第335話 ヒス系ひっぱいガール
『ジリリリリリリリ!!』
「ん〜。......ふぁーあ、良い天気だぁ」
「そうね、良い天気ね」
「気分は最悪だよ」
天気は今のとこ晴れ。最近よく晴れが続き、今日も晴れの日になると踏んでいたのだが、どうやら午後には大雨の天気になるらしい。窓を開けて見渡せば、視界いっぱいに広がる青空なのに、だ。
天気とは不思議なものである。
そんでもって俺の心は朝から大雨だ。
「なぁ、陽菜。なんでうちに居るの?」
俺は制服姿の上にエプロンを身に着けている陽菜に聞いた。彼女の手にはどこで使ったのだろうか、我が家の包丁があった。
そんな彼女は昨日の件について全く気にしていないといった、いつもと同じ雰囲気である。
「なんでって、いつもみたいに朝食作ったり、お弁当渡しに来たのよ」
「......。」
いいのか、和馬。お前にはすでに彼女がいるんだぞ。百合川 悠莉ちゃんという後輩女子の彼女がいるじゃないか。
この生活はさすがにマズいだろ。彼女がいるのに、他の女の子に朝食と昼食お世話になってますとかマズいだろ。
何としてでも断らねば。
「ひ、陽菜。悪いが――」
「あら、いけない。牛乳が無いじゃない。朝は軽くホットケーキにでもしようと思ったのに」
「あ、ごめん。......聞いてくれ。俺には――」
「そういえばトイレの紙、あと少しで切れるとこだったわよ。予備買っといてよかったわね」
「あ、はい。じゃなくて――」
「これ、お弁当ね。帰ったらちゃんと洗っておきなさいよ」
全然聞いてくれねぇ。それに会話の内容、俺は女に何でもしてもらうダメ男に思えない?
いや、陽菜が世話焼きすぎなんだ。牛乳無くても水で代わりにできるし、トイレットペーパーが無ければ拭かなきゃいい。弁当も頼んでないしな。
......完全に言い訳な気がしてきた。
でも言わないと!
「陽菜、気持ちはすごく嬉しいんだが、俺には......百合川悠莉ちゃんが――」
「その名を出さないでよッ!!」
『ズドッ』
「ひッ?!」
俺が百合川悠莉ちゃんの名前を口にした途端、陽菜は持っていた包丁をリビングのテーブルに思いっきり突き刺した。
怖すぎて喉から変な声が出てしまった俺は、半歩後ろに下がってしまった。
「あ、ごめんなさい! テーブルに穴が!」
「あ、あははは。だ、誰にでもあることさ。とりあえず落ち着こう。で、百合川――」
「その名を出さないでよッ!!」
「ひッ?!」
「またやってしまったわ。でも誰にでもあることなのよね?」
「......。」
すみません、普通に考えて誰にでもありません。
次はテーブルの上にあったフォークを、直立にぶっ刺した陽菜である。怖いな。圭○はこんな気持ちだったのか。近くに置時計かゴルフクラブ無いかな......。
俺は恐怖で今すぐ逃げ出したい気持ちを抑えて陽菜に伝える。
「陽菜......気持ちは嬉しい。こんな俺にここまでしてくれるのはお前だけだ」
「っ?!」
「そんな陽菜に言うべきことはちゃんと言わないといけないと思うんだ」
「い、嫌よ! 聞きたくない!」
陽菜はそう言って自分の両耳を手で塞いだ。
「聞いてくれないか?」
「嫌!」
「聞いてくれ!」
「嫌!」
「聞くんだ!」
「嫌!」
「聞けって!」
「嫌!」
「聞けよ!」
「嫌!」
しばしこのループが数分に渡って続いた。
「「ハァハァ......ハァハァ」」
ねぇ、こういうのって、数回程度で終わるものじゃない? なんで粘るの?
「ハァハァ......あ、朝から疲れ、させんなよ」
「こっちの、ハァハァ、セリフ、よ。は、はい、水」
「あ、ありがとう」
少しだけ休憩を挟む高校生たちである。
「あのな。いつまでもこんな生活が送れるわけじゃないって、それくらいわかるだろ?」
「私の予定では、この生活から徐々にエスカレートしてあんたを堕とすつもりだったわ」
「さ、さらっと恐ろしいこと言うなよ」
「でもあんたが言ったその言葉、自分には該当しないと言い切れるのかしら?」
「は? どういう――」
と、言いかけたところで思い出した。
俺は――高橋和馬は中村家で働いているということを。
「......。」
「ふふ。気づいたようね。果たして今までのように働けるのかしら?」
なんてこった。そうだ。よく考えたら俺、農家でバイトしている男子高校生じゃないか。
陽菜が意味深に言ったのはおそらく2つの理由がある。
1つは単純に、陽菜をフッた俺がこのままバイトしに中村家へ通うことの気まずさ。
それは陽菜だけじゃない。千沙にも当たる。陽菜はまだそのことについて知らないだろうが、気まずいことに変わりない。
特に真由美さんや葵さんから何か言われるかもしれない。俺が娘たちとは別の子と交際してますなんて言ったらなに言われるんだろう。少なくとも快く受け入れてくれるはずがない。
まぁ、そこはいい。最悪、それは我慢という俺の精神的な問題で収まる。
問題は次だ。2つ目は――
「バイトの日が......
