第353話 殺気を放つひっぱいガール
「はい、和馬」
「......。」
「まだたくさんあるから、何回でもおかわりしなさい」
今日一日のバイトを終えたバイト野郎は例のごとく中村家で晩ご飯をこれからいただく予定である。
形だけはな。
「あの、陽菜さん。お茶碗に盛られているはずの白米がお米が1粒なんですけど」
今晩も酷い仕打ちが始まった。ここ最近ずっとそうだ。
現に今も陽菜が食卓に並べられている俺のお茶碗にご飯を、お米1粒しかよそってくれなかったのだ。
もちろんここは中村家の食卓なので俺と陽菜以外にも皆居る。
「え? あらいけない。私ったらつい」
「はは。誰にでもミスはあるさ」
「ありがと。せっかくよそったから食べ終わったらまた言ってちょうだい」
米1粒を?
せっかくよそったからって量じゃないよね。もっかいよそえば上書きできるよね。
でも大人しく従おう。怖いから。
俺はそう決めていただきますをし、お米1粒だけ口に入れて、大して咀嚼もせずにすぐさま陽菜におかわりを要求した。
が、
「はい」
「......。」
またしてもお米1粒である。
「またおかわりしなさい」
「あはは。根性あったらするよ」
ループだな。繰り返すだけ無駄だと悟った俺は周りに居る皆に目をやった。
「泣き虫さん、この生活にうんざりでしょう? 私も見ていて苦しいわぁ」
「ま、まぁ、お米1粒はやりすぎな気がするけどね」
「ええ。今日は兄さんと作業しましたが、かなり重労働でしたのでこれでは兄さんがあまにも可哀想です。全てにおいて兄さんに非があったとしても、ですが」
いや、俺に非があるにしてもここまでされるのは不当すぎる。
ちなみに雇い主はというと、
「いただきます」
「......。」
勝手に一人で食べ始めていた。
クソ野郎!! 助けろよ! 唯一のバイトの子だぞ?!
「陽菜、一日疲れたんだ。ご飯くらいまともに食わせてくれ」
「そうねぇ。たしか食パンがあったからそれを主食代わりにしなさいな」
「和食に食パンは駄目だろう!!」
「贅沢に物申すんじゃないわよ」
だって今晩のおかず見てみろよ! 焼き魚に豚肉の生姜焼き、ほうれん草の胡麻和え、大根葉の佃煮、煮物野菜、最後に味噌汁とまぁ和食勢ぞろいじゃないか!
「って、味噌汁に至ってはお椀に入ったただのお湯じゃねーか!!」
「ク○ールカップスープから好きなの選びなさい」
「だから和食!」
なんてこった。俺が何をしたって言うんだ。こんな酷い仕打ちが毎週続くとういのか。
くっ。かくなる上は......。
「陽菜! こんなこと続けたらお前を嫌いになる一方だからな!!」
「......は?」
「ふ。元々俺の心は変わらないが、こんな仕打ちする女子なんて嫌われて当然――」
“だ”と言いかけた俺に対して、曲がって隣の席にいる葵さんが「あぶッ!!」と叫び、俺の耳たぶを摘んで思いっきり自分の方へと引っ張った。その勢いで俺は嬉しいことに葵さんの巨乳に顔を埋めることができた。
が、素直に喜べる状況ではない。
何事かと思った俺はストンと壁に何かが刺さった音と、頬に残る違和感に気づいた。
次に感じたのはその頬を掠ったと思われる箇所の鋭い痛み。そしてパラパラと数本落ちた俺の黒い髪の毛。
「ごめんなさい。ちょっと手が滑って」
「......。」
そう、陽菜が俺の顔面目掛けてステーキナイフのような刃物を投げてきたのだ。それを既のところで葵さんが助けてくれたらしい。
状況を悟った俺は全身に嫌な汗をぶわっとかいて葵さんの胸から離れた。
「は、はは。なんでナイフを?」
「ほら、和食じゃない? 生姜焼き食べるのに使うじゃない?」
使わねーよ。豚肉の生姜焼き食うのにステーキナイフ使うやついねーよ。
こいつ、完全に俺の顔面をダーツ感覚でナイフを放っただろ。
「大丈夫ですか? 兄さん」
千沙が優しくも、俺の頬から流れる血を布巾で優しく拭いてくれた。
お兄ちゃんは大丈夫ですけど、千沙ちゃんの妹が大丈夫じゃないです。頭の方がね。
っていうかその布巾、台布巾じゃねぇーか!!
なに
「陽菜ぁ、さすがにナイフは駄目よ。流血沙汰じゃない。せめてスプーンとか殺傷能力の低い奴をねぇ」
「そうね。私としたことがつい」
母親として末っ子を叱れよ。叱ってくれよぉ。殺傷能力の有無じゃないんだよ。
やべーな。思った以上に陽菜の闇が深い。女性陣に俺の味方なんていないことくらい端からわかってたけどここまでとは......。
あ、いや、葵さんが俺のこと助けてくれたな。実際にさっき俺の耳たぶを引っ張らなきゃ俺は重症を負っていたんだし。
俺はそんな葵さんに助けを求めるべく、彼女の方に目をやった。
「ひ、陽菜、ナイフもスプーンも駄目だよ。暴力で解決することじゃないんだから」
「そうね。食事中よね。お行儀が悪かったわ。ごめんなさい」
「いや、お行儀の話じゃなくてね。いくら彼に――」
「反省しているわ。あともしかしたら次は葵姉にも投げちゃうかも」
「和馬君、腕で防げば顔に傷はつかないから」
よっわ。このクソザコ巨乳が。長女としてなんの
あとは雇い主だけだな......。
よし、雇い主! 君に決めた!
「ごちそうさまでした! お風呂入ってきます!」
行くな! 戻れ! モンスターボールという名の食卓に戻ってこんかい!!
尋常じゃないスピードで食事を終わらせた雇い主は、自分が使った食器をまとめて流し場に持っていき、早々にこの場を立ち去っていった。
「......。」
どうしよ。もう誰も居ないよ。誰も俺を助けてくれないよ。
こ、こうなったら仕方ない......。
「お、俺もごちそうさましようかな、なんて――」
「あらいけない! 私ったら和馬のお茶碗にお米1粒しかよそっていないわ!」
「え」
陽菜はあからさまな演技で、俺のお茶碗を見てそう言ってきた。そしてすぐさま俺のお茶碗を取り上げ、満面の笑みで告げる。
「今、山盛りによそうわね!」
「あ、いや、その」
「なぁに?」
「も、もうお腹いっぱいかなーって」
「は?」
「お、お腹が空いてなくてさ」
「嘘おっしゃい。今日もお仕事大変だったんでしょ? たくさん食べなさいよ」
「で、でも」
「た・べ・て」
「......。」
くそうくそう。
俺は未だ一切手を付けていないおかずを前に、歯を食いしばって陽菜からホカホカのご飯を受け取った。
茶碗からこぼれ落ちるくらい白米はみっちみちによそわれていたことから、もうしばらくは解放されないと悟った俺であった。
*****
〜その後〜
*****
「ふぅ。いい湯だったぁ〜......って、高橋君まだ食べてたの?!」
「ひっひっふー、ひっひっふー」
「醜い豚ね。まぁ、“出されたものをちゃんと食べきる”ことに関しては素直に褒めてあげる」
「略して“D・T”ですね。兄さんらしいです」
「はしたないわぁ。まだ食事中よぉ」
「和馬君だけね......」
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