第336話 感動の再会からの不安な待ち合わせ

 「「あ」」


 現在、バイト野郎は学内の自動販売機まで飲み物を買いに来ていた。目的は600ミリリットルの大容量お得麦茶。まだ今日の授業は始まっていないので、時間帯は1限目も前である。


 他の生徒もまだ喉が渇くような活動をしていないからか、自動販売機の周辺には今しがた来たばかりの俺と、ちょうど飲み物を買った一人の女子生徒しかいなかった。


 あと十分程度で授業が始まるのだが、できれば小一時間程欲しい。


 だって、


 「ゆ、百合川さん」

 「橋さん」


 俺に告白してくれた後輩女子と再会できたんだもん。


 あと俺の聞き間違いかな? 橋ね。


 いや、俺の聞き間違いだろう。


 『ガコン』

 「「......。」」


 この子は缶ジュースでも買ったのだろうか。二人だけのこの静かな空間に、自販機が落とした缶の音だけがやけに響いた。



******



 「え、えーっと、お、おはよ」

 「お、おはようございます」


 マジか。こんなとこで遭遇するなんて予想もしてなかったぞ。そりゃあ同じ高校の生徒なんだからどこで会うかなんて予測がつかないのは当たり前だけど。


 「「......。」」


 何か言え、俺。先輩だろ。男だろ。彼氏だろ。


 ああー、悠莉ちゃん可愛いなぁ。高校入ってすぐ茶髪に染めたのかな? 超似合ってる。その吊り目もキュートだよ。


 「その、えっと昨日はごめんね」


 とりあえず昨日の俺の気絶について謝りたかったので頭を下げて謝ることにした。


 そんな俺に対して悠莉ちゃんは慌てて「やめてください!」と言った。


 「わ、私こそ急にすみません。お身体の方は大丈夫ですか?」

 「うん。頑丈にできてるからね」

 「あ、橋さんって制服越しでもわかるくらい筋肉あるんですね。すごいです」


 お、悠莉ちゃんが俺の筋肉なんかに関心してくれた。まぁ、まずはお互い初対面なんだから無難な会話からしよう。


 セクハラなんて論外だから回避しよう。


 わかったか、和馬。セクハラ、ダメ、ゼッタイ。


 あとどうしよう。この子、さっきから俺のこと橋って呼んでくるんですけど。高橋なんですけど。聞き間違いじゃなかったんですけど。


 告ったときは「高橋和馬さん」ってちゃんと呼んでたよな......。


 「......。」

 「あ! すみません! どうぞ、飲み物買いに来たんですよね! すみません、邪魔でした!」


 そんなことを考えていたら悠莉ちゃんが、俺が自動販売機に来た目的を察し、気を利かしてその場を少し離れてくれた。


 「いやいや! そうじゃなくて! いや買いには来たんだけどね。なんて言えばいいのかな。その」

 「?」

 「......色々と話したいことがあるんだ。もし良かったら、今日の放課後にでもどうかな?」

 「っ?!」


 よし! いいぞ、俺!


 優しさ3、先輩からの誘い2、セクハラ皆無5の比率で話せたぞ! やればできるじゃないか!


 なお、セクハラの比率がどう足掻いたって“5”未満にならないので残り半分で頑張っていきたい所存である。


 「そ、それはその」

 「あ、もちろん、百合川さんに予定が無かったらの話ね」


 「......いえ。特にありません」

 「そっか。良かった。じゃあ、校門で待ち合わせしよう」


 「......あ、はい」

 「......。」


 やっべぇ。超気まずい。


 そりゃあそうだよな。告った相手がその場で気絶したもんな。ありえないもんな。


 俺、もしかしたらフられるかも。


 いや、覚悟しておこう。


 それくらい失礼なことを俺はしてしまったんだ。不可抗力だけど。


 彼女に恥をかかせてしまったんだ。ほんっと不可抗力だけど。


 「わ、私、授業があるのでそろそろ戻りますね!」

 「あ、うん」


 ああー、気の利いた一言も言えないなんて俺は頼りない先輩だぁ。


 悠莉ちゃんは俺に一礼して缶ジュースを片手にこの場を去ろうとしていた。ああー、授業があと数分で始まるもんなぁ。


 今すぐ話したいことたくさんあるのに、学生という俺達の身分がそれを許さない。


 くっそ。早く放課後にならねーかな。


 そんなことを考えていた俺に、悠莉ちゃんが突如振り返ってきた。


 「た、橋――先輩!」

 「っ?!」

 「せ、先輩!」

 「は、はい。なんでしょう」


 やっぱ“棚橋”って言ってるんだよなぁ。途中で“先輩”呼びに切り替えたみたいだが。


 そんな大した距離でもないのに、廊下の端にまで届きそうな大声をあげた彼女は俺に何か伝えたいらしい。


 その顔は――とても真っ赤だった。俺の目と合わせないよう、必死に目を瞑りながら、片手に握る缶ジュースに力を入れて。


 そして俺は確信する。


 あ、これ、フられないヤツだ。あの顔はヒロインが照れたときにする顔だ、と。


 「一つよろしいでしょうか!」

 「う、うん! なんでも言って!」


 嬉しくてつい俺はそう返してしまった。


 「ほ、放課後!」

 「うん!」


 「行けたら行きます!」

 「うん―――うぇ?」


 「それでは!」

 「あ、ちょ! 待――」


 “って”と言おうとしたが、すでに彼女は自分の教室へと走っていってしまった。

 

 え、ちょ、行けたら行くって......え?


 放課後に大切な話をするって、“行けたら行く”で通すの?


 通せるの?


 通しちゃっていいの?


 というかそれ、来ないフリじゃない?


 「え、ええー」


 一人、その場で棒立ちになる男子高校生は、授業開始の予鈴が鳴るまで放心していたのであった。無論、麦茶を買っている場合ではなかったので、走って教室に戻る“棚橋”である。

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