「あははははは! そうよ! 土日よ! 世間一般の学生にとって、“土日”は“休日”と読むのよ!!」
「くッ! 盲点だった!」
「そうよねぇ? で、どうするのかしらぁ? 彼女ができたってことはもちろんデートに行くのよねぇ? デート・オア・バぁ〜イト?」
「......。」
「あんたは自分のできたてホヤホヤぽっと出の彼女を選ぶ? それとも今まで続けてきた農業のアルバイトを選ぶ? さぁ、どっち!」
「ま、毎週は無理でも偶になら――」
「はぁ? “偶に”ぃ? わかってると思うけど、うちは年がら年中忙しいのよ? 彼女とデートに行くなんて理由で休日を貰う気? 心は傷まない? それでデート楽しめる?」
「な、なんて奴だ......。少しくらい応援してくれたっていいじゃないか」
「“応援”(笑)。やめてよ、笑わせないで。どの面下げてそんなことが言えるのかしら」
「でもやっさんくらいなら俺を許して――」
「パパは、ね。でも問題は私たちだけの話じゃないわよねぇ? 百合川は? そんな“偶に”で、あんたを彼氏と認めてくれるのかしらぁ?」
「......。」
「次第に嫌われちゃうかも。それだけならまだいいかもね。怖いのは周りに噂されてあんたのその変な“彼女作り計画”に支障が出ることよ」
「そ、それは......」
「無いと言えるのかしら? 別れた彼女が、『あいつ、土日遊びにいけないとかマジ卍〜』って言いふらさないと言い切れるのかしら?」
「悠莉ちゃんはそんな子じゃない!」
「......なに下の名前で呼んでんのよ。まだそんな仲じゃないでしょ。大体、その子の告白で気絶したあんたを、公衆の面前で恥をかかせたあんたを、まだ受け入れてくれるのかしら?」
......。
やべぇな、俺のこの状況。思ってた以上に厳しい。
それに陽菜の懸念に加えて、彼氏が農業のアルバイトしてるなんて知られたらどう思うんだろう。
そう考えると彼女を作ってイチャラブ生活を送れる自信が無くなってきた。
「お、俺はどうすれば......」
「ふふ。だから前から言ってるでしょ」
お先真っ暗な気がしてしょうがない満身創痍な俺に、陽菜が優しく正面から抱き着いてきた。優しく、されど決して放さないと言わんばかりにしっかりと。
そして額を俺に押し付けながら言う。
「私を選べばいいのよ、私を」
「ひ、陽菜を?」
「そ。百合川じゃなくて私。私ならあんたの全部を受け入れてあげられるわ」
「ぜん、ぶ?」
「和馬の好物も、都合も、ねじ曲がったどうしようもない性癖も私なら全部受け入れる。むしろばっちこいよ」
「......。」
俺が陽菜を?
..................。
いや、待て。それじゃあ振り出しに戻ってしまう!
中村家には千沙だっているんだ。千沙だって、こんなにも好きでいてくれる陽菜と同じくらい俺のことが好きなのかもしれないじゃないか。
だからこの場で陽菜を選んじゃ駄目だ。
それに俺が百合川さんと上手くやっていけば、千沙と陽菜からのアタックもいずれなくなるかもしれない。
最初は無理でも今までのような関係でいられるかもしれない。
俺は優しく抱き着いてくる陽菜の両肩を掴んで自身から離した。
「......ねぇ、これはどういうことかしら?」
「陽菜とは......付き合えない。百合川さんとやっていくつもりだ」
「......そう」
そう言った俺に対して陽菜はこれ以上言及することなく、何も言わず、自分のスクールバッグを持って玄関に向かっていった。
そうだ。これでいいんだ。これが一番穏便に済む。
陽菜は玄関ドアを静かに開けたまま、ピタリと止まった。
「......1つだけ、聞きたいのだけれど」
「な、なんだ?」
「......今までの私の“コウイ”は迷惑だった?」
それはどっちの意味なんだろうか。朝からうちに来て世話してくれた“行為”か、今まで俺に向けてきた“好意”か。
どっちにしろ、今ここではっきり言わなければならない。そう思っていなくとも、今後のためにも口にしなければならない。
ああー、俺ってクズだなぁ......。散々良くしてもらったのに、彼女ができたらポイだよ。どう考えても曖昧な関係を保ってきたツケだよな。
だから―――今言おう。
「......ああ。こんな俺なんか放っておいてくれ」
「そうね。あんたみたいなクズ............それでも諦めないから」
『バタン』
ん??
あいつ最後なんて言った?
え、ちょ、諦めないの? 諦めてくれないの? なんで諦められないの?
「......。」
ま、まぁ、いい。学校で俺が悠莉ちゃんとイチャついているところを見せれば気が変わるかもしれない。しばらくは様子見しよう。
そう思って学校に行く支度をし、しばらくしてから家を出ていった俺であった。
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