第338話 週末が終末になる日
「あの、棚橋さんいますか?」
「あ、百合川さんだ」
「え、誰だ? “棚橋”って」
「うちのクラスに居たっけ?」
「おーい、棚橋ぃー。うちのクラスに居たら出てきてくれー」
「とりあえず後輩待たせてないではよ来ーい」
俺だな。棚橋って、俺だな。
天気は曇り。春の季節だからか、曇りの日は涼しく感じる。今日は夕方から雨が降るらしいが、俺の心は未だ正しい名前を言ってくれない彼女により既に雨が降っている。
まぁ、ちゃんと自己紹介してなかったし、仕方ないよ。うん。
昼休みが始まったばかりの今、わざわざ2年生のフロアにある俺のクラスにやってきてくれた百合川悠莉ちゃんの前に姿を表すため、俺は教室の出入り口に向かった。
また彼女の口から“棚橋”というクラスどころか学年探しても居ない奴の名前を聞いたクラスの連中が誰だ誰だと口にしていた。
「はい、高橋です。お待たせ、百合川さん」
「っ?!」
俺がそう言いながら登場したところで、彼女は今しがた自分が口にした名前が違うことを確信して驚いた顔になる。
あはは。可愛いー。
今日もその
「す、すみません! 私、名前間違えて!」
「いいよ、いいよ。よくあることだし」
「で、ですよね!」
“ですよね”。
笑顔でホッとしているところ悪いけど、多分間違える人はそう居ないよ。ましてや仮にでも好きな人に対してならね。
まぁ、どっちでもいいが。
おっぱい揺らして謝られたら殴られたとしても怒鳴れないよ。
だからその謝罪が昨日、校門で待ち合わせしたのに来なかった件のものじゃなくても怒らない。マジで「行けたら行く」の真意だったのも怒らない。
「で、どうしたの? 今昼休みだよ?」
俺は彼女がここに来た理由をさっそく聞くことにした。周りの連中が俺を見て「棚橋?」「え、棚橋?」とうるさかったので、場所を移したかったが、用件がどのようなものかある程度聞かないと下手に動けないからだ。
というのも、仮に彼女がここに来た用件が「放課後一緒に帰りましょう」の一言だったらYESかOKの二択で終わるし、もし連絡先を交換するんだったら、周りに人が居ては邪魔になので場所を移す必要がある。
「あの、お昼ご飯まだですか?」
彼女は可愛らしくも、顔を赤くしながらモジモジして俺にそう聞いてきた。
「え、うん、まだだけど。購買で惣菜パンでも買ってくるつもり」
「い、一緒にどうですか?」
........................んん?
「え?」
「い、一緒にお昼ご飯どうですか?」
彼女は俺に目を合わせることなく、視線を下に保ったままだ。彼女の両手には、明らかに一人分の量ではないお弁当箱が入ったらしき包がある。
ま?
