
って、駄目だ駄目だ。俺には悠莉ちゃんがいるだろう。
悠莉ちゃん......悠莉ちゃんかぁ。もう何よりも彼女を優先してしまっている気がする。
「その百合川悠莉って子のこと、そんなに好きなんだ?」
「お、珍しく人の名前覚えましたね」
「処すよ」
「ごめんなさい。許してください」
「それで?」
「まぁ、そりゃあ現に交際してますし、好きに決まってます」
「......。」
うっ。またブルッときた。もうなんなの。
「日に日に親密になっているのを実感するんです。この前も放課後、自分は悠莉ちゃんと色々なところに行きました」
「ホテルも?」
「ぶッ?! ほ、ホテルなんてまだ早いですって」
「“まだ”......ね」
そ、そりゃあ付き合っているんだし、いずれそういう関係になっていくかもしれないんだから覚悟くらいしとかないとね。
そんときが来たらやっと俺のこの呪いがかった童貞とはおさらばだ。
「どんな所に遊びに行ったの?」
「え? ああ、ほとんど飲食店ですが、靴屋にも寄りましたよ」
「じゃあ放課後の数時間で結構お金使ったんだね」
「そう、ですね」
悠莉ちゃんの欲しい物や食べたい物を良かれと思って全部買ったからな。たしかに消費が激しかった。
「もしかしてバイト君が全部お金出したの?」
「え? なんでわかるんですか?」
「うっわ、やっぱそうなんだ......」
な、なんだよ、その目。
っていうか、よくわかったな。俺が全部奢ったなんて一言も言ってないのに。
「必死こいてる童貞がしそうなことだなって」
「す、すみませんね、童貞で」
「でもなんでもかんでも奢るのは良くないな」
うっ。実は俺もあの後反省しているんだよな。というか、自重すべきだったと後悔している。
だって冷静に考えてみたら、クレープとかパンケーキとかならまだしも、うな重全部奢ったのはやりすぎな気がする。
極めつけはエア○ックス。
アレは普通、自販機の飲み物感覚で買っていいものじゃないよ。うん。
おかげであの放課後の数時間だけで3万円は飛んでったもん。今の俺は中村家のバイトを辞めて収入が少ないんだし、もうちょっと金銭面を考えないとな。
「あ、会長に聞きたいんですけど、女の子的にどこか食べ行くとき、お互いが料金を出し合った方が好きですか?」
「ワタシの場合はね。そっちの方が相手との立場に高低差が生まれない気がする」
「交際相手に優位な立場でいようとしないでください」
こいつの意見は当てにしていいのか? でも俺の女性の知り合いの中で交際経験が豊富なのは会長だけだし......。
まぁ、会長の話はあくまで参考程度だ。以前、悠莉ちゃんに言ったとおり、俺はこのまま彼女のバッグからお財布を出させないつもりである。
無論、男の変な意地だけの問題じゃない。
単純に女性はお金がかかる生き物だと、某保健室の女性職員から聞いたのだ。
曰く、『女は化粧とか美容に金を使わないとモテねーんだよ』と。
曰く、『彼氏が外見は気にしないとかどうでもよくて、綺麗でいたいんだよ』と。
そう熱弁してくれた保健室の先生は、今日も職場恋愛への発展に奮闘することだろう。
「その子からバイト君におねだりされてるの?」
「? そうですね。彼女の望むものはできるだけプレゼントしたいので」
「......バイト君、もしかしてだけど、その子に騙されてるんじゃない?」
「っ?!」
「まぁ、可能性の話だけどね。現に世の中には男をATMとしか思っていない女もいるんだし」
「......。」
悠莉ちゃんに限ってそんなことないはず......。い、いや、あり得ない。俺は彼女を信じているんだ。疑ってどうする。
「悠莉ちゃんと自分は今後もラブラブイチャイチャしていくので、きっと彼女は自分のことをそんな風に思っていないでしょう」
「君ってほんと......」
「?」
「......なんでもない。長続きするといいね」
会長は嫌味ったらしくそう言った。感じ悪いな。彼氏募集中だからリア充である俺にイライラしてんのか?
寂しい奴め(笑)。
「ふ。今に見ててください。会長の交際経験よりずっとずーっと長引いてアツアツなところをお見せしますから」
「っ?!」
うっ。ちょ、この車内、冷房効かせてない? まだ夏じゃないぞ。
寒気がした俺は車内の空調の風が当たらなさそうな場所を探した。そんな俺に会長は――
「あのさ、バイト君もうちのバイト辞めよっか」
「ふぁ?!」
俺は周りに乗客が居るにも関わらず素っ頓狂な声を出してしまった。
ちょ、え? どういうこと? いきなり何?
「あ、あの、辞めたいと思っているのは中村家の方なんですけど」
「知らない。もううちに来なくていいから」
「んな横暴な......」
もしかしてさっきの俺の失言か? まぁ、地雷踏んだ感じはしたけどさ。
「すみません、先程のことは謝ります。ですので――」
『右側のドアが開きます。ご注意ください』
と俺が言いかけたところで、電車が指定の駅に到着し、車内にずらずらと人が入ってきた。
そしてこの駅は――
「あ、先輩」
「あ、悠莉ちゃん」
俺の彼女、百合川悠莉ちゃんが利用する最寄り駅で、彼女と待ち合わせしていた駅だ。
「やぁ。生徒会長だ」
「っ?!」
すごい独特な自己紹介だな。名乗らず役職を言うとは。
悠莉ちゃんが俺の隣に居る会長を見て驚く。
やべ。以前も桃花ちゃんと一緒に登校したことで、彼女にはあらぬ誤解をさせてしまったんだった。
「ゆ、悠莉ちゃん、これは違くて――」
「お姉様ッ!!」
............“お姉様”?
理解が追いつかないバイト野郎であった。
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