第337話 新たな称号、女泣かし
「......。」
「な? いつまで待っても来ないって。諦めて帰ろ?」
現在、人生初彼女に大喜びしていた高橋和馬は校門の前で虚ろな眼差しで夕焼けを眺めている。俺の隣には白衣を着崩して着用し、縦セタがアイデンティティの30代前半の女性が居る。
そう、保健室の独身女性職員、田所真里である。
別名、行き遅れ縦セタ美女である。
「わかってんだろ? 自分自身でも。お前に彼女なんていやしないって」
「......。」
なんで校門に居るかというと、先日、俺に告白してくれた百合川悠莉ちゃんを待っていたからだ。待っていた理由も、彼女と話したいことが山程あるからである。
だから俺は今朝、自動販売機が設置されている校内のとある所で偶々出会った彼女を誘ったのだ。
話したいことがあるから放課後会おうって。
そう言ったのに......。
「おい、無視すんなよ。美女が話しかけてやってんだろ。彼女ができたなんて自惚れてたお前に、私が話しかけてやってんだろ」
「......。」
しっかしうるせーな、こいつ。
なんなん。傷心中の生徒の横でさっきから追い打ちばっかしてきやがってよ。なんでここにいんだよ。
この独身が。
だが、俺はこの女と同レベルにまで落ちたくないのでオトナな対応をすることにした。
「田所先生、お仕事は?」
「え? ああ、今日の仕事は終わったし、仕事っつってもあとは校内に残っている部活動とかから万が一怪我人が出たらテキトーに対処するくらいだな」
言い方のせいかな。こんなのが保健室の先生でいいのか不安に思ってしまう。
「そうですか。ですが、いくらこの後暇だからって――」
「おい、誰が家で待っている人もいない暇そうな女だって?」
「言ってません。特定の男子生徒と一緒にいたら誤解され――」
「おい、誰が相手がいないからって男子生徒を漁っているハイエナみたいな女だって?」
「言ってません」
「顔が語ってた」
語ってねーよ。そういうところがあるから誰も相手しねーんだぞ。
この独身が(失礼ですけど2回言いました)。
「大体、疑わしかったんだよ。なんでお前に告ったんだ? 噂は私の耳にまで入ってきてるぞ。お前、ヤリ○ン野郎らしいな。普通、ヤリ○ン野郎を彼氏にしたいか?」
こいつ、マジで保健室の先生か。生徒の心のケアも大切な仕事なんじゃないのか。
なんで傷跡抉ってくんだ。
「それ、嘘ですよ。そんな根も葉もない噂を先生が真に受けないでください」
「どうだかなぁー。それが本当にしろ嘘にしろ、真実味すら曖昧な状況こそが問題だと思えるぞ」
「......何が言いたいんです?」
「最初から言ってるだろ。待つだけ無駄で、もう諦めろって話」
かっちーん。
俺はついに堪忍袋の緒が切れて、俺を嘲笑ってくる先生に、一切の躊躇もせずに言うことにした。
「ほぉ。『待つだけ無駄で、もう諦めろ』と」
「ああ」
「でしたら、田所先生も同じことが言えるのでは?」
「は? 何を言って――」
「数学の教師、藤沢先生を狙ってるんですよね?」
「っ?!」
俺のその一言を聞いて行き遅れ縦セタ美女が動揺した。
ちなみに藤沢先生は俺や裕二の今の担任教師で、去年と同じ担任教師でもある。
そう、例の独身数学教師だ。
んでもって、受験日の陽菜を、ノーヘルでこの高校まで送った俺を笑って見逃してくれた恩師だ。
「な、何を言ってるんだ? 私が藤沢先生を? 馬鹿なことを――」
「知ってますよ? 職員室では藤沢先生のためにコーヒーを淹れてるんですよね」
「っ?!」
「実はここだけの話、自分も例のヤリ○ン騒動の際、担任教師である藤沢先生には大変お世話になりまして。藤沢先生が授業を終えて職員室に戻ると毎回に居るそうですね?」
「ど、どうしてそれを?!」
「本人から聞きましたので。そしてコーヒーを淹れて『先生も頑張りすぎずに程々にしてくださいね♡』って言ってるんでしょう(笑)?」
田所先生の見目麗しい顔がどんどん真っ赤に染まっていく。
それもそのはず。なんでそんなことを生徒である俺が知っているんだって思うのは当然だ。
授業がある時間帯の場合、大抵の先生たちは職員室を離れて俺たち生徒に授業を教えに行く。が、どうしても数人の先生は職員室に残ることになる。防犯兼空きコマ兼とその理由は様々だ。
で、自分が教える数学の授業が無いときは職員室に居る藤沢先生なのだが、なぜかその都度、保健室の先生である田所先生と一緒になることが多いらしい。
彼女とはつい長く話してしまったり、淹れてくれたコーヒーを飲んだりとまぁ惚気話を生徒指導室で聞かされた俺の気持ちは誰も知るまい。
無論、藤沢先生も俺がそんなヤリ○ン野郎とは思っていなかったので、そんな無駄話をしてきたにすぎない。
「ま、まさか、藤沢先生がお前に言ったのか?」
「さぁ? まぁ、そこはどうでもいいですよ。田所先生は乙女だなぁってだけの話です」