「......。」
「あの、よろしければというだけで、決して無理にとは――って高橋さん?! 泣いてます?!」
俺は感極まって涙を流してしまった。
同時に、昨日の待ち合わせに彼女が来なかったのは決して嫌われた訳ではなかったのだと悟った。
「ぐ、具合でも悪いんですか?」
「いいや! 大丈夫! 一緒に食べよう!」
「あ、はい」
「えっと、じゃあ場所移そうか!」
こうして俺はいつも一緒に昼食を摂っている裕二を他所に、このまま百合川さんと教室を後にするのであった。
*****
「その、私作ってきたんで、よろしければどうぞ!」
「もうその気持だけでお腹いっぱいだよ。ご馳走様です」
「まだ食べてすらいないのに?!」
だってそんな照れた仕草でお弁当差し出すから。
俺は今、彼女(仮)からお弁当をいただこうとしている。場所は屋上。神様が気を利かしてくれたのか、この場には俺と悠莉ちゃん以外誰も居ない。
悠莉ちゃんから受け取ったお弁当箱は男子高校生が昼食に利用する一般的なサイズのお弁当箱だ。またそれとは別に彼女が自分用に用意した可愛らしいお弁当箱もある。
「じゃあさっそくいただくね」
「は、はい。お口に合えば良いんですけど」
はは、例えう○こを出されたとしても俺は美味いって言える自信あるね。
ごめんね、食事前に。もう癖なんだ。こういうこと考えるの。
でも俺は彼女の前では紳士というメッキを保つため、セクハラは絶対に口にしないように心掛けている。
例えば会話の際も、悠莉ちゃんの目を見て会話をしている。一見、当たり前のように思えるが、和馬さんにとっては至難の技なのである。仮に会話の対象が葵さんなら目線はおっぱいに釘付けしてしまうことだろう。
でも彼女にはそんなことしない。
詰まるところ、高橋 和馬は必死なのだ。
「おおー! すごい!」
「そ、そうですか? これくらい普通ですよ」
俺は受け取ったお弁当箱の蓋を開けたら、中身はイメージ通りのお弁当であった。いや、“イメージ通り”ってのは失礼かもしれないけど、お弁当にクオリティーを求めていけないし、俺のために作ってくれたというのならもうそれで完璧である。
ちなみにお弁当の中身は胡麻塩をまぶした白米の真ん中に小梅。おかずは唐揚げに、卵焼き、ブロッコリーにミニトマトと色取り取りであった。
なんでだろう。仮に自分が全く同じものを作って、悠莉ちゃんから貰ったお弁当の横に並べたとしてもここまで輝いては見えない。
俺はさっそく唐揚げを一つ、箸で掴んで頭上に持ち上げた。
「うぉぉおおぉぉおお! これが悠莉ちゃんが揚げた唐揚げぇぇええ!」
「落としますよ?! そんな高い所まで持ち上げたら落としますよ?!」
「大丈夫。落としても衣一つ無駄にせず食べるから」
「ま、まず落とさないでください」
もちろん。感動のあまり持ち上げてしまっただけだよ。
俺は唐揚げを落とさないように、それを口の中に放り込んだ。
「......。」
そして絶句した。
つ、冷てぇ......。
唐揚げの中が冷てぇ......。
え、ちょ、え? もしかしてこれ、冷凍唐揚げ? 手作りじゃないの? レンチン?
いや、これはこういう手作りなのかも。でもこのパサパサ感というか、衣のベちょっと感というか......。
はッ?!
いかん! いかんぞ! 和馬! 手作りじゃないから何だって言うんだ。いいか、大切なのは俺のためにわざわざお弁当を用意してくれた彼女の気持ちだ。
「あ、あのどこか――」
「美味い!!」
「へ?」
「美味い! この唐揚げ最高だね!」
俺は美味いしか言えなかった。味の詳細を褒められるほど人間ができていないのだ。
だから悠莉ちゃん、ごめん。手作りじゃなかった反動がかなり強くて美味いしか語れない。クソ野郎で本当にごめん。
「......本当に美味しいんですか?」
「うん! 世界狙えるよ!」
「さ、さいですか......。すごいですね、冷食の力は」
本人公認しちゃったよ。“冷食の力”って言っちゃったよ。
俺は早々に次のおかずに切り替えることにした。えーっと、次は......
「卵焼き!」
「それは自信作です!」
「おお!」
ということは、こっちが正真正銘の悠莉ちゃんが作ったおかずだ!
俺は箸で卵焼きを摘んで一気に口の中へ放り込んだ。
と同時に、
『ジャリ』
「......。」
嫌な音が口の中でした。そして悟る。
あ、これ、卵の殻も混入しちゃってるパターンだ。うん。
そっかぁ......。
「あ、あのどこか変――」
「美味い!」
「そ、そうですか?」
「うん! これも世界狙えるよ!」
「えへへ。かもしれません」
殻が入ってるので万が一もありえないと思いますが、俺の中では世界一ですから。
悠莉ちゃんは俺の褒め言葉に今度はマジで照れている模様。か、可愛い......。
ああー、「この卵焼きを毎朝食べたい」って言っちゃ駄目かな? 気が早すぎるかな? キモがられるかな?
でも殻が入ってるのを毎朝なぁ......。
とりあえず、褒めて褒めまくり、喜んでもらって今後とも良き関係を築いていきたい。
でもその前に確認したいことがある。それもはっきりとさせておかなければならないことを。
「百合川さんは......」
「?」
「百合川さんは、こんな俺でも彼氏に選んでくれるの?」
「っ?!」
俺の突然な質問に驚いたのか、悠莉ちゃんは俺を見て開いた口が塞がらない表情になった。
そ、そこまで驚くことだろうか。正直、悠莉ちゃんに元カレが居るのかわからないが、俺には少なくとも経験が無かったことだからはっきりと彼女の口から聞きたかったのだ。
そうしないと俺みたいな自分が鈍感なのかすらわからない奴には確信する術が無い。
「そ、そうですね。先輩の返事を受けてから真面目に話し合ってませんでしたよね」
「うん」
悠莉ちゃんは今度は困った表情になった。俺のこの質問は彼女的には困るものだったのだろうか。それは......申し訳ない気持ちになってしまう。
でも、俺のそんな後ろめたい気持ちは彼女の次の言葉で掻き消される。
「わ、私もあの場で急に告白して、先輩に迷惑をかけちゃったことは自覚しています」
「そ、そんな! すごく嬉しかったよ!」
「先輩が校門で待っていると言っていたのに、行かなかった情けなさも自覚しています」
「いやいや! こっちが一方的過ぎたんだ! 百合川さんに非は無いからね!」
「今日、先輩の期待を裏切って冷食を食べさせてしまった自覚もあります」
「朝って忙しいもんね! それに用意してくれた時点ですっごく嬉しいよ!」
ちょ、自覚あるの多すぎ。
どうしたの? 懺悔の時間? その告白は同時に俺を苦しめているよ?
「私も、至らないところが多々ありますので......」
「?」
「まずは、せ、先輩と後輩から......でどうでしょうか?」
俺は顔を真っ赤にしてそう言った彼女にしばらく何も言えなかった。当然、いきなり彼氏彼女という関係からじゃないので不満に思っているわけじゃない。
単純に嬉しいのだ。
彼女が前向きに俺との関係を考えてくれて。
「......うん。よろしく」
「はい!」
彼女は俺の返事を聞いて、満面の笑みでそう答えた。彼女がそれが良いというのなら、ゆっくりとそういう関係になればいいだけである。
「なら良かったらさ」
ということで、俺は彼女に一つ、提案することにした。
「はい、なんでしょう?」
「今週末、一緒に放課後デ、で、出かけない?」
「っ?!」
あっぶねぇ!
思わず“デート”って言いそうになった。まだそんな関係じゃないって話が決まったばっかなのに、“デートしよ”はちょっと危ないよね。距離縮めすぎだよね。
俺のそんな提案に、悠莉ちゃんは......
「は、はい。もちろん大丈――」
『ピロン♪』
――“夫”と、彼女は言おうとしたんだろう。
なのに、バッドタイミングで俺のスマホの通知音がそれを邪魔した。
くっそ、誰だよ。なんちゅータイミングじゃ、こら。
「ごめん」
「いえ。どうぞ」
俺は彼女の許しを得たとこで、早々に今しがた受信したメッセージの内容を確認した。
送信元の名前は“千沙”。俺の可愛い妹だ。
[兄さん! 待ち合わせ場所など詳細を添付しておきました!]
“待ち合わせ場所”? いったい何の用だ――
「っ?!」
と思ったところで、俺は本日2度目の絶句をした。
なぜなら、
『ピロン♪』
[今週末のデート楽しみですね!!]
「あ、あの、どうしました? 汗すごいですよ?」
「あ、あはは」
そんな俺の乾いた笑いの次に出てきたのは、悠莉ちゃんとの放課後デートを断念した謝罪の言葉であった。
――――――――――――――――
おてんと です。お休みに入ります。すみません。許してください。
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