「っ?!」
問題はその先、藤沢先生が自分に色々としてくれる田所先生をどう思っているかだ。普通、女性がそこまでしてくれたら、もう完全に自分に好意を抱いているって気づくでしょ。
でもうちの担任は一味違った。
『いやぁ、生徒だけじゃなく、先生方の健康面も気にしてくれるんだなぁ。さすがだ』と、かなり重症な患者だった。
だから感想はというと......うーん、迷惑とは言っていないが、はっきりと感謝しているとも口にしていない。職務を全うして偉いと褒める程度に留まっている。
「どうです? まだしらを切るおつもりで?」
「くッ! ちなみになんて言ってた?」
田所先生が今までに無いくらい血眼で俺に聞いてきた。こっわ。マジだったのかよ、この女。
で、その肝心の藤沢先生の感想だが..........俺は敢えて彼女のその行為が迷惑行為であったと言いたい。
仕返ししたい。
「『(仕事熱心で)困った人だ』......と言ってました」
「......。」
嘘は言ってない。ついでに大切な部分も言っていない。
「......。」
「だから、田所先生。待つだけ無駄です。諦めましょ」
その一言を聞いた田所先生はガクッと膝から崩れ落ちた。そして次第に彼女の瞳から年甲斐もなく大粒の涙が。
「あ、あの、田所先生?」
「ひっぐ......私だってちょっと攻めすぎたなって、うぇ、おぼったんだ......」
「......。」
やべ。泣かしちった。
「別に、おだがい、どくじんだからってわげじゃなくで」
「は、はい。わかってます」
「ずびッ。おまえじゃなくで、藤ざわぜんせーにわかっでほじくで」
「......。」
ちょ、頼むよ。そんな大袈裟に泣かないでくれよ。俺のワイシャツを掴んで嘆かないでくれよ。
まだ周りに生徒が若干居るんだ。理由はどうあれ大人を、それも美女を泣かしたとかクソ野郎認定されてしまう。
帰宅しようと校門を跨ぐため、周りの生徒がここを通るのは当たり前のことだ。だから皆が俺らを見る目も必然と疑われるものとなる。
「ちょっとなにあれ」
「あ、私、先輩から聞いた。ほら、ヤリ○ンの2年生が居るって」
「おい、お前。田所先生助けてこいよ」
「い、いや、俺はちょっと......。というか年上の女性泣かせるって頭ヤバい奴だろ」
ヤバくありません。
ほら、言わんこっちゃない。注目しちゃってるよ。あんたのせいで注目しちゃってるよ。
いや、俺も悪いんだけどさ。
「とりあえず。田所先生、泣かないでください。お詫びと言ってはなんですが、自分が藤沢先生をその気にさせてみせます」
「迷惑がられている私を好いてくれると思えない......」
「そんなことありません。えっと、アレです。藤沢先生は苦いものが嫌いで、ブラックコーヒーを淹れてくる田所先生に困ったと言っただけです」
実際は違うが、さっきのを嘘とは言えないし。
「そ、そうなのか?」
「ええ。でも厚意で貰ったものを断れないとも言ってました。でしたら今後は砂糖を入れたコーヒーか、ミルクティーなんてどうでしょう? 美女が好きな茶を淹れてくれたら喜んでもらえるのは確かです」
俺のその一言を聞いて彼女の顔はぱーっと明るくなった。もう30代前半とは思えないほど、まるで恋する乙女が好きな異性への力強いアプローチ法を得られたと言わんばかりに。
ちなみに、うちの担任教師は苦いものが嫌いなんて一言も言っていない。甘いものもだ。だから実際のところ、甘いものが嫌いなのかもしれないが、俺はとりあえず田所先生に泣き止んでもらいため、テキトーなことを言っておくことにした。
まぁ、うん、愛さえあれば関係ないよ。
「そうだよな! なら明日からさっそくそうしてみよう! 私がいけないんじゃなくて、差し入れがいけなかったんだよな!」
「はい。これからもさり気なく藤沢先生に聞いてみますので、その都度伝えますね」
「そうかそうか! 見直したぞ、高橋!」
「ははは」
この先生、マジでこのまま雇っていいんだろうか。職場恋愛云々じゃなくて、言葉遣いが荒いというかなんというか。
呆れた俺の口からは乾いた笑いしかでなかった。
ああー、悠莉ちゃんは本当にこのまま来ないのかなー。全然進展しないよー。
*****
〜その後〜
*****
「うっ。甘い......」
「あれ。どうしたんですか、藤沢先生」
「あ、教頭先生。いや、あはは。実は田所先生がコーヒーを淹れてくれたんですが、いつもよりとても甘くて......」
「あ、ああ。たしか甘いものが苦手でしたっけ」
「ええ。まぁ、無駄にはできないので飲み干しますが」
「難儀ですねぇ......」
「はは。これくらい大したことありませんよ」
「いえ、あなたではなくてですね......」
「?